第38話 人魚のネックレス

 俺はアネモネのバックパックの中にあるスケルトンの本体に戻った。案の定、俺があらかじめ、「模造」のスキルで作っておいた模造品の「人魚のネックレス」は首にかかっていなかった。


 アネモネが詠唱しながら、俺の本体が入っているバックパックを背中から下ろしている。バックパックごとホーリーをかけるつもりだ。


 俺は格納から本物の「人魚のネックレス」を取り出し、笛を鳴らして、すぐに格納に戻した。


 アネモネがホーリーの詠唱を止めて、俺をバックパックから取り出し、思いっきり抱きしめた。アネモネの俺を見る目が潤んでいて、ものすごくセクシーだが、強烈な聖属性のせいか、俺の骨のあちこちから煙が出て来た。


(アネモネ、放してくれ)


 アネモネがイヤイヤをしながらも、腕を解いて、俺を開放してくれた。俺は俊足を使って、一目散に逃げ出した。


「あ、嫌……」


 アネモネの色っぽい声に後ろ髪を引かれながらも、後ろを振り返らず、逃げに逃げた。アンデッドはいろんな点でチートだと思うが、疲れないってのも、なかなかのチートだ。


(リズ、アネモネに浄化されかけたが、無事に逃げ出した。リズたちは予定通り王都に向かってくれ。安全を確認出来次第、待ち合わせ場所を決めよう。毎日連絡を入れるようにする)


 俺はリズに伝言を残しつつ、森を抜けた。シスターボーンの姿になっているが、この姿だと無駄に美人なので、人目を引いてしまう。


(ミントの街には入れないな。街を迂回して、王都に向かうか)


 「俊足」は五メートルをコンマ一秒ほどで移動する。一旦停止して、次に「俊足」を発動するまでに一秒ほど必要なため、百メートルを四秒で移動する計算になる。時速にすると90キロだ。


 このスピードで俺はミントの街から王都方面に三十分ほど移動したのだが、リズたちの姿は道中見つけられなかった。


(まだ街を出ていなかったのかもしれないな)


 俺はさらに半日ほど進み、王都郊外まで来たところで、とんでもない集団を追い越した。


 忘れもしない白い制服に身を包んだ十三名の美女たちだ。それぞれが馬にまたがって、ミントと王都間の幹道を疾走していた。ミントの聖女の姿も見えた。


(やべえ。あれ聖女集団だよ。王都に向かってるな)


 俺は幹道からはずいぶん離れていたところを走っていたため、見つからずに済んだが、恐怖で全身の震えが止まらなかった。


 俺は聖女たちから早く離れたくて、一心不乱にさらに数時間移動して、王都の城壁が見える森までやって来た。聖女たちとはもうかなり離れたはずだ。


(さて、どうやって王都に入るかだな)


 王都は城壁に守られた城塞都市だった。城壁は「跳躍」で跳び越えられそうだ。俺は夜まで待って跳び越えることに決めた。それまでの間、このまま森の中に隠れ、城門から出入りする人々を遠くから観察して時間を潰すことにした。


 日が暮れて人の出入りが少なくなり、そろそろ行動を開始しようと思ったとき、さっき追い越した聖女たちが城門に到着した。


(あっぶねえ。早く聖女たちよりも、レベルを上にしないと)


 聖女たちの方がレベルが高いため、索敵マップに表示されないのだ。


 俺は念のため、さらに一時間待ってから、城壁まで俊足で近づき、跳躍で一気に城門を跳び越えた。


 久しぶりの漆黒のスケルトンの姿は、迷彩効果が抜群で、誰からも見えないはずだ。


 王都はミントとは違って、メインストリートには街灯が灯っていた。王都観光するような余裕は俺にはなく、暗く細い道を選んで進み、少し高台にある大きな邸宅に入り込んだ。


 庭に蔵のような建物があったので、解錠のスキルで扉を開け、中に忍び込んだ。索敵したところ、この屋敷には二十人近くの人間が暮らしているようだ。


(取り敢えずはここで身を潜めるか。リズたちと合流しないと、レイモンド侯爵にも接触できない。俺だけで行動しても、下手に目立つだけで、ほとんど何もできないし。聖女がいる王都で、あと二週間近く潜んでないといけないのか)


 俺が少し途方に暮れていたら、蔵の扉が突然開いた。


「うふっ、黒スケルトンさん、発見しちゃいましたっ」


 扉の前に立っていたのは、ミントの聖女と見たことのない美しい修道女だった。


(何で!?)


 俺がパニくって固まっていたら、二人は蔵の中に入って来た。俺の首にかけられている「人魚のネックレス」の模造品を見て、ミントの聖女が慌てて叫んだ。

 

「エッチな道具は使用禁止ですからっ。私たちは味方です。シスターテレサ、サモンよろしくねっ」


「はい、分かりました。サモン、ヴァンパイア、ハウント」


 シスターテレサの前に、病的に肌が白く、白銀の髪をした瞳が赤いイケメンが姿を現した。男のくせに真っ赤な舌をペロリと出して、俺を妖艶な目つきで見て来る。


 シスターテレサが俺に向かって一礼してから話し始めた。


「ボーン様、これに憑依して下さいますか。私たちは、フランソワ様、スケルトンクイーンの従者です。安心してください。フランソワ様から、ボーン様をフランソワ様のところにご案内するよう仰せつかりました」


 俺はようやく少し落ち着いて来た。少し迷ったが、逃げ回っていても仕方がないと思い、憑依することにした。


「なぜここが分かったのでしょうか?」


 ヴァンパイアは非常にいい声だった。ミントの聖女が怖くて、俺は自然と敬語になってしまった。


「フランソワ様の索敵です」


 シスターテレサが答えたが、索敵ではアンデッドは黒い点にしか見えないはずだ。


「なぜ俺だと分かったのでしょうか?」


 今度はミントの聖女が教えてくれた。


「聖魔女から黒スケルトンが王都に向かったはずって、今日の昼頃、聖女隊に連絡があったのです。私たちは昨日ミントに向かって出発したのに、今日すぐに戻されちゃったのですっ」


 俺は王都に戻る途中の聖女たちを追い越したのか。なるほど、アネモネは聖女まで呼んでいたのか。契約が早まらなかったら、完全にアウトだった。


 アネモネから逃げ回っていても、いずれは捕まってしまうだろう。俺は覚悟を決めた。


「分かりました。案内して下さい」


「ヴァンパイアの姿はまずいので、イリュージョンを使って頂けますか」


 シスターテレサに言われて、俺は喪服姿のグラドルに変身した。


 ミントの聖女とシスターテレサが、俺の姿を見てなぜか引き気味だが、俺は彼女たちに連れられて、王都郊外の修道院へと案内された。

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