第36話 魂の契約

 全員分は無理だったが、もう一度、夜中に忍び込んで、金品を強奪して来た。商人のスキルが色々と働き、金品の隠し場所の勘が働いて、すぐに見つけることができたのだが、何よりも「格納」のスキルが非常に役に立った。


(一夜にして大金持ちだな)


 殺し損ねた二人は、どうやらミントには帰って来ないようだ。追いかけるほどではないし、またの機会にしよう。どこの世界でも運のいいやつがいるものだ。


 孤児院に戻ると昨日と同じようにリズたちが俺の帰りを待っていた。


 俺は三人を自室に入れ、セフィロスに憑依した。


「俺は院長と今日、森に出かける予定だ。お前たちは王都に向かってくれないか?」


「え? おじさん、別々に暮らすのですか?」


 リズがいきなり泣きそうだ。


「院長との仕事が終わり次第、俺も王都に向かう」


「私たちもお手伝いしたいです」


 リズはほっとした表情になったが、すぐに食い下がってきた。リズは俺の手伝いがしたくてたまらない可愛いやつなのだ。だが、この仕事を手伝わせるわけにはいかない。


「お前たちには、聖女試験のために、サーシャを王都まで送って行ってもらいたい。サーシャは間違いなく合格するだろうから、その後、サーシャが三年間、修行している間、リズとアリサは王都の全寮制のお嬢様学校でお勉強だ」


「全寮制って、そんなっ。おじさんと離れて暮らすのは嫌よ」


 アリサがすかさず反対した。アリサは活発なわりに、人一倍寂しがり屋で、いつも一緒にいたがる。コイツも可愛くて仕方ない。


「週に一回は面会に行くさ」


「サーシャはパパと三年間お別れだから、それまではパパを一人占めしていいって、許してあげてたのに、アリサも三年間パパとお別れだなんて、話が違うっ」


(何を言ってるんだ?)


「それに、おじさんと院長を少しの間でも二人にしておけないです」


(む、かなり抵抗が激しそうだな。真面目に説得する必要があるか)


「お前たちは、若い今でないと出来ないことがあるんだ。勉強はとても大切だし、友達作りも重要だ。ボーイフレンドを作るのもいい。それと院長と俺はただの仕事仲間だ。そもそも俺はアンデッドだぞ。人間の女と何かある訳がないだろう」


「おじさん、院長の仕事は王都では出来ないのでしょうか。院長も一緒に王都に連れて来ればいいです」


 俺がどう答えようか考えていると、アリサがまだ何か言いたそうなリズを部屋の隅まで引っ張って行った。サーシャもついて行く。 


(ちょっとリズ。院長がついて来たら、私たち絶対に敵わないわよ)


(でも、おじさんと少しの間も離れたくないです)


(アリサもそこは同意見だけど、ふと考えたんだ。少し距離を置いて、だんだん綺麗になって行く私たちを見せれば、パパは私たちを子供ではなく、女として見てくれるかもよ)


(そうかもしれないですけど……)


(それが私の作戦でしたのに、リズやアリサも同じ戦法で来られると困りますわ)


 こ、こいつら、俺が集音のスキル持ちってことをまたしても忘れてるんじゃないか。完全にダダ漏れで聞こえまくっているぞ。


 俺は隅の方でまだコソコソ話している子供たちに大きめの声で説明した。


「正直、院長の仕事が終わった後、院長がどう出てくるか読めないんだ。お前たちを人質に取ったりはしないと思うが、俺の弱みにならないように、しばらく遠くにいて欲しいんだ」


 リズたちがまたコソコソ相談を始めた。だから、聞こえてるんだって……。


「分かりました。どっちにしても、そろそろサーシャは王都に行かないと聖女試験に間に合わなくなりますので、サーシャを送って来ます」


「よし、じゃあ、準備して出かけてくれ。ダンジョンに行くようなフリをして出て行くんだ。セフィロスを引率者に見せかけるのを忘れるなよ」


「はい、分かりました」


 子供たちを説得出来てほっとした俺は、シスターボーンの姿になって、院長室に向かった。いよいよ「契約」を試してみよう。


 院長室を開けると、いつものようにアネモネは机で事務作業をしていた。相変わらず綺麗だ。ハリウッド映画に出て来る女優のようだ。


「おはよう。来たわね。早速始めましょうか。『魂の契約』は、霊体である悪魔やアンデッドが、肉体を持っている人間と契約することで、受肉する代わりに人間の望みを聞くというものよ」


(悪魔と人間が契約する話は聞いたことあるが、アンデッドとの契約はこの前聞いたのが初耳だった)


「それは前にも言ったとおり、アンデッドに知的な霊体が少ないからよ。悪魔と違いアンデッドは、死亡したときのショックで、ほとんどが知性を失っているから」


(動物霊がついているわけではないのか?)


「人間か動物の霊だけど、どっちも知性を失っていることがほとんどなの。特に低位のアンデッドは、生前の習慣を無意識に繰り返しているだけの個体がほとんどよ」


(なるほど、そう考えられているのか)


「違うの?」


(いや、よくわからない。本筋とは関係のない話だった。すまなかった。話を戻すと、院長の望みは「分裂」と「修復」のスキルのゲットだな。俺の受肉の期間はスキルをゲットするまででいいな)


「いいわよ」


(聖職者と契約って、ちょっと怖いな)


「ここであなたを浄化して、私に何の得があるわけ? 怖がらないで、やってみて」


 契約の方法は簡単だ。契約の覚悟が出来た人間に、霊体が憑依することで契約成立となる。


 アネモネが手を広げて、いつでもどうぞといった体勢で俺を迎え入れる格好となった。俺はどうしてもアネモネの推定Dカップの胸に目が行ってしまうが、男ってのは死んでもスケベなんだなあ。


(ボーン、行きまぁすっ)


 俺はアネモネの胸に飛び込んでいった。


「おおっ、憑依できた。素晴らしい」


 アネモネの体だが、なんといっても胸が大きい。俺は推定Eカップに修正した。それに、染み一つない真っ白な手をしている。


「白魚のような手ってやつかな。美人ってのは細部までとことん美人だね」


(シスターボーン、さすがの私も、そこまで言われると照れるわ。無事、契約できたようね)


「おわっ、びっくりした。院長の思念と会話もできるのか。ハウントの憑依とは違うようだな」


(そうよ。一度、悪魔と契約したしたことがあるから、私は知っていたけど)


「え? 魂取られなかったのか?」


(私の正体は、約束通りスキルを取得した後で話すわ。あなたの今後の進路も確認したいしね。それよりもまずはトレントよ)


「わかった。でも、細胞を永遠に『分裂』可能にして、DNAの損傷を『修復』すれば老化は防げるって、院長の知恵か?」


(ふふ、それも全部終わったら教えてあげるわよ。行くわよ)


 俺は院長の体で、ミント郊外の西の「セントクレアの森」まで馬車で向かった。


 しかし、おっぱいが重たいな。胸が邪魔で腕が動かしにくいし、巨乳ってのは、本人からすると不便なだけだな。


「なんというか、院長への親近感が次から次へと湧いてくるんだが、この感覚は契約したからか? それとも憑依だからか?」


(チャームの影響じゃないかしら)


「俺にチャームかけてるのか?」


(そうよ。私の身を守るためだから、許してね。私は魔女の魔法を修得しているのよ。イメージできる?)


 ステータスは見えないが、使える魔法は感覚でわかる。なるほど、人間というのはこういう感覚なのだな。


「イメージできるぞ。トレントはどうやって倒すんだ?」


(フレアの魔法が効果的よ。鑑定で敵のスキルを確認してから仕留めてね)


 馬車は「セントクレアの森」の入り口に止めた。俺は馬車を降り、森に入った。


 セントクレアの森は、昼にもかかわわらず、薄暗く、ひんやりとしていた。


 トレントという魔物は木の魔物で、木こりから非常に恐れられている。木こりを殺して、栄養分にするらしいのだ。


(いたわ、あそこよっ)


 歩いているトレントを発見した。根っこを足のようにして歩いている。


 おいおい、木が歩くのかよ。


 俺はすぐに鑑定をかけた。


 エルダートレント レベル1215

 スリープ、デス

 分裂、修復


 ずいぶん、レベルが高いんだな。


「院長はデスは大丈夫か?」


(スリープもデスも耐性があるわ。やっちゃって)


「わかったが、何だかこの体、動きにくいな。鍛えてんのか?」


(鍛えているわよ。自分の感覚とのギャップに慣れていないのよ。魔法は私が放つから、トレントに気づかれないように近づいて)


 俺は背後からそっと近づいたのだが、気づかれたようで、トレントが逃げ出した。


「は、はやっ」


 エルダートレントは、あっという間に木々の中に入って行ってしまい、他の木々に紛れ込んでしまった。


 しかし、アネモネにはトレントの居場所がわかるようだ。アネモネの指示に従って、エルダートレントに気が付かないふりをして近づくと、トレントが口を開けて襲ってきた。


 俺はびっくりしたのだが、アネモネは冷静にトレントの口の中にフレアをぶち込だ。


 エルダートレントが七転八倒しているが、だんだん動きが少なくなってきて、やがて力尽きたようだ。


「やっつけたわ。スキルを入手したわ」


 あれ? 憑依が解けていた。チャームも解けたようで、アネモネへの親近感がいつもの状態にまで戻った。


「やったわ、ついに念願がかなったわ。ふう。さて、シスターボーン、私の正体を教えるわね」


 ここでか!? こんな人気ひとけのない森の中でか!?


 俺の骨の本体はアネモネが背負っている。俺の頼みの綱である「人魚のネックレス」は、骨の首にかかっている。万一に備えて、少し細工をしてあるが、とてつもなく嫌な予感がするぞ。

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