第35話 司祭の巡回
奴隷商人の遺体が次々と発見され、ミントの街は大騒ぎとなっていた。
教会はすぐに動いた。ミントを管轄する司祭が、教会経営の孤児院を順番に訪問して、シスターたちの動揺を鎮めに来たのだ。この辺りのフットワークの良さと、スタッフへのフォローは見事だ。
(教会は思った以上に手強いかもしれんな)
司祭が来る前に、アネモネが俺に確認したいことがあるらしく、院長室に呼ばれた。
「シスターボーン。まさか本当に殺してくるとはね」
(殺すと言っただろう)
「半信半疑だったわ。あなた、イカれているのかしら?」
(リズからは、これでもいいアンデッドだと言われてるが)
「取引が終わるまでは、出来るだけ面倒ごとは避けたいのよ。他にも何か企んでいる?」
(殺し損ねた二人を殺すのと、殺した商人の金品の強奪が残っている)
「あなたね、私の仕事が終わってからにしてくれるかしら」
(今晩片付けるつもりだ。その代わり、院長の仕事は新月を待たなくてもいいかもしれないぞ。「契約」というスキルを取った。これ、試してみないか?)
「! 是非、試してみたいわね」
アネモネの顔が輝いた。意外と内面を素直に表情に出すんだよな。
(今晩の強盗が終わった明日、院長と契約してみようじゃないか)
「分かったわ。明日ね。ところで、あなた、鑑定のレジストの仕方は知っているの? 鑑定で正体がバレるとまずいわ」
(いや、知らない。教えてくれるのか?)
「鑑定された瞬間に息をとめるだけなのよ。でも、息をしないアンデッドにできるかしら?」
(感覚は分かる。院長は鑑定スキルは持っていないのか?)
「持っているわよ。練習してみる?」
(頼む)
来た。こんな感じか? どうだ!?
「あら、上手ね。ほとんど見えなかったわ。鑑定を相手の同意なしで行うと厳しく罰せられるから、無断で鑑定してくる人はまずいないけど、スケルトンだと知られると大変なことになるから、きちんとマスターしておいてね」
同意なしの鑑定は、同意なしの性交渉、つまり、強姦みたいなものらしく、厳罰に処されるらしい。危なかった。いいスキルを物色しようと、街で鑑定しまくるところだった。もう少しで強姦魔になるところだった。
***
俺たちの孤児院に司祭が訪れたのは夕方過ぎだった。教会の運営する孤児院はミントに五つあり、ここが最後の訪問先だった。
司祭は院長のアネモネとだけ話すのかと思っていたら、シスター全員が院長室に集められた。
俺も呼ばれたので、シスターボーンの姿で院長室にいた。
司祭は日に焼けた精悍な顔つきの三十代後半のイケメン野郎だった。
(司祭というよりサーファーみたいなヤツだな)
その司祭が俺の顔を見て、おやっという表情になった。俺は正体がバレたかと思い、心臓もないのにドキリとした。
「院長、このシスターには初めてお会いしますが、どういった方ですか?」
(びっくりしたぁ。正体がバレたかと思ったぜ)
「シスターボーンです。二週間ほど前に、夫の暴力が酷くて、匿って欲しいと逃げてきました。追い返すわけにも行かず、次に監査が来られる時にご報告をと思ってました。生まれつき喋ることができないそうです」
アネモネは俺と事前に打ち合わせた内容を澱みなく答えた。
司祭はしばらく俺をじっと見ていたが、本題に入った。
「それでは早速ですが、奴隷商人の大量殺害については、皆さん、どこまで知ってますか?」
司祭の視線が俺を捉えているが、俺は話せないって、今さっきアネモネが言ったばかりじゃないか。
「街の噂程度です」
中年シスターの一人が答えた。司祭はやっと俺から視線を離した。
「昨夜から未明にかけて、奴隷商人三十六名が殺害されました。犯人は黒っぽい男という目撃証言が出ているようです」
ばっちり目撃されたこともあったように思うが、まさかスケルトンだとは思わないか。
「恐ろしい事件ですが、教会が絶対に犯人を見つけますので、皆さんは、安心して、今後も変わりなくお仕事を続けて下さい」
シスターたちはそれぞれに頷いた。それを見て、司祭は満足げに頷いてから、アネモネに向かって話を続けた。
「院長、販売予定の孤児リストを見せてください」
「シスターグレー、リストをお渡しして」
シスターグレーと呼ばれたおばちゃんが孤児のリストを渡した。名前、性別、誕生日、年齢が記載されている。司祭はパラパラとめくって目を通している。
「十四歳の孤児を郊外の教会に移送して下さい。現在、ミント以外に拠点を持つ奴隷商人と接触をしていまして、郊外で奴隷の即売会を開くよう準備中です。緊急事態ですので、特例として、十四歳でも売買可能の許可を出すよう教会から王政府に働きかけています」
「かしこまりました。移送の準備をします」
(すぐに新しい販売ルートを見つけて来るんだな。なかなか撲滅は難しいか)
ちなみに民間の孤児院は、直接貴族などに販売しているケースが多く、奴隷商人がいなくなっても、商売に大きな影響はないそうだ。
「それではよろしくお願いします」
司祭が帰るようだ。
「院長、見送りはシスターボーンにお願いしてよろしいですか?」
(なんだ、このおっさん、俺をどうにかするつもりか? 今日がお前の命日になっちゃうぞ)
アネモネが俺にどうするかと目で聞いてきている。俺は小さく頷いた。
「はい、かしこまりました。シスターボーン、司祭をお見送り差し上げてね」
俺は司祭の前に出て、院長室のドアを開いた。司祭が微笑みながら俺にウィンクして、院長室を出た。
(俺って気に入られたのか?)
俺は司祭が何をアピールしているのかイマイチよく分からず、無表情のまま玄関まで司祭を送り届けた。玄関で見送っている俺を振り返って、司祭はキラリと白い歯を見せて、笑顔で手を振った後、待たせていた馬車に乗って、帰って行った。
結局、何も話さず、何も起きなかった。
(いったい何だったんだ? よく分からないやつだ)
「それ、シスターボーンを誘惑していたのよ。顔を赤らめたり、恥ずかしそうに下を向いたりしたら、脈ありと思われて、その後はグイグイ来るのよ。アホだから、気にしないで」
何かあったかとアネモネに後で聞かれたので、あったことを報告したら、ウンザリした顔をして教えてくれた。
(あれが誘惑? あれか、爽やかな顔で白い歯キラってやつか? 悪いが、男の俺にはまったく効かないし、あんなんで誘惑される女性って本当にいるのか? 男って馬鹿だな)
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