第40話 悪魔退治

 この世界には悪魔が実在する。


 悪魔は階級社会だ。ルシエル、ベルゼブ、アスタロの始祖3柱を筆頭に、六魔王と呼ばれる6柱が続き、その下の伯爵級、子爵級、男爵級の貴族階級の66柱の合計75柱を大悪魔と呼ぶ。


 大悪魔の下には騎士悪魔が666柱仕えており、騎士悪魔それぞれに6666柱の兵士悪魔が配属されている。


 このうち、人間界で受肉している悪魔が常時千柱ほどいて、稀に周囲に迷惑をかける素行の悪い悪魔が出現する。そういう悪魔に対しては、退治の依頼が教会に来る。


 王都郊外のデクスター子爵家の令嬢に悪魔が取り憑いたという一報を受け、教会の調査隊が駆け付け、滅多に受肉しない騎士悪魔だと認定した。


 貴族階級以上の悪魔に対しては、聖魔女や聖女の出動となるが、騎士悪魔ということで、地方の教会のエクソシスト部隊に悪魔払いの依頼が来た。王都郊外の北側はミント領の管轄だ。


「ふっ、久々じゃないか。ここでポイントをためて、今度こそ枢機卿の推薦をもらわねば、フランソワ様に失望されてしまう」


 サーファーのように日焼けした肌に色落ちした髪の毛、きらりと白い歯が光る三十代イケメン、ミント地区を管轄する司祭、クラウスの独り言であった。クラウスはクイーンの従者だった。


 クラウスの独り言はまだ続く。


「シスターの助手が必要だな。テレサに出動要請をしないとね」


 髪を手でかきあげ、顔を振って髪を揺らして整えた。カッコつけの極みだ。


 クラウス司教は指をパチンと鳴らしたが、誰も来ない。仕方なく、クラウスは大声で叫んだ


「おーい、誰か」


 年若い助祭が駆けつけて来た。


「はい、司祭様」


「シスターテレサに使者を出せ。助手となるシスターの派遣要請だ。デクスター子爵家での悪魔狩りに必要だ。取り憑かれたのは三女のジュリエッタ、十六歳だ。シスターの迎えの馬車も手配しろ」


 助祭に伝言をして、クラウスは悪魔払いの準備を始めた。聖水、十字架、聖書を革のカバンに詰め込み、司祭服に身を固めた。


「ふっ、イケメンエクソシストが参上しますよ。待っていて下さい、ジュリエッタ嬢」


 ようやくクラウスの独り言が終わった。


***


 クラウスがデクスター邸に着いて、そのまま馬車のなかで待っていると、しばらくしてシスターの迎えの馬車が到着した。


 クラウスはレディをもてなす騎士でありたい。急いで馬車を降り、シスターの馬車へと駆けつけた。シスターが馬車から降りるときに手を貸すためである。


 ところが、出てきたのは、ミントの聖女とシスターボーンだった。クラウスが虚をつかれている間に、ミントの聖女もシスターボーンも馬車からしなやかに飛び降りた。


「こ、これはミントの聖女様、そちらは以前ミントの街の孤児院でお会いしたシスターボーンですよね。あなた、教会から指名手配されてますよ」


 同じ従者同士ということを、第三者のシスターボーンに知られてはいけないため、クラウスは司祭と聖女という立場の口調で話した。


「クラウス、フランソワ様がシスターボーンを保護することに決めました。今日は彼女に経験を積ませるため、連れて来ましたっ」


 クラウスはおおっと大袈裟に驚いて見せたあと、口調を変えた。


「了解だ。だが、今回は騎士悪魔だぞ。未経験のシスターボーンには少し危険ではないか?」


「だから、私が来ましたっ」


「そうなのだろうが……」


(まあ、いいか。俺のいいところをシスターボーンに見せる絶好のチャンスだ)


 クラウスはそう考えることにして、聖女とボーンを後ろに引き連れ、子爵を訪問した。


 子爵に案内されてクラウスたちがジュリエッタの部屋に入ると、中央に血まみれの山羊が転がっていて、目を覆いたくなるほどの惨状だった。


 部屋の奥の方で、ネグリジェ姿のジュリエッタが、ベッドの上で上半身だけ起きた状態で座っていた。


「子爵、あとは我々にお任せ下さい」


 クラウスはそう言って、悪魔祓いの儀式を始めた。


「げっげっげ、エクソシストのお出ましか。ん? お前はっ!?」


 ジュリエッタがしゃがれた声を出した後、ミントの聖女を凝視している。


 クラウスは悪魔の言うことを無視した。悪魔が聖女の方を見ているが、つられて振り返って命を落とすケースもある。悪魔の戯言に付き合わないことは、エクソシストにとって、とても重要なことだった。


 クラウスが聖水をジュリエッタにかけると、シュウウという音と共に湯気が立ち上った。


「ふん、聖水なんぞ、効きはせん」


 悪魔はそう言っているが、クラウスはこれも無視した。効いていないはずはないからだ。


 クラウスは聖書を開き、神の言葉を朗読し始めた。悪魔が苦しそうにうめき出した。


 クラウスの後ろからも奇妙な音が聞きえてきた。聖女の後ろでボーンがもがいている音だった。


(なんの音だ? いかん、集中せねば)


 クラウスは一瞬気をそらしたが、すぐに集中し直した。


 もう一度、クラウスは聖水をジュリエッタに浴びせた。


「ギャアアアアアアア」


 今度は悪魔も痩せ我慢出来なかったようだ。いや、違う。悪魔が別の悪魔から、無理矢理ジュリエッタの体外に押し出されていた。


 悪魔の霊体は受肉した状態でないと、人間界では存在出来ない。騎士悪魔は魔界に強制送還された。


 そして、代わりにジュリエッタの体に取り憑いたのは、何と六魔王の一柱だった。


「おう、マーガレット、久しぶりだな。アバドンだ」


 アバドンはミントの聖女を睨んだ。マーガレットというのはミントの聖女の名だ。


 ジュリエッタのベッドが宙に浮き、クラウスを弾き飛ばし、聖女の側でとまった。クラウスは激しく壁に打ち付けられ、そのまま意識を失ってしまった。


「今日はフランソワがいないな。大チャンスだ。マーガレット、悪魔にしてやるぞ」


「アバドン、しつこいわねっ」


 ジュリエッタの顔が聖女の顔に触れるぐらいまで近づいたが、聖女はステップバックした。


(シスターボーン、少し時間を稼いで下さい。ホーリーじゃないと悪魔は退治出来ないのです)


 この場にいないシスターテレサからの思念がボーンに伝わった。霊体と思念で会話できるチャットの魔法だ。シスターテレサは敵に悟られることなく、チーム間のコミュニケーションを仲介する役割を担っていた。


(分かりましたが、間違っても、俺に当てないで下さいよ)


 ボーンはアバドンと聖女の間に割って入った。


 アバドンはジュリエッタの顔で怪訝な表情をしてボーンを見つめた。


「お前、奇妙な雰囲気の女だな。邪魔立てする気か?」


(き、来た)


 ボーンは息を止める感覚で、鑑定を妨害した。あれからクイーンと何度も練習した成果はあったと思う。逆にボーンもアバドンに対して鑑定を行うが、何も見えなかった。


 ボーンはデュエルを唱えた。ボーンの霊体の分身が作成され、二体となる。


「分身? 忍術か。ふん」


 アバドンはボーンを無視して、ホーリーを詠唱中の聖女に対して猛攻撃を開始したが、二体のボーンがアバドンの攻撃全てを受け止めて、聖女を必死でかばった。


 しかし、ジュリエッタの体を傷つけてしまうため、ボーンからは攻撃をしかけられない。


(そうだ)


 ボーンは閃いた。ボーン二体のうち、一体の方が倒れているクラウスから聖水の瓶を取り出した。そして、ジュリエッタの側まで瞬時に移動し、聖水をジュリエッタの口から注ぎ込んだ。


「グオ、ごぼぼぼぼぼぼ」


 ボーンの俊足でなければ出来ない技だったかもしれない。さすがのアバドンもこれには面食らったようで、攻撃の手を止めて、懸命に聖水を体外に吐き出そうとしている。


 ボーンは聖水を吐き出されないようジュリエッタの口を抑えた。ボーンの手に聖水がかかって、シュウシュウ煙を立てている。だが、アバドンの方はもっと苦しそうだ。ボーンは聖水をさらにもう一本ジュリエッタの口に注ぎ込んだ。


 アバドンは必死になって激しくボーンに攻撃を加えるが、どんなに攻撃してもボーンは倒れない。アバドンはボーンの正体にようやく気づいた。


「お前、心臓がない……! アンデッド……!?」


 だが、アバドンは気づくのが遅すぎた。


「ホーリー!!」


 聖女がホーリーを放った。青白い光がジュリエッタを包み込む。ボーンの一体の方はうまく避難出来たが、ジュリエッタに聖水を飲ませていたもう一体の方が、青白い光に包まれた。


 激しく体全体がシェイクされる感覚がボーンを襲った。意識が飛びそうになる衝撃に耐え、ボーンはすんでのところで、デュエルを解除した。ホーリーに包まれていた方のボーンが、すっと姿を消した。


(あっちが本体だったら俺も浄化されていたぞ……)


 ボーンが間一髪でホーリーから脱出した一方で、アバドンは、ジュリエッタの体内から脱出できないまま、浄化されていった。


 ボーンの頭の中にレベルアップのアナウンスが流れ始めた。


『レベルが8673になりました。スケルトンロードに進化しました。シャドウの魔法を覚えました。天使、魔王、魔典、予知、支配、憑依、使徒、蟲使、偽装、魅惑、傀儡、変装、流転、霊感、霊視、舞踊、演奏、離脱、語学、分裂、修復、複製のスキルを取得しました。一度に取得できるスキルの上限に達しました』


『従者リズのレベルが8673になりました。プロキシーの魔法を覚えました』


『従者アリサのレベルが8673になりました。ディメンションの魔法を覚えました』


『従者サーシャのレベルが8673になりました。ホーリーの魔法を覚えました』


 少し間があってから、聖女が興奮気味に話し始めた。


「ホーリーを当てたのは、骸骨が二体いたから、どっちか残ると思ったのです。骸骨の片割れがギリギリまでジュリエッタの口をふさいでいたから、アバドンに逃げられなくて済んだのです。六魔王の浄化は、人類史上初めての快挙ですっ」


(俺も巻き添えで浄化されそうになりましたが……)


 ボーンはテレサに愚痴ったが、テレサからは冷たい思念が返ってきた。


(いつまでもぐずぐず言ってないで、ばかクラウスを起こして下さい)


 ボーンは女たちの自分に対する冷たい対応に、この先も耐えていけるかどうか、心配になってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る