第34話 奴隷商人狩り
奴隷制度は21世紀の日本では悪しきものと定義されているが、人類の歴史の中では、奴隷制度が当たり前だった時代の方が長い。
奴隷にされる方はたまったものではないが、奴隷を行使する側にとっては便利な制度だし、社会の仕組みの一部になってしまっているため、奴隷制度をなくしてしまうと、色々と回らないところが出て来る。
それゆえ、奴隷制度の解体は慎重に行うべきだ。
(ってのが、自称「お利口さん」たちの考えることだ。だが、俺は知っている。何とかなるものなのだ。会社でも、あいつがいないと回らないってのが抜けても、何とかなったものだった。残された方は大変だったが)
俺はプライム孤児院から帰った翌朝、子供たちと一緒に院長室にいた。
アネモネに依頼していた奴隷商人のリストを受け取りに来たのだ。子供たちが一緒にいるため、セフィロスに憑依している。
「全部で四十人弱か。揃いも揃って高級住宅街に集中しているな。一晩で大丈夫かな? 奴隷商人を全員殺すぞ」
アネモネが唖然としてしまって、口を開けたままになっている。いい女が台無しだ。
「な、何のためかしら?」
奴隷制度が当たり前の世に暮らして来たアネモネには理由が分からないのであろう。
「子供たちが、奴隷になるのが嫌だと言うんでね」
「そ、そんなことをしたら、国王や教会が黙っていないわよ」
「だろうな。でも、大丈夫。俺は見つからないから。仮に見つかってもスケルトンが殺した、という目撃情報しか出ない」
「え? おじさん一人でやるのですか?」
リズが驚いている。アリサやサーシャも同様だ。
「そのつもりだ。子供に人殺しをさせるわけにはいかないからな。ましてや、大量殺人だぞ。俺は全くへっちゃらだが、お前たちが心に傷を負ったら大変だからな」
「私たちもお手伝いしたいですっ」
リズが食い下がってきた。リズは俺の手伝いがしたくてたまらない可愛いやつなのだ。だが、今度ばかりは手伝わせるわけには行かない。
「ダメだ。お前たちはサーシャの聖女検定試験のためのトレーニングを続けるんだ」
「リズ、パパの言うこと聞こうよ。手伝って欲しいときにはちゃんと呼んでくれるよ。それに今回は普通の街中での作戦だよ。私たちがついていくと目立ちすぎるって」
珍しくアリサがリズを説得してくれた。リズはまだ何か言いたそうだったが、とりあえずは納得したようだ。
俺たちの話が終わるのを待って、アネモネが口を開いた。
「シスターボーン。この街の奴隷商人を皆殺しにしても、奴隷制度は無くならないわよ」
「そんなことは分かっているさ。だが、皆殺しを繰り返せば、それなりの抑止力にはなるはずだ」
「続けるつもりなの? 国王や教会と敵対する気なの?」
「国王や教会はいいとして、院長はどうなんだ? 俺は2020年から来たが、奴隷制度はイギリスやアメリカでは百年以上も前に禁止されていたぞ」
「……」
ノーコメントか。何か言うよりも、多くを語っているな。アネモネは恐らく転生者だ。だが、いつ、どこの国から来たのだろうか。
「院長、いや、アネモネ。取引が終わって、イーブンの関係に戻ったら、この続きを話そう。今は取引を終わらせることを優先させよう」
「分かったわ。今回の件は目をつぶるわ。好きにしていいわよ」
***
奴隷商人を狙うのは、子供たちの教育費を稼ぐ目的もあった。サーシャの聖女育成の支度金とリズとアリサの学費だ。
日本では強盗殺人だが、奴隷商人は殺していいことに俺の中で決めた。
奴隷商人といっても、この世界の人には罪の意識は全くないはずだし、家族にとっては、普通のお父さんだったりする。だが、リズやアリサやサーシャを売買しているというその一点で、人でなし野郎に決定で、俺としては死罪確定だ。
「死ね」
これでもう六人目だ。呆気なく死ぬ。護衛も問答無用で始末している。目撃者を増やしたくないからだ。
殺した後は、金品を物色する。
(俺って、めちゃくちゃ悪人じゃん)
金品を物色しているときに、奥さんとか子供に会ってしまうことがあるが、あの目にそれなりに心をえぐられる。
恐怖と憎しみと悲しみとが混じった何ともいえない目だ。
だから俺は心の中で言い訳をする。
(お前たちのお父さんが、人を苦しめているのを止めただけだ。恨むなら、そんな商売を選んだお父さんを恨め)
俺の気持ちに折り合いをつけるためだけに言っている。夫や父親をたった今殺され、金品まで奪われようとしている母子に、こんな言い訳が通用するとは思っていない。
やはり子供たちをここに連れて来なくてよかった。
(あと三十人以上もいるのか。とっとと全部やっちまおう)
時間がかかるのは金品強奪作業だと気づいて、金品強奪は後日、日を改めて行うということで後回しにして、殺しだけを先にするようにした。
その結果、朝が来る前までにミントに滞在していた奴隷商人三十六人を殺した。レベルは全く上がらなかったが、商業関係と思われるスキルをたくさん取得したので、確認しておこう。
算術、算盤、計算、記憶、簿記、睡眠、格納、交渉、行商、販売、仕入、説得、契約、商魂、授与
(俺、世界一の商人になれるかも。「格納」とか、すげえの覚えちゃった)
レアスキルと思われるスキルを獲得した嬉しさで、ほんの少し残っていた罪悪感が綺麗さっぱりなくなってしまった。
だが、後で知るのだが、一番すごいスキルは「授与」だった。自分のスキルを他人に与えることができるというとんでもないスキルだったのだ。
一仕事終えて、朝、孤児院に戻ると、リズたちが俺の帰りを待っていた。
「おう、もう起きていたのか」
「はい。心配してました」
リズの目が少し赤い。ちゃんと寝たのだろうか。
「パパ、上手くいったの?」
「二人いなかったが、それ以外は全部殺した。もうすぐ大騒ぎになるだろう。お前たちはいつも通り、サーシャの訓練に行くようにな」
「わかりました」
アネモネが孤児たちは父性に飢えているみたいなことを言っていたが、父親代わりが、アンデッドで大量殺人者の俺で、本当にいいのだろうか……。
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