第33話 侯爵との取引
侯爵は執事のような人物と立って話をしているところだった。突然の侵入者に驚いた侯爵だったが、すぐに俺たちに噛み付いてきた。
「サーシャ、貴様らっ!」
「侯爵、調子はどうだ? 立てるようにはなったようだな」
まずはセフィロスで話を進めることにした。
「最悪だ。痛みが引かん。よくもこんなに酷いことが出来たものだな。決して許さんからな。レイモンド家の総力をもって、お前たちを殺して、サーシャを取り戻すからな」
さすが貴族だ。自分が俺を殺そうとしたことは棚に上げて「酷い」とか言っている。しかも、あの程度の体罰では心は折れないか。
俺は執事を退場させるためにチャームをかけてみたが、効果なしだった。先に執事に好印象を与える必要がある。
「サーシャ様、侯爵に治癒をお願いします」
セフィロスは子供たちの下僕という役割なので、サーシャを様付けで呼んだ。サーシャが頷いて治癒を始めた。
「キュア」
「何だ? 痛みが引いていく」
「さっきはすまなかった。サーシャを命がけで保護したのに、あんな態度をされて、ついカッとなってしまった」
侯爵に謝罪をしてすぐに執事にチャームをかけた。今度は手ごたえがあった。
「今更、詫びを入れても遅いわっ。絶対に許さんからな」
俺は肩をすくめて、リズの方を向いた。
「リズ様、どういたしましょうか?」
ここからはリズに進行させることにし、リズに憑依し直した。
「セフィロス、お前は下がっていて。これからは私が直接やるわ。侯爵、あなた、全く分かっていないようね」
突然リズが話し始めて、侯爵は戸惑っているようだ。
「何がだ? 小娘、その男はお前の使用人なのか!?」
「これから色々と分からせてあげるわ」
「な、何をする気だ」
「まずは、そこの執事さんかしら? 退場してもらうわ。あなたお名前はなんて言うの?」
「セバスチャンです」
やはり執事だった。セバスチャンというからには執事に違いない。
「セバスチャン、後で呼ぶから、部屋の外で待っていて」
「かしこまりました」
リズはセバスチャンにとって、盟友であるセフィロスの主人だ。素直に従うはずだ。
「あ、おい、セバス。どうしたんだっ」
侯爵が驚いて、セバスチャンの顔をまじまじと見ている。
「旦那様、後ほど参ります」
そう言い残して、セバスチャンは部屋を出て行った。
「お前、セバスに何をした!?」
「魅了系の『チャーム』という魔法をかけたの。いつ効果が切れるかは人によって様々だけど、しばらくはセバスチャンは私の盟友よ」
「そ、そんなことが……」
「私は出来るの。チャームは通常は好印象を与える程度だけど、私の場合、友だち以上恋人未満に出来るのよ」
ぎりぎり嘘ではない説明だ。取引を行う場合、会社での経験上、嘘は絶対にまずい。
「お前はいったい、何者だっ!?」
「それは最後に教えてあげる。それよりもまず、私のお姉様を紹介するわね。時空系魔法を得意とする魔女のアリサよ。アリサ、侯爵にグラビティでご挨拶して」
「はい。侯爵、アリサだよ。よろしくね。グラビティ」
「ぐおっ」
侯爵が強烈な重力で床に押し付けられた。
「あははっ、床にベチャって張り付いていて、カエルみたい」
アリサは演技ではなく、本当に楽しんでいるんじゃないか? 俺は別に楽しくはないぞ。
「くっ」
「アリサ、もうやめてあげて」
俺はアリサが変な女王様になってしまわないように、早めに止めることにした。侯爵がよろよろと立ち上がった。
「ゆ、許さん、許さんからなっ」
「あら、まだ私たちに勝てるみたいなことを言ってるわね。じゃあ、サーシャの力を見せてあげようか。サーシャ、伯爵を殴って。殺さないよう注意してね」
「サーシャ、な、何を」
たじろぐ侯爵に、サーシャはにっこりと微笑み、かなり手加減して、フックを食らわせた。
侯爵は横に吹っ飛び、床に転がった。
「侯爵分かった? サーシャはめちゃくちゃ強いのよ。今のはちょこんと叩いた程度だけど、腰を入れて殴ると、即死しちゃうから」
侯爵が顔を押さえてうずくまっている。サーシャはあんな侯爵でも心配そうに見ている。恋愛にはしたたかで、小悪魔的なところを見せるが、サーシャは心根の優しい子なのだ。
「あら? サーシャ、あれでも強すぎたみたいよ。治療してあげて」
「はい。キュア」
侯爵が驚いた顔で頬を触っている。
「サーシャには聖女の素質があるの。治癒力と神聖力が高いのよ。綺麗に治るでしょう」
「サーシャにこんな力があったとは……」
「サーシャは聖女修行を始めるから、もう手を出せないわよ。それに、仮に手を出しても、即死だから。分かったでしょう」
「お前たちはいったい……」
「最後に私の紹介をするわね。私の名はリズ。アンデッドを召喚できるの。そこの男は私が召喚した堕天使よ。セフィロス、侯爵にタイキックしてあげて」
「ちょ、ちょっと待て、ようやく治ったんだ」
「はい、リズ様」
セフィロスはさっきよりも少し手加減して、キックを決めたようだ。
「うぎゃっ」
「どう? 私たちを殺すなんて言っていたけど、誰に私たちを殺させるの? 私たちは最強なのよ。それよりも手を組んだ方がいいでしょう。私たちはお金も沢山持っているのよ」
侯爵は四つん這いになって脂汗をかきながらも、懸命に計算しているようだった。
「わ、分かった。よく分かったから、これを治してくれないか」
侯爵は観念したようだった。
「サーシャ、治してあげて。セフィロス、後の交渉は任せたわよ」
「はい、キュア」
「では、お姉様方、我々はお茶でもいただきに参りましょう。では、ごきげんよう」
リズたちを部屋から出して、俺は憑依をセフィロスにスイッチした。
「では、侯爵、ビジネスの話をしよう」
俺は椅子に座って、侯爵に対面の椅子に座るように勧めた。
「ビジネス?」
「そうだ。我々はお前の侯爵家の権威が欲しい。対価を支払って、侯爵の権威を使いたい。お前は我々の力が必要になるときがあるのではないか? それ相応の対価として、我々は力を貸すぞ」
「なるほど、ビジネスか」
「そうだ。まず最初の取引だが、サーシャ様の聖女検定試験の手続きと、リズ様、アリサ様の王都のお嬢様学校への入学手続きをお願いしたい。それと王都でのお三方の護衛だ。お前の力ならできるだろう。もちろん、対価は支払う」
「無論可能だが、入学手続きはいいとして、護衛など必要か?」
「あの力を王都で見せつけてもいいのか? 今はお前だけが、あの方々の力を知っているのだぞ」
「なるほど。そういうことか。手続きを進める上での彼女たちの素性はどのようにすればいい?」
「お前の親戚ということで紹介してくれ」
「私の養女ではダメなのか?」
(俺に懐いている三人が許すはずがないな)
「殺されるから、やめた方がいい。あの方々は、たとえ形式上だとしても、誰かの下につくのがお嫌いなのだ」
「わ、分かった」
「お前にはチャームをかけなくても良さそうだな」
「相互利益があるのであれば、サーシャも諦めるし、手も組むぞ。私はこう見えて、生粋の貴族だからな。私にチャームは不要だ」
俺は侯爵とのやり取りの顛末のうち、リズとアリサの学校の部分を省略して、子供たちに報告した。
リズとアリサに学校に行くよう説得するのは骨が折れそうなので、後回しにした。
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