第32話 サーシャの身請け

 サーシャの孤児院は会社の独身寮のような感じの宿舎棟と学校のような教育棟の二つから構成されていた。孤児たちは今、教育棟の方で、勉強したり、遊んでいたりしているらしい。


「教会運営の孤児院とは随分違うのだな」


 俺は素直に感心した。施設そのものは、日本の全寮制の学校と遜色ない。


 リズがキョロキョロしていて、子供らしくて可愛い。アリサは初めて自分の孤児院のことを少しだけ話した。アリサも民間の孤児院だったとのことで、こことよく似ているらしい。


 俺たちは宿舎棟の面会室に案内された。侯爵のような貴族が、商品である孤児たちを直接品定めする部屋だ。貴族向けとあって、非常に豪華で、調度品にも金がかけられている。


 ちなみに侯爵は医務室で安静にしている。全く歩けないらしい。手加減が足りなかったのかもしれないが、あんな男の尻の調子などどうでもよかった。


 俺たちはソファに腰掛けて、院長からの説明を聞いた。


「民間の孤児院は教会の孤児院とは全くの別物です。子供たちを商品として大切に扱います」


 院長にはチャームをかけてある。民間の孤児院は完全に営利目的で、商売として運営されており、商品である子供たちの価値を高めるために、しっかりとした教育を行っているらしい。


「我々は孤児を厳選して仕入れます。容姿端麗のもの、身体能力の高いもの、スキルの優れているものなどです」


「高級品を取り扱っているということか。それで、サーシャを身請けするにはどうすればいい?」


「サーシャは侯爵様が購入予約をしている状態ですが、先ほどお伺いしたお話によりますと、誘拐を画策したということですので、重大な契約違反でございます。したがって、予約は無効となりますので、ボーン様にて購入が可能です」


「十五歳までは引き取れないのだろう?」


「はい、その通りですが、後ほどご説明しますが、奴隷解放された場合は、奴隷法の対象から外れますので大丈夫です」


「了解した。では、購入契約をしたい」


「購入金が必要となりますが、レイモンド侯爵様からお預かりしている購入金をそのまま横流ししましょう」


「それでいいのか?」


「奴隷の死亡や失踪を除いて、返金は一切しておりませんので、大丈夫です。侯爵様は誘拐が成功した場合は、失踪による返金要求をするつもりだったと思います」


「悪どいな。だが、横流しして、お前は大丈夫なのか?」


「大丈夫です。誤魔化します。それより、ボーン様こそお気をつけを。侯爵様には契約違反を理由に、孤児院からはサーシャの引き渡しを拒否することになります。恐らく侯爵様は直接ボーン様からサーシャを取り戻そうとすると思います」


「侯爵から守ればいいのだな。国家権力を相手にする必要はないのだな」


「そうなります。それではこちらにご署名を」


 俺は書類にサインをした。このような面倒なことをするのは、サーシャが国家権力から追われないようにするためだ。


「あと、先ほど言っていた奴隷解放の手続きも頼めるか」


「はい、私どもで提出しておきます。奴隷解放は十五歳を待つことなく受理されます」


 奴隷解放の申請は、現在の奴隷所有者である孤児院が申請する。孤児院が奴隷のサーシャを保有している状態から、自由民のサーシャの保護者となり、十五歳でサーシャが成人したときに、サーシャは晴れて普通の市民となる訳だ。


 奴隷では聖女にはなれないため、サーシャの奴隷解放は早めに行いたかった。


 これでサーシャは自由を約束された訳だが、このときのサーシャが俺に向けた笑顔を、俺は生涯忘れることはないだろう。


(いや、待てよ。俺は死んでいるのだから、「生涯」というのはおかしいか……)


「よし、次は医務室に行くぞ。俺たちに手を出すとどうなるかを教えておこう」


「侯爵様に何をするつもりですの?」


 サーシャは少し心配そうだ。多分、自分のことで俺たちに迷惑を掛けたくないとの思いがあるのだろう。


「俺たちには敵わない、敵にするより味方につけた方がいいと分からせるのさ。しかも、本人が手を組むことを選択したと思わせることが重要だ。実際には俺たちの力に屈服しているのだがな」


 暴力で従わせるのはいっときのことでしかないし、ネチネチと暴力行為を繰り返して洗脳するようなことを子供たちにはして欲しくはない。


 力をちらつかせて、俺たちとは味方でいた方がいいと思わせることが重要だ。そして、力で押さえつけるのではなく、侯爵が俺たちの力を利用できると思わせ、あたかも対等であるかのように錯覚させることが重要だ。


「パパ、どうするの?」


 アリサはこういうことが大好きなようで、目を輝かせている。


(うーむ、アリサはこれでいいのだろうか? でも、好きなものは好きなんだから、我慢しろとか、いけないとか言っても、性格が曲がるだけだな。好きなものは好き。それでいいか)


「俺がリズに憑依したり、セフィロスに憑依したりして話を進める。リズが今回のリーダーだ。アリサとサーシャはリズに従っていると思わせるように行動してくれ」


「分かった。何だか面白そう」


「かしこまりましたわ」


 俺たちが圧倒的な暴力を持っていること、敵にすると殺されることをまずは体で分からせる。その上で組むことのメリットを理解させ、協力させるようにする。セフィロスがリズから召喚されたアンデッドだということも印象付けたい。


 俺たちはノックもせず、医務室のドアを開けた。

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