第31話 プライム孤児院

 翌朝、子供たちにアネモネとの取引について話した。


「おじさん、院長は悪女だと思います。気をつけて下さい」


 もう少し子供たちから反発されるかと思ったが、これだけで済んだ。何だか格好いいじゃないか、子供たち。後で分かるのだが、俺が嫉妬を嫌うのを昨夜見て、俺の前で嫉妬するのは厳禁とのルールを三人で作ったらしい。


(ああ、大丈夫だ。俺は騙されても、痛くも痒くもないんだ。アンデッドだからな。ところで、アネモネはレセプトが使えるが、リズと同じ魔法系統なのか?)


「分からないです。ところで、おじさん、セフィロスに憑依しないのですか? アリサさんとサーシャさんもおじさんの声が聞きたいと思うのです」


 セフィロスというのは、いつも召喚している堕天使のことだ。昨夜、リズがもう一度、呼び出して、俺がシスターたちに何をしたのかを確認したらしい。だが、いつも召喚されるのはセフィロスだが、戻されるときに毎回記憶が消えるようだ。


(そうだな。アネモネが滞在を許可してくれているし、「人魚のネックレス」の効果はとっくに消えているから大丈夫だな。召喚してくれ)


 俺はセフィロスに憑依した。リズたちは食堂で孤児たちと一緒に朝食を取るという。リズはそこでロキたちと再会するつもりらしい。


 俺は一人で院長室に行くことにした。


「どうぞ」


 ドアを開けると、アネモネがデスクで書類を読んでいた。朝から美しさ全開だ。


「おはよう、院長」


「あら? そっちにしたのね」


 アネモネは堕天使の俺を見ながら眉を顰めた。


「ああ、コミュニケーションが大変なんだよ、イリュージョンは。何かまずいのか?」


「教会の司祭が抜き打ちで巡回に来るから、出来るだけシスターボーンでいてくれた方がいいわ」


「了解した」


 俺は憑依を解いてイリュージョンを唱えた。セフィロスは召喚士であるリズの元に戻るはずだが、なぜか戻ろうとしない。


(どうして戻らないんだ?)


「うふふ。私とあなたのことを見張れって、リズから命令されてるのよ、きっと。あの子たち、可愛いわね。ちょうどいいわ、彼にも聞いてもらいましょう」


(何かあったのか?)


「ちょっと面倒なことが起きているわ。あの綺麗な子、サーシャさんね。レイモンド侯爵家が血眼になって探しているわよ。騎士団もあの子たちを探しているけど、それは私が何とかするわ。レイモンド侯爵家は自分たちで対応してね」


(騎士団を何とか出来てしまうのか?)


「ええ。私、こう見えて、教会では割と力があるのよ。教会と王室は持ちつ持たれつだから、大丈夫よ。騎士団は仲間が殺されているみたいだけど、王の命令は絶対だから」


(ひょっとして、聖女も何とか出来るのか?)


「シスターボーン、答えはイエスだけど、誤解しないでよ。私は私の依頼をあなたが遂行するために障害となるものを取り除いているだけよ。私のためであって、あなたのためではないわ」


(そうだったな。聖女に邪魔されそうになったら、改めてお願いするよ)


「これ、サーシャさんのプライム孤児院の資料よ。それとレイモンド家が各孤児院に配布した情報提供依頼よ。参考になると思うから、目を通しておくといいわ」


(こんなものが出回っているのか。了解した。サーシャの件は早速今日片付けてこよう)


 俺は院長室を出た。セフィロスもついて来る。俺は黙って自分の部屋に戻った後で、セフィロスに憑依した。


(リズ、食事が済んだら、三人で俺の部屋まで来てくれ)


 俺はアネモネからもらった資料に目を通した。


 孤児院には教会運営のものと民間運営のものがある。リズの孤児院は教会運営、サーシャの孤児院は民間運営だ。アリサは孤児院のことを話したがらないので分からない。


 両方とも慈善事業ではなく人材斡旋業だ。奴隷は15歳以上が就業可能な職業の一つと考えられており、孤児のほとんどが奴隷商人に斡旋されて行くが、丁稚や使用人に斡旋されることもある。


 民間運営の孤児院では、売春宿や妾にも孤児を斡旋する。サーシャのプライム孤児院は、高級娼婦や貴族相手の妾も手掛ける超高級孤児院だ。容姿端麗な男女を揃えているらしい。


(プライム孤児院の院長は、男で男色趣味ありか。セフィロスで行くか)


 資料をちょうど読み終わったころに、リズたちが部屋に入って来た。


「おじさん、どうしました?」


「今からサーシャの孤児院に行くぞ。レイモンド侯爵と話をつけに行こう。お前たちもついて来い」


 サーシャの顔がこわばった。


「サーシャ、聖女になりたいんだろう? レイモンド侯爵をお前をつけ回す変態オヤジから、お前を支援するいいおじさんにしに行く。いつでも殺していいが、利用した方がいいぞ」


「はい、おじさま」


 トラウマを抱えたまま殺してしまうと、トラウマが残るように思う。トラウマを解消して、それでもまだ殺したいと思うなら、そこで殺せばよい。


「じゃあ、早速行くぞ。サーシャ、案内を頼む」


「かしこまりましたわ、おじさま」


 俺はリズ、アリサ、サーシャを連れて外に出た。


 日の光の下で見る街並みは、夜見たときとはずいぶん違って見えた。


「随分と綺麗な街並みなんだな」


「はい、おじさま。ミントの街は奴隷売買のおかげで潤っておりまして、街の整備にお金をかけられるのですわ。街中では郊外と違って、治安もよろしいですのよ。それでも夜はあまり出歩かない方がよろしいですが……」


 サーシャは俺と腕を組んで歩いている。三人でルールを決めたようで、後ろを歩くリズ、アリサからのクレームは特にない。


「サーシャは孤児院ではどんな暮らしぶりだったんだ?」


「私は侯爵様の妾になることが、五歳のときに決められておりまして、侯爵家から派遣された教師の方からいろいろと教育を受けておりましたの。そういった待遇でしたので、ほかの孤児とはあまり交流はございませんでしたわ」


「そうだったのか。どんな貴族なんだ?」


「年に二回孤児院に来られるのですが、じっと私をご覧になって、綺麗だね、綺麗だね、と呟きながら、髪を触ってきたり、肩を触ってきたりされるのです。その触り方が何と言いますか、ねっとりとした感じで、鳥肌が立ってしまいますの」


「それは嫌な思いをしたな」


「はい。侯爵様が会いに来られるのが嫌で嫌で、そんな方の妾になる運命を呪いましたわ」


「そういった運命を完全に断ち切って、聖女になる夢に向かって行けるようにしよう」


「おじさま、感謝しますわ。あ、見えてまいりました。あの青色の建物ですわ」


 サーシャはこうして歩いていても、すれ違う多くの人々の視線を集める超絶美少女だ。サーシャを必死になって探す気持ちは分からなくはないが、大人になるまで待ってから、正々堂々と口説け、と俺は言いたい。


 孤児院の門の前に着くと、門番がサーシャを見て驚いている。


「門番さん、お取次をお願いしますわ」


「サーシャ、無事だったか。失踪したって、えらい騒ぎになっているぞ。すぐに取り次ぐから、待っていてくれ」


 門番は俺たちの存在も気になっていたようだが、すぐに本館の方に走って行った。

 

 しばらくすると、門番が身なりのいい中年男と頭の薄い眼鏡の壮年の男を連れて戻って来た。


 そのうちの中年男の方が、サーシャを怒鳴りつけた。

 

「サーシャ、いったいどこに行っていたんだっ」


 怒鳴っている割には嬉しそうだな。聞いた通りの気持ちの悪い男だ。


「レイモンド侯爵さま、院長、私、不埒者にさらわれておりましたの」


 サーシャは平然として答えた。中年の方が侯爵で、ハゲ眼鏡が院長のようだ。


「お、お前がさらっていたのか!? サーシャは私が身請け済みなのだぞ」


 侯爵が俺を睨みつけて来た。よく言うぜ。誘拐を指示した張本人が。


「俺は不埒者からサーシャを救って保護していたのだ。礼を言われることはあっても、このように追及されるいわれはないと思うのだが」


 侯爵の顔が怒りに歪んでいく。


「き、貴様っ、わしに向かってなんという言葉遣いだ。不敬罪で手打ちにしてくれる」


 俺は侯爵の振り下ろした剣の刃を指で挟んで止めた。侯爵が驚いて、目を白黒させている。


「不敬罪だと? お前、人間のルールを勝手に俺に当てはめるなよ」


 俺は侯爵の尻を骨折しない程度に蹴とばした。


「うぐっ」


 侯爵が尻を押さえながら、ひざまずいた。院長が顔を青くして、侯爵に駆け寄り、具合を確認している。


「レイモンド様に何てことを!」


 院長が口に泡を飛ばしながら叫んだ。


「そいつは俺を殺そうとしたじゃないか。尻を蹴とばすくらい許されるだろう」


「き、貴様が手を出すことの出来るお人ではないっ」


「あのな。俺はサーシャの保護者だ。サーシャに害なすものは殺すぞ。貴族ってことで、殺さないでおいたのだ。お前は貴族ではないのであろう。俺たちを孤児院に案内するか、ここで死ぬか、どちらか選べ」


 院長は侯爵を見た。侯爵は脂汗を流して、四つん這いになっている。とても歩けそうにない。


「分かった。孤児院に案内する」


 院長は門番に侯爵を担架で運ぶよう指示してから、俺たちを先導して孤児院の本館内に入った。

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