第30話 孤児院での取引

「多分、みんな寝ていると思います」


 リズが孤児院の方に耳を澄ませるようにしてから、俺に囁きかけて来た。


「ちょっと待ってろよ。『解錠』のスキルで開けられるかもしれない」


「あ、鍵なら、そこの植木の下にあります」


 何だよ、全く、それじゃあ簡単過ぎるだろう……


 俺たちは鍵を使って、孤児院に侵入した。


 孤児院は寝静まっていて、物音一つしない。


 リズが声をひそめて、孤児院の構造の説明を始めた。


「ここは玄関ホールです。左側がシスターたちの部屋で、右側には厨房や食堂などの共同施設があります。子供たちは二階です。もう就寝時間を過ぎてますので、子供たちはトイレ以外は部屋から出てはいけない規則です」


「じゃあ、まずは一階の左側だな。シスターを一人ずつ縛り上げるぞ」


 リズに順番にシスターの部屋をノックしてもらい、出て来たシスターを一人ずつ縛り上げ、廊下に並べた。


 シスターは全部で五人だった。俺の期待に反して、全員かなり年配のおばちゃんたちだったが、世の中、そんなものだ。


 最後は院長だ。自室か院長室にいるはずだという。自室にいたので、同じように縛り上げた。院長は男だと勝手に思っていたのだが、シスターアネモネという二十代後半ぐらいの色白で透明感のあるすごい美女だった。


 何となく子供たちが警戒しているように見えるのは、気のせいではないだろう。


「安心しろ。俺は美人に惑わされたりはしない」


 嘘だった。シスターアネモネの言うことだったらなんでも聞いてあげてしまいそうな気がする。そもそも美人に惑わされない奴が、わざわざこんなことを言うものか。


 廊下には六人のシスターたちが縛られている。俺は子供たちに院長室に入るように言った。「人魚のネックレス」を使うためだ。一瞬とはいえ、子供たちが俺にメロメロになってしまうのはまずいと考えたからだ。


 子供たちが院長室のドアを閉めるのを見届けてから、俺は「人魚のネックレス」を口にくわえて、笛を吹いた。何の音もしなかったが、効果はてき面だった。


 シスターたちの目が熱く俺を見つめている。シスターアネモネが色っぽくてたまらないが、おばちゃんシスターたちのねっとりとした視線は、別の意味でたまらなかった。


(このまま続けるのはまずい。これでは効き目があり過ぎるっ)


 この後、チャームをかける予定だったが中止した。俺はシスターたちを廊下に残したまま、院長室に入り、憑依を解いた。


「おじさん、どうしました? アンサモン」


 リズの呪文で堕天使がすうっと消えていく。


「ダメだ、堕天使の格好だと効き過ぎる。イリュージョンで女に化けてからやり直す」


 レベルが上がって、イリュージョンで化けられるレパートリーが増えていた。いつものグラドルであるのは変わりないのだが、これまでの婦人警官の姿に加え、喪服姿と秘書姿が増えていた。


(……。認めよう。間違いなく俺の趣味が反映されている。これ以上は増えないでくれ。セーラー服とか追加されて、それがバレたりしたら、恥ずかしくて死んじゃうぞ)


 俺は喪服姿のグラドルに変身した。この姿であれば、修道女に近い。「シスターボーン」として、シスターたちの親友になれるだろう。話せないのがネックだが、そこはリズに通訳をしてもらうしかない。


 俺は院長室を出た。院長室から知らない女が出て来て、シスターたちは驚いていたが、俺は構わず、人魚の笛を鳴らした。


 さっきとは違って、暖かい目つきになった。


(熱いのと暖かいのではえらい違いだ。これなら大丈夫だ)


 俺は一人ずつ順番にチャームをかけてから、拘束を解いていった。上手く行ったように思う。親友のような関係になっているはずだ。


(リズ、三人で廊下に出て来てくれ。俺のことは「シスターボーン」として紹介して、ここに住まわせてもらうよう院長に頼んでくれるか?)


 三人が順番に院長室から出て来て、リズがシスターアネモネの前まで進んだ。


「院長、しばらくこのシスターボーンと私たち三人をここに住まわせてください」


「ええ、いいわよ。いつまで居てくれても大丈夫よ。シスターボーンは客室に、リズたちは空いているシスター部屋を使うといいわ」


 シスターアネモネは、俺たちを快く受け入れてくれた。


(リズ、アリサとサーシャを部屋に案内してやってくれ。お前たちはもう寝た方がいい。俺が一晩中見張っているから安心してくれ)


「分かりました。おじさん、お休みなさい。さあ、アリサさん、サーシャさん、こっちです」


「パパ、お休み」


「おじさま、お休みなさい」


 子どもたちを見送ったあと、シスターアネモネがじきじきに客室を案内してくれた。


 客室に入ると、シスターアネモネが俺に話しかけてきた。


「さて、スケルトンさん、取引といかない? レセプトするから、思念で話しかけて来て。ああ、リズではなく、私に向けてね」


 俺は驚いて、シスターアネモネの美しい顔をまじまじと見つめた。


(チャームが効いてない? っていうか、何者?)


 思ったことを思念として伝えてしまったようだ。


「一つずつ答えるわね。チャームは私には効かないわよ。でも、あの不思議なアイテムは、しばらくの間、思いっきり効いてびっくりしたわよ。次に、何者か? だけど、シスターアネモネで、この孤児院の院長よ」


(本当の正体は?)


「ふふ、そうね。私のお願いを叶えてくれたら、答えてあげてもいいわよ」


 また頼みか……


(でも、なぜ俺がスケルトンだって分かったんだ? いつの間に鑑定を?)


「そうね。お近づきの印にその質問には今答えましょう。鑑定はしていないわよ。推測したの。それイリュージョンの魔法でしょう。その魔法が使えるのは、レベルの高いスケルトンだけなのよ」


(なぜイリュージョンだと?)


「院長室に堕天使に憑依した状態で入って行って、女の姿で出てくるんですもの。それに、ロキたちからスケルトンに助けられた話は聞いているから」


(なるほど。で、頼みというのは?)


「ここに書かれたスキルを取得して欲しいの」


 俺はかなり古いノートを手渡された。中を見て驚いた。何と英語で書かれていたのだ。


(院長、これ、俺が読めるとでも?)


「分からないわ。どうかしら?」


(読めるけどさ)


「じゃあ、読んでみて」

 

 シスターアネモネの目が興奮して輝いているように見えた。この人、本当に綺麗だが、子供たちを心配させないようにしないとな。俺は視線を院長からノートに移した。


「植物の魔物トレントから『分裂』と『修復』というスキルを取得する」


 ノートの最初にそう書かれていた。ノートに書かれている内容を読み進めて行くうちに、何についての記述であるかが分かった。


(不老不死!?)


「正確には『不老』よ。首を切られたり、心臓を刺されたりすれば死んじゃうわ」


 俺は最後までメモに目を通した。英語勉強しておいてよかったなあ。


(院長と契約して、院長に憑依してから、スキルを取得すればいいのか)


「そう言うこと。簡単でしょう? 他の生物のスキルをコピーできるのは、悪魔とアンデッドだけなの。憑依しているときには、憑依している人間にもスキルがコピーされるのよ」


(悪魔には頼まなかったのか?)


「悪魔の契約の代償は魂だから。不老になっても約束の期限がくると魂取られて死んじゃうから意味がないの。アンデッドにはそういう縛りがなく、対等な関係なのだけど、契約できるほど知能とレベルの高い個体がほとんどいないのよ」


(ひょっとして、俺が来るのは計算済か?)


「そうでもないわよ。可能性の一つよ。それで、頼みを聞いてくれるかしら」


(いいぜ)


「え? 本当? こんなに簡単にOKしてくれるとは思わなかったわ。騙されているとか、そういう考えはないの?」


(院長にだったら別に騙されてもいいさ。基本的に美人の頼みは断らないのさ。で、いつ行くんだ?)


「契約は新月の夜にしかできないから、二週間後よ」


(了解した。子供たちに心配はかけさせたくないから、子供たちにも話すが問題ないか?)


「ええ、問題ないわ。それまで自由にしていて頂戴。何か必要なものがあったら言ってね」


(じゃあ、早速お願いしたいんだが、奴隷商人のリストを貰えるか?)


「ええ、言いわよ。教会から入手するから一日待ってくれる?」


(了解した)


「スキルが入手できるまでは、あなたたちのことは全面的にバックアップするからね。取引成立かな?」


(ああ、取引成立だ)


「あなたとは、スキル取得後も末長くいい関係でありたいわね。よろしくお願いね」


 そう言い残してシスターアネモネは部屋を出て行った。

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