第29話 ミントの街へ
『レベルが2153になりました』
『従者リズのレベルが2153になりました』
『従者アリサのレベルが2153になりました』
『従者サーシャのレベルが2153になりました。隠密のスキルを取得しました』
またどこかのアホが子供たちにちょっかいを出して、命を落としたか。
ただ、これ、かなりレベルが高くないか。騎士でも殺したのか。
(法律とか警察とかないのかな)
犯罪者の命はどうでもいい。死んで当たり前と思う。だが、子供たちの教育上、あまりこういうことはない方がいいような気がする。
(それとも、日本じゃないから、これでいいのか?)
一度、この世界の教育論を聞いてみたい。
そんなことを考えながら、木陰に隠れながら山道の方を見ていたら、ランプの灯りに照らされた堕天使と三人の影が見えた。リズには俺の居場所がわかるらしく、俺の方に手を振っている。
(リズ、堕天使に憑依するぞ)
思念を送ると、リズがハウントをかけてくれたようだ。
俺はすぐに堕天使に憑依した。そして、骨格本体を堕天使の背負っているバックパックに詰め込んだ。
「大丈夫だな。誰にも見られていないな」
リズが頷いた。
アリサが一度消していたランプに、再びライトの魔法を灯した。辺りが明るくなった。
「パパ、また人を殺しちゃったんだけど」
アリサがバツの悪そうな顔をしている。
「売られた喧嘩だろう? 買ってやればいいさ。相手が殺す気で来たら、殺してもいいぞ」
「うん、大人しくしないと殺すって言われたの」
「じゃあ、お前たちは悪くないよ」
本当にこんな教育でいいかどうか分からないが、子供たちを変な目で見た奴は、俺的には死刑確定だ。
「それと、サーシャに言い寄っていた騎士の人がずっと後をつけていたので、それも殺しちゃった」
「『隠密』のやつだな。言い寄って来る方が悪いから、お前たちは悪くはないさ。だが、すぐに逃げるぞ。騎士団は仲間が殺されたのがわかるようなんだ」
「崖から突き落としたので、崖下に行くと思うよ」
「そうだといいが、常に最悪のケースを想定して行動した方がいい」
俺はぐるりと周りを見渡した。俺たちのいるところはかなり広い山道になっていて、山側が崖、谷側は木々に覆われていた。
(日本の山とそう変わらないな)
「街はこっちか?」
「はい、そうです」
山から街の方向を見ると、建物から漏れるわずかな灯りが点在していて、ぼんやりと街全体の外観を確認できた。
「よし、じゃあ、まずはリズの孤児院に行くか」
俺たちは、アリサ、リズ、サーシャ、俺の順で一列になって山を降りた。
途中でリズたちが殺した冒険者たちの遺体があったが、いずれ狼が持っていくだろうとのことだった。
俺は索敵をしながら、人と出会わないようにして、山を下って行った。
「お前たち、腹は減ってないか?」
三人は俺から離れて先に歩いている。子供たちの背中から声をかけた。
リズが振り返った。
「大丈夫です。アリサさん、サーシャさんも大丈夫ですか?」
「うん、我慢できるよ」
「私も大丈夫ですわ」
トイレはダンジョンの入り口で済ませて来たそうだ。町までは歩いて二十分ほどだという。
子供たちはさっきからずっと三人で話している。
「ランスロットさんと会ったけど、パパの方が格好いいと思っちゃった」
「私もです。ヒューイさんも素敵だったけど、おじさんには敵わないかな」
「私は最初からおじさま一途ですわ」
だから、聞こえてるんだが……。「集音」のスキルがあると何度も説明しているだろうが。聞こえることを知っていて、話しているのか?
街に近づいて来たので、見られないようにいったんランプの灯りを消した。街灯がなく、人通りは全くなかった。灯りがなくても俺の目には暗視スコープのように街の様子が見えるが、リズたちには真っ暗だと思う。
「俺には『蛍光』というスキルがあるんだ。使ってみていいか?」
「お尻が明るく光るとかの落ちじゃないでしょうね」
アリサが突っ込みながらも、ライトの魔法を消してくれた。
お尻ではなく、鼻が光った……。しかも、点いたり消えたりしている。
「おかしいな、スケルトンで試したときは指先だったんだが……」
子供たちには大うけだった。あのサーシャが腹を抱えて、涙を流して笑っている。
「あー、苦しかった。パパ、笑わせるのはやめてくれる?」
アリサがランプで照らした街並みは、映画で見た昔のヨーロッパの町のようだった。道路も石畳だし、建造物は石で出来ている。
アリサとリズが先頭で、俺とサーシャが後ろから歩いた。サーシャが手を繋いできたが、日本の娘ともよく手を繋いで歩いたので、違和感なくそのまま手を繋いで歩いていた。
「おじさん、あそこを左に回ったところに私の孤児院があります」
リズがそう言って、俺の方に振り返って、そのまま固まっている。
「どうした?」
リズの目は俺とサーシャが繋いでいる手に釘付けだ。
「おじさん、何でサーシャさんと手を繋いでいるんですかっ」
「え? 本当!?」
アリサが血相を変えて振り向いた。
「どうした? 暗い場所を歩くのは危ないから、手を繋ぐのは普通だろう?」
「サーシャ、あなた、油断も隙もないわねっ」
珍しくアリサがサーシャに詰め寄っている。
「あら、おじさまは拒否されませんでしたわ」
サーシャが開き直った悪役令嬢のように見える。
「ちょっと待て、手を繋いだだけだろう」
俺はリズに助けを求めた。何が悪いのかさっぱり分からない。
「異性と手を繋ぐのは、恋人か夫婦にしか許されない行為ですっ」
何なんだ、この険悪なムードは。むっ、俺は知っているぞ、この雰囲気を。これは会社で女子社員たちが見せる嫉妬の図だ。
「お前たちは俺にとっては娘のようなものじゃないか。こんなことで喧嘩するな。俺がリズとアリサの間に入って、二人と手を繋ごう。な、それでいいな?」
リズとアリサは考えている。
「それなら、私はいいです」
「アリサもいいよ」
「サーシャ、ほら、交代だ」
「分かりましたわ。アリサさん、リズさん、私はおじさまを独り占めする気はなくてよ」
サーシャがようやく俺の手を離し、俺はリズとアリサの間に入った。アリサが俺と手を繋ぐどころか、腕を組んできた。それを見てリズも真似をしてきた。
何なんだ、このお子ちゃまたちは。
そのまんまの状態で、俺たちは孤児院の扉の前に立った。
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