第28話 いざ地上へ

―― リズ視点


 おじさんはセイントクレア山の岸壁から飛び降りて、付近に潜んでいるはずだ。その情報はいち早くアリサさんとサーシャさんに共有した。


 騎士団のキースという人が、しつこくサーシャの連絡先を聞いて来たのには参ったが、サーシャさんが、プライム孤児院出身でレイモンド侯爵家に予約済と話したら、ようやく諦めてくれた。


 ただ、脈なしだと分かった途端にぞんざいな態度になるなんて、騎士団にも嫌な男がいるのね。ランスロットさんやヒューイさんは紳士だったのに。


 冒険者組合の管理人に紹介するという話があったはずだが、それもしてくれなかった。私たちにとっては、そっちの方が都合がいいので、逆に助かったが。


 ほぼ一カ月ぶりの地上は夜だった。


 ダンジョン入り口前の道の両側には露店が並び、軽食やアイテムなどが売られている。ダンジョンのビーストやインセクトを狩る冒険者向けだ。だが、それらの露店はもう閉まっている。


 露店街から少し離れたところに、酒類と簡単なつまみを売るお店があり、そこだけ営業していて、屋外に適当に置かれたテーブルで、多くの冒険者たちが酒を酌み交わしていた。


 ダンジョンが閉まっているのに随分と冒険者が多いが、解禁が近いということだろうか。


 少女三人での行動は目立つため、堕天使を召喚して、引率してもらっているように見せかけているが、酔っ払い冒険者たちからの視線が痛い。


 酒飲みたちで喧騒な場所を通り過ぎて、山の方に向かっていると、堕天使が私に耳打ちした。


「リズ様、先ほどから人間の男が三人ほど我々をつけてきています」


 後ろを振り返ると、隠れもしないで、三人が堂々と私たちの後をついて来ていた。


「本当にこの街は物騒ね。しばらく放っておきましょう」


 私たちは山道を登り始めた。


(これって、何だか男たちを犯罪に誘っているようなものね。どんどん人目のない方に行くのだから)


 少し登ったところで、案の定、男たちが行動に出た。


「おい、兄ちゃん、三人も一人占めするなんて、ずるいと思わないか?」


 リーダーだろうか。スキンヘッドの男が堕天使に話しかけてきた。


 アリサさんが振り返って、スキンヘッドの前に出た。


「おじさんたち、レベルいくつ?」


 スキンヘッドがニタニタしながら、アリサさんに近寄って来た。


「へっ、全員レベル50台だ。大人しくしてれば、殺しはしないぞ。ちょっと痛いけどな。へっへっへ」


 男は三人ともちょっと格好つけた感じの表情だった。50ってすごい、と思われるとでも思ったのだろうか。


「大人しくしなかったら、殺すってこと?」


 スキンヘッドはアリサさんが全く怯えていないことに気付いたようだ。私とサーシャさんも動じていないのを見て、少し私たちを警戒し始めた。


「そんな簡単には殺さない。十分に楽しんでから殺すが、お前たち、何だか妙に落ち着いているな」


「おじさんたち、奥さんや子供さんはいるの?」


 アリサさんは淡々と質問を続けている。


「それは安心しろ。みんな独身だから、これは不倫ではないぞ」


 他の男二人が笑っている。面白いとでも思ったのだろうか。


「そう。それは嬉しいね。じゃあ、持っているスキルを教えてくれる? 誰がお相手するか決めたいから」


 スキンヘッドは少し戸惑っているが、答えることにしたようだ。


「お、おう。俺は『睡眠』で、そいつが『記憶』、あいつは変わっていて『霊視』だ」


「それぞれのスキルを簡単に説明して」


「いろいろ面倒だな。『睡眠』は質の良い睡眠をとることができるんだ。『記憶』は写真記憶ってやつだ。『霊視』は幽霊が見えるらしい。さあ、もういいだろう。決めてくれ」


「ちょっと待っててね。相談するから」


 アリサさんは殺すことに決めたようだ。私に異論はない。


「霊視を希望しますわ」


 サーシャさんも同意しているようだ。アリサさんは残り物でいいとのことなので、私は「睡眠」を希望した。


 私は睡眠おじさんの前に出た。


「おじさん、私がおじさん担当です」


 私はスキンヘッドのところに歩み出た。


「ちっ、ハズレくじかよ。あっちの白いのが好みなんだが……」


 スキンヘッドがサーシャの方を顎で示したが、サーシャは目の前の男の首をへし折るところだった。


「誰が、ハズレくじよっ。堕天使、殺していいわよ」


 スキルヘッドは、サーシャさんが男の首をへし折り、アリサさんが男を感電死させたところを見た後、恐怖の表情で私を見た。


「お、お前たち……」


 堕天使が虚空から取り出した槍でスキンヘッドを突いた。


 男たちを片付けたタイミングで、おじさんから思念が届いた。


(お前たち、スキルを覚えたようだが、襲われたのか? 大丈夫とは思うが、気をつけてな)


 どうやら、無事にスキルは受け取れたようだ。


「おじさんから、気をつけてって、伝言が来ました」


 アリサさんとサーシャさんが頷いた。


「時間を無駄にしたね。急ごう」


 私たちはおじさんの落下地点に急いだ。


***


 キースはしばらく身動きできなかった。


(あの三人、平然と人を殺しやがった。冒険者殺しはアイツらじゃないのか? それにしても、こんな夜に町に行かずに山に登るってどういうことだ?)


 キースはこのまま尾行すべきかどうか迷った。キースのレベルはちょうど2000、騎士団でもトップ10に入る実力者だ。しかも、「隠密」のスキルがあるため、自分よりもレベルが上のものしか、キースの気配は探れない。


(いくら何でもあの少女たちがレベル2000を超えるなんてことはないな)


 キースは尾行を続けることにした。この決断により、今日が彼の命日となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る