第23話 石の巨人

―― リズの視点


 ようやく鳥肌立ちまくりの虫フロアを抜けた。ここしばらくおじさんからの思念が届かないが、大丈夫だろうか。


 地下八階はアンデッドフロアで、他のアンデッドフロアとよく似ているが、中央部分に地下九階との吹き抜け空間があるところが特徴的だ。


 全部屋に一体ずついるアンデッドは多種多様で、ヴァンパイア、デュラハン、エルドリッチなど知的で強力だが、全てカプセルのようなケースの中で、眠っているかのように動かない。


 私たちは吹き抜けのところまで来て、地下九階を見下ろした。霊感を強めておじさんの気配を探ると、十時の方向に気配を感じた。


「あ、あそこですっ」


 私は左斜め前方を指差した。はるか遠くで、おじさんが石の巨人に追い回されている。


「……逃げ回ってるのかな?」


 アリサさんが目を細めて見ている。アリサさんは近眼なのかも。


「そうみたいですね」


 勝てないときはすぐ逃げろ、ってよく私たちに言ってたっけ。それにしても、すごい逃げ足だわ。アンデッドだから疲れないから、永遠に逃げ回れるのね。


「下に降りる? 勝算ある?」


 アリサさんから聞かれて、私は石の巨人に集中した。霊力の流れを感じることが出来る。


「はい。霊力の流れを感じられます。ゴーレムで間違いないようです。倒せますよ、ゴーレム」


 アリサさんがこっくりと頷いた。サーシャさんも覚悟を決めている。やっぱり、彼女たちは私と同じだ。おじさんを助けるためなら、命も惜しまない。


「行きます」


 これぐらいの高さであれば、今の私たちなら、飛び降りても大丈夫なはず。梯子でちまちま降りて行く場面ではないわ。女の子だって、こういうときには格好をつけたいものよ。


 えいっ。


 私は飛び降りた。アリサさんもサーシャさんも続いた。


「おふっ」


 踵から脳天に衝撃が突き抜けた。想像以上の衝撃に、二人とも驚いているはずだが、痩せ我慢して平静を装っていてとても可愛い。


 地下九階は石で出来た柱のようなものはあるが、それ以外は仕切りが何もないだだっ広い空間だ。地面は石だらけの荒野が続いている。


 おじさんのところに向かって真っ直ぐに進もうとしたら、辺りの石が合わさってゴーレムになった。


「はっ、生きている人間だなんて、ずいぶんと久しぶりだな。ん? 子供か。さて、どうしたものか」


 ゴーレムって喋るのね。


 私は核の位置を探るため、霊感を研ぎ澄ませた。霊力の流れを感じる。


「額とお股です。浄化が効果的ですっ」


「オラクル」


 サーシャさんがすぐに魔法を放った。額とお股に女神の神託が降りた。お股の方は位置的にアレだが……。


 ゴーレムの額が割れ、上半身がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。同時に下半身も股を中心に真っ二つに割れ、両側に倒れた。


「いけますわっ」


「はいっ、流れが感じられますっ」


 私たちはおじさんの方に向かった。さっきよりも身体能力が高くなっているのが分かった。レベルアップしているようだ。


(リズ、どうなってるんだ? レベルが一気に1000を超えたぞ。リズはスティール、アリサがストップ、サーシャがガードの魔法を覚えた。二人に教えてあげてくれ)


 おじさんからの久しぶりの思念が届いた。まだ私たちには気づいていないようだ。


「アリサさんはストップ、サーシャさんはガードが使えるようになりました。イメージ出来ますか!?」


 アリサさんとサーシャさんが頷いている。


 走っている途中にまた石が積み重なり始めた。


 私は早速覚えたてのスティールを使った。集まりつつあった霊力の核を私はスティールしたのだ。スティールは力を奪う魔法だ。魔力、霊力、体力を奪って吸収する。


 スティールは難なく成功し、ゴーレムは完成する前に崩れ落ちた。


「すごい! リズさん、なんて人なのっ」


 いつもアリサさんやサーシャさんが攻撃役で、私は守備や補佐役なので、今回のように攻撃役として活躍できるのはとても嬉しい。


 遠くに見えていたおじさんがどんどん近づいてくる。


「おじさまぁっ!」

 

 あ、サーシャさん、ずるい。私が呼びたかったのに。


「パパぁ!」


 あ、今度はアリサさん。おじさんからの思念が来るかもと思って、呼びかけが遅れてしまった。おじさんは私たちに気づいたらしい。


(リズ、どうしてこんなところまで来たんだっ!)


 おじさんの思念が聞こえるのは私だけ、というのは嬉しいのだが、アリサさんやサーシャさんにも聞かせてあげないと。


「サモン、堕天使、ハウント」


 私の召喚に応じて、気だるそうな黒髪黒目の超イケメンが現れた。


「お嬢様方……」


 何か言いそうだったので、膝を蹴飛ばした。おじさんが憑依しているからいいのであって、コイツ自体はどうでもいい。


 堕天使がびっくりした顔で私を見ている。


「憑依されるまで、そこで黙って立ってなさい」


「はい…」


「おじさま、ゴーレムは私たちが倒しますわ。私たちの後ろに回って下さいましっ」


 サーシャさん、それ、私のセリフ……


「パパ、早くこっちに来てっ」


 アリサさん、だから、それ、私のセリフ……


(そうか、あのとんでもないレベルアップは、この石野郎だったのか。よし、後ろに回るぞ)


 おじさんが私たちの後ろに回って、すぐに堕天使に憑依したようだ。私には霊体の動きが分かる。


 おじさんを追って来たゴーレムが迫ってくる。私は霊力の流れを観察した。


「核はさっきと同じ二箇所です」


「私が動きを止めるわ。グラビティ、ストップ」


 アリサさんの魔法で、ゴーレムの動きが止まり、核を狙いやすくなった。これなら、私も核をスティール出来そうだ。


「オラクル」

「スティール」


 サーシャさんがオラクルを唱えると同時に私もスティールを唱えた。


 ゴーレムがバラバラと崩れて行く。


「す、すげえな、お前たち。また、すごくレベルアップした。それと、俺もゴーレムを作れるようになっちゃったぞ」


 おじさんがはしゃいでいる。


「おじさん、大丈夫ですか?」


「ああ、リズ、アリサ、サーシャ、ありがとう。まさか助けに来てくれるとは思わなかったぞ。危ないことするな、と怒りたいところだが、それよりも嬉しくて仕方ないぞっ」


 おじさんは満面の笑顔だった。


「パパ、かっこいい!」


「ちょっと、アリサさん、おじさんに抱きつかないで下さいっ」


 私はアリサさんをおじさんから引き離そうとしたが、アリサさんはしがみついたままだ。


「嫌よ。あぁ、安心するぅ。リズもサーシャも抱きついたらいいのよ」


「お言葉に甘えますわっ」


 サーシャまで抱きついている。


「ちょっとサーシャさんまで。じゃあ、私も!」


 私もおじさんに思いっきり抱きついた。これまでの感謝の気持ちを込めて。


「ちょ、ちょっと、お前たち、ゴーレムの軍団がこっちに走ってくるぞっ」

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