第10話 イリュージョン

 俺は観念した。


(わかったよ。ただ、面倒はみないからな。一緒にいてもいいが、自分のことは自分でするんだぞ)


(あ、ありがとうございます。おじさん、本当にありがとうございますっ)


 リズが涙を流しながら、嬉しがっている。


 ここまで喜ぶなら、多少の不便は我慢するか。そう思ったとき、すぐ近くまで冒険者が近づいて来ていることに気付いた。


(しまった。索敵をおろそかにしていた)


 ランタンを持った高校生ぐらいの若い男の冒険者二人組だ。二人ともスキルなしでレベルは20だが、一人の方がスリープの魔法を使えるようだ。


(リズ、危なくなったら、助けるから心配するな)


 そう念じて俺はリズから手を放し、数メートル先に移動して、気配を消した。リズは突然の出来事で少し戸惑っている感じだ。


「子供が一人でどうした? 迷子か? お兄さんたちが送って行くぞ」


 スリープを使う男の方がリズに話しかけて来た。


「いいえ、大丈夫です。一人で帰れます」


「ははっ。そんな警戒するなよ。いっしょに出口まで連れていってあげるよ」


「大丈夫ですから。放っておいて下さい」


 リズは俺が見守っていることを感じているようで、随分と落ち着いているようだ。


 男がニヤリとした。


「うむ、整った顔立ちだな。合格だ。スリープ」


 リズが眠りに落ちて、男に寄りかかった。


 もう一人の男がずた袋を取り出して、リズの頭から被せた。狩った魔物を入れる袋と同じだ。


(おいおい、聞いた先から人さらいかよ。まだ、若いのに人生誤ったな)


 俺は少し離れたところで、男たちを観察していた。


 よく見ると、二人ともいかにも自分だけ楽しければいい的なヤンキー顔をしている。


 俺は剣を抜き、リズを肩にかつごうとしていた男に瞬足で近づいて、心臓を一突きした。


 男は声も出せないまま即死して、俺に寄りかかって来た。


『レベルが86になりました。イリュージョンの魔法を覚えました』


 先に歩き始めていたもう一人の男が歩みを止め、振り返ってこちらの方を訝しげに見ている。連れが殺されたことに気づいていない。薄暗くて見えにくいのだろう。


「おい、どうした?」


 そう言って、俺の方に近づいて来る。連れがダラリとしたまま動かないのを不審に思ったのだろう。俺は近づいて来る男に向かって遺体を放り投た。


 男は驚いて、遺体をよけた。


 俺はその隙にリズの袋をそっと地面に寝かせて、投げ捨てられた仲間の遺体を呆然と見ている男に瞬足で近づき、男の背中に剣を突き立てて殺した。


(ちっ、レベルが上がらなくなって来たな)


 俺は遺体をスケルトン部屋に放り込み、リズの入った袋をその隣の部屋に引き入れた。こっちにはスケルトンはいない。


 俺はリズを袋から取り出して、両手を握って念じた。


(おい、リズ。起きろ)


(う……ん、おじさん? やっつけたんですか?)


(ああ、リズの言う通り、人さらいがいるな)


(はい、割とよく聞きます)


(そうみたいだな。ところで、イリュージョンという魔法は知っているか?)


(いいえ、聞いたことないです)


(そうか。今、覚えたんだが、早速使ってみたい。初めてで何が起きるか分からないから部屋の外で試したい。しばらくここで待っていてくれるか? 数分で必ず帰って来る。どこにいるかは霊感で分かるだろう?)


(はい。大丈夫です。私を置いて行くだなんて思っていません。もしそのつもりなら、私が寝ているときに置いて行ったはずですから)


(そうだな。置いて行ったりしないから、そこは信じて欲しい)


(はい)


 俺は部屋を出て、早速魔法を使ってみた。文字通り幻影魔法のようだ。俺は日本で好みだったグラビアアイドルに化けていた。スケルトンは肉眼でものを見ている訳ではないため、自分自身を見ることが出来る。


 ただどういうわけか、そのグラビアアイドルが一日署長をしたときの警官の制服姿になっていた。


 確かにそのときの彼女が一番印象に残っているのは事実だが、これが俺の趣味だと思われるのは、随分と恥ずかしいのだが……。


 そうだ。ターミネーターもよく警官に化けていたから、ということにしておこう。我ながらナイスなアイデアだ。


(でも、そんな言い訳、誰にするんだ?)


 アホな思考を打ち切って、俺は部屋に戻った。リズがキャンドルをつけたようで、部屋は明るかった。リズが俺を見て驚いている。だが、霊感で俺だとわかるはずだ。


「おじさん……ですか?」


 俺は無言でリズに近づいて行く。なぜなら、話すことは相変わらずできないからだ。後で考えたら、ここで頷けばよかったのだが、容姿に自信があったので、にこやかな表情で近づいて行けば大丈夫だと思っていた。


 だが、彼女からすると、いくら霊の気配がするとはいえ、見ず知らずの綺麗なお姉さんが、ニヤニヤしながら何も言わずに近づいて来るのだ。恐怖以外のなにものでもないだろう。


 そのため、俺が念話のために手をつなごうとリズに近づいて行くのだが、彼女は緊張した面持ちのまま、じりじりと後退りして行く。


 リズは壁まで下がって、もうこれ以上は後ろには行けないところまで来てしまった。


(えらい怖がっているな。そうか、イリュージョンを解除すればいいか)


 俺はイリュージョンを解除した。すると、リズが心底ホッとした表情で、手を握って来た。


(おじさん、怖すぎですっ)


(すまなかった。あれ?)


 そして、俺たちは部屋の壁を通り抜けてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る