第9話 思わぬ展開

 案の定、ビートの話は寝ぼけていた、ということになった。


 ダンジョン最弱のスケルトンが、冒険者を倒すなんてあり得ない話だし、アンデッドが子供を守るなんてのは、もっとあり得ないからだ。


 思った通りの結末だったのだが、それ以来、リズが何となく周りを気にしているように見えた。リズには「霊感」というスキルがあり、ひょっとすると、俺の気配を感じることができるのかもしれない。


 今日、ロキたちは予定通り孤児院に戻るらしい。ようやくお別れだ。


 俺は子供の命が大丈夫かどうかは気になるが、別に子供好きというわけではない。それどころか、むしろ子守りは嫌いだ。


(気になって仕方ないから、子供はダンジョン禁止にしろよな)


 俺はロキたちを地下一階に登るところまで見送ったが、どうしても地下一階には怖くて登れなかった。聖女がいるかもしれないと思うと、足がすくんでしまうのだ。


(これは相当なトラウマになっているな)


 ロキ、ビート、チェキ、リズの順に地下一階への階段を登って行った。ホッとする気持ちと寂しい気持ちが混じったような感情が湧き上がって来た。


(アンデッドでも、こういう気持ちになるんだな)


 俺は頭を切り替えて、地下三階に落ちる落とし穴に向かって歩き出した。地下三階での探検を続けるためだ。


 しばらく歩いていると、突然、上の階の地下一階から、人が一人、目の前に落ちて来た。


「やっぱりいた。真っ黒のスケルトンさん!」


 さっき見送ったばかりのリズだった。


 俺はどうするか迷ったが、とりあえず逃げ出すのはやめた。


「スケルトンさんって、いいスケルトンさんでしょう。私、分かるのよ」


(俺がいいスケルトン? もう六人も殺してるぞ)


「スケルトンさん、私、霊と交信できるの。スケルトンさんと話したいのだけど」


(何だと!?)


 俺は首を縦に何度も振った。誰かと話がしたくて仕方がなかったのだ。


「やった! やっぱり意思が通じるのね。私と両手を繋ぐと、思念を交えることが出来るはずなの。手を繋がせてくれる?」


 俺は警戒することなく、すぐに両手を差し出した。これまで遠くから見守っていて、リズはいい子だと感じていたからだ。


 リズが俺の両手を握った。


(スケルトンさん、私の思念が分かる?)


 リズは口を閉じたままだが、リズの声が頭の中に聞こえて来た。


(おおっ、分かるぞっ)


 俺は嬉しくて仕方なかった。この世界に来て、初めて意志を交すことが出来るのだ。


(スケルトンさん! やっぱり話せるのね! 私はリズっていいます。はじめまして)


(ああ、名前は知っていたよ。俺はボーンていうんだ。よろしくな)


 俺とリズは、両手をつないで、お互いに顔を見合わせている。骨と少女ってところだ。


(スケルトンさんって、年配の男の方ですか。「おじさん」て呼ばせてもらいます。おじさん、改めてお礼をさせてください。助けていただいてありがとうございました)


(うん、「おじさん」でいい。リズからすれば、おじさんに違いないから。でも、ビートの話は信じないのではなかったのか?)


(あまりにもあり得ない話でしたので、逆に本当かもと思いました。それに、おじさんの存在は霊感で感じてましたし。私、「霊感」というスキルがあるんです。でも、このスキルを持っていることは、皆には内緒にしています)


(そうだったのか。それでこんな手を使ったのか)


(はい。おじさんの気配を感じながら、落とし穴に落ちました)


(他の三人はどうした?)


(孤児院には戻らないって、そう言って別れてきました)


(は? どうするつもりなんだ?)


(おじさんと一緒にダンジョンにいてはだめですか?)


(だめに決まっているだろう)


(でも、おじさん、私がいると、コミュニケーションとか便利ですよ)


 う、痛いところを突いて来るな。


(そうかもしれんが、そのメリットよりもデメリットの方が大きい。まず、俺とリズでは、生活のリズムが全く合わない。俺は寝ないし、飯も食べない。それとリズは弱いだろう。守るのが大変だ。一緒にいると少なくとも俺は不便だ)


 リズが泣きそうな顔になる。その顔はやめてほしい。


(私、孤児院に戻ると、奴隷として売られてしまうのです……)


(奴隷?)


 話を聞いてみると、この世界には奴隷制度があるらしい。しかも、このダンジョンがあるミントという町は、国内でも最大の奴隷市場があるようだ。


 リズは今13歳で、15歳になったら、孤児院から奴隷商に引き渡されるらしい。


(ひどい孤児院だな)


(え? 親のいない私たちを育ててくれたのですから、恩を返すのは当たり前です。でも、奴隷は嫌なのです。普通に働いて恩を返したいので、ずっと一生懸命稼いできました)


 本気でそう思っているようだ。いいように教育されてしまっている。


(じゃあ、15歳になるまで孤児院にいたらどうだ?)


(美しい少女は15歳になる前に、奴隷商の手下にさらわれてしまうことが多いのです。おじさんが倒してくれた二人もきっと人さらいだと思います。ほら、私、きれいですから)


(きれい?)


 しまった。思わず念じてしまった。


(おじさん、目が見えないの?)


 リズの目がすっと細くなる。子供のくせに俺の前世の嫁と同じ表情をする。


(い、いや、見えるが、アンデッドは人とは美的感覚が違うんだ。気にするな)


 ガリガリのごぼうのようで、どこがきれいなのか分からない。だが、確かによく見てみると、顔が小さくすらっとしていて、目鼻立ちは整っている。もう少しふっくらして女らしく変われば、美人になるかもしれない。女の子は、がらっと変わるから。


(いいですっ。人それぞれ趣味は違いますから。それで、今回はおじさんのおかげでさらわれずに済みましたが、孤児院にいるといつかはさらわれてしまいます。おじさん、助けてください。お願いします)


 困ったなあ。正直、足手まといにしかならないと思う。


(断ったら?)


(今、ミントの聖女様が、スケルトンを追ってダンジョンまで来られているそうです。聖女様に黒いスケルトンが人を殺してるって、報告します)


 え、えげつなっ。女は何歳でもどこの世界でもえげつないわぁ。

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