黒猫の星

白雪ミクズ

第1話 夏

 __湖に浮いているような感覚がする。背中は冷たくて、でも太陽が照りつくように暑くて。ふわふわと浮いているような、そんな感覚。


 真夏の湖に、浮いているようだ…


 

「…あっ、駅…過ぎてる」


 一言そうポツリと零す。古びた列車の中、カーテンも閉めずにいたからか兎に角暑い。背中に冷感マットを敷いていたから、さっきみたいな感覚になったのだろうか。


「次はー、滝裡駅〜」


 随分と予定から狂ったその駅に、僕は降り立った。行くのは明日でいいかな、なんて楽観的に考えつつ大きなバックを引きずるようにして持つ。


 まるで絵本の中のような夏の景色に、少しずつ体が汗ばんでいって、その世界と体が溶け合って行くようだ。


 ガコン、自販機で水を買った。流石にこのまま熱中症になって倒れでもしたら恥ずかしいから。


 ひんやりとしたペットボトルを額に当てていると、すぐにペットボトルの結露した水が滴ってきた。


「…涼しい」


 キャップを開けて、一口、水を飲む。喉を伝って全身を冷やしていくのがわかる。心臓がやけに音を立てていた。


 また一歩を踏み出す。どこに向かうのかもわからない、ただ知らない土地を歩く。ワクワクと不安が、たまらなく気持ちいい。


「にゃ…」


 足元で、小さく声がした。ん?猫?足元を見れば、真っ黒な猫がいた。とても小さくて、握り潰してしまえそうなほど。…もちろんそんなことはしないのだけれど。


 猫が寄ってくるなんて、あまりないことだよなーと思いつつ、猫にモテる方法を考え出すのは良くないのかもしれない。


「喉乾いてるのかな?ちょっと待ってて」


 大きなカバンを漁る。いいものは入っていただろうか。…紙コップ…人間用だけど、飲めるだけマシなはず、と自分に言い聞かせて猫に水の入った紙コップを差し出した。


 ぺろ、と小さな舌が水に触れる。暫く飲み続け、飲み終わったらこちらを向いてきた。そんなに見ても、君が喜びそうなものなんて持ってないって。


 でも、生粋の猫好きにこれは…ふと、空を見上げる。いつの間にか赤く染まった空の向こうに、太陽が沈んでいくのが見える。


 きっと明日は晴れだ。夕焼けってなんだか寂しくなるんだ。一日の終わりのような、明日への希望を示してくれるような。


 そんな不思議な気分になってしまうから。


「じゃ、このまま野宿するわけにはいかないし。泊めてくれるところ探そうか」


 本当はその辺で眠ってやろうか、と思っていたのだけど。地面の傍にたんぽぽが咲いている道を、また歩き出した。

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