【五】


 妖精界ネバーランドを壊滅寸前まで追い込んだ、毒蛇の王ヒュドラ。

 討伐を勇者たちに要請した、妖精王オベロンの報酬は『魔王城の門を開ける方法』だった。

 引き出された情報は、古代魔法【ネビュラ】クラスの呪文を叩きつければ、魔王城は強固な門を開く――。


「妖精のゆりかごって知ってるぅ。私たちは、オベロンに借りがあるし。王様も私たちを持て余すと思うの。だから、大丈夫だと思うのよ」


 ルカの提案はこうだった。

 妖精界で人間が暮らす方法がある。

 それは、妖精界の眠りの塔にある【妖精のゆりかご】にて、眠りにつくことだ。

 しかも、ただの眠りではない。

 食べること、排泄すること、寝ることなど必要最低限の記憶が残るまで、記憶が忘却され続け、次に目覚めるときは子供の姿になっている。

 分かりやすく言うと、人間界で起こったすべてを忘れて生まれ変わるのだ。

 

 妖精界に人間のことわりを持ち込ませないために。


「だけど、私は~、エルフの血を引いているから、みんなと一緒に眠ることが出来ないの。だけど、起きたみんなとまた一緒に遊ぶことが出来るわ。妖精界は良い場所よ。年中春のようにあったくて~、ご飯も果物が多いけど、おいしいし~。海がキラキラしてて泳ぐととてもたのしいし。妖精たちって、好奇心が旺盛だから、人間界からよく本とかを盗んでくるのよ。中には、滅多に手に入らない古代の魔導書があるから飽きも来ないわよ~」


 まるで観光案内のように説明するルカに、病んで淀んだ空気が徐々に明るいものに変わっていく。

 なぜ、そんなに詳しいのかと疑問に持つことのないまま、勇者たちは謁見を簡単に済ませたあと、妖精界に旅たつことを決定した。



 数か月後。


「――以上です。勇者が女神に聖剣を返すところを見届け、身柄は妖精界に拘束されました。【ゆりかごの刑】にて彼らは国の脅威になることなく、私の研究レポートは今後、我が王国の発展に役立つことでしょう」


 玉座の間にて、国王にこれまでのことを報告するルカは、白衣を羽織り、銀縁の眼鏡をかけていた。

 表情は理知的で固く、勇者と行動を共にしていた時の明るく奔放な遊び人の面影はない。


「大儀であった、賢者カウンセラールカよ。そなたに、のぞむ報酬を与えよう」


 感謝を述べる国王は、勇者と初めて会った場面を思い出し、背筋が凍った感覚を思い出す。

 少年の瞳の奥に蠢く、病的で偏執的な黒い炎。国王として、多くの人々と接してきた経験が、この少年の危険性を訴えていた。

 下手をすれば国の脅威になりえる可能性。

 だが、勇者を殺すことは本能がストップをかけた。国王たちは選別した、勇者を監視し、かつ国が求める方向へ導くことが出来る人物を。

 勇者の最初の仲間となったルカは、長旅に慣れていない勇者に同行する形で自然とパーティーメンバーに納まった。


「して、ルカよ。賢者としてのそなたの見解を聞きたい」

「そうですね。勇者も仲間たちもなかなかの個性派ぞろいですが、私が診断を下したらたちまち病名がつくでしょう。もう、大変でしたよ。彼らに合わせて行動することも、パーティーが空中分解しないように気を配るのも、ヨシュアの時はさすがの私も堪えましたねぇ。あぁ、魔王はじつは、エレイン教の法王の隠し子でしたよ。詳しいことはレポートにまとめましたので、目を通してくださるとうれしいですね」


 語るルカは己の中に芽生えた感情を持て余す。

 国王の予感は的中し、最悪の結末を回避するため、勇者一行は刑に処された。

 彼らが最後まで、【ゆりかごの刑】の存在を知らずに眠りについたのは幸いだろうか。

 政治犯に適用される、忘却による存在の処刑。

 彼らは生まれ変わっても、一生、妖精界ネバーランドに幽閉される。


 そして、表舞台から姿を消した英雄たちの存在は、これから政治的思惑の元に様々な形にゆがめられていくのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る