【四】

 もうすべては終わったこと。

 ヨシュア仲間を殺し、やっと討ち取ることが出来た魔王はじつに呆気なく、その首を差し出した。

 赤い満月が輝く、不気味な夜だった。


「この満月は私の役目がおわったことを意味します。世界が望む一定数の魔物と魔族の数がそろい、たったいま、世界のどこかで誰かが死んだことでときが満ちました。さぁ、勇者よその聖剣で私を討ち取り、すべてを終わらせなさい」


 魔王城の大きな窓から差し込む赤い光の中で、交差する敗北勝利


 魔王は噛んで含むように、勇者たちに真実を告げる。ヨシュアと同じ安らぎに満ちた顔で、晴れ晴れとした笑顔で。

 逆に勇者たちの顔は苦悩と怒りで凶暴に歪み、どちらが悪人なのか判別がつかない。

 いや、はじめから善も悪もなかった。ただ、そういう、世界だった。

 魔王を中心に伝播する視覚化された伝染病。

 女神から人類に示された生き残る手段が、勇者に手渡された聖剣のみ。

 無抵抗な殉教者魔王に突き立てられる、予定調和勇者たちの牙。


 聖剣が魔王の首を切断した瞬間。

 ユリウスの中で。

 大切な。

 何かが。

 音を。

 立てて。

 こ。

 わ。

 れ。

 た。

 き。

 が。

 し。

 た。

 。


……。



「思ったより、酷い世界になっちゃったわよねぇ。これじゃあ、どっちが魔族なのか分からないわ」


 困ったように笑うルカの緑瞳は笑っていない。

 魔王を打ち倒した時、世界は一変した。

 魔王が死んだことで、糸が切れたように次々と魔物と魔族たちが死んで逝ったからだ。

 世界にあふれた死体の山。世界を維持するために斬り捨てられた――余剰の命。

 生き残った人々は勝利の喝采をあげた。

 喜びに打ち震え、涙を流し、歓喜し。

 踏み外し。


 わざわざ死体を街の広場に集めて、凄惨で残忍な仕打ちを行った。


 殴る。蹴る。バラす。犯す。

 今までの鬱憤を晴らすように、血に飢えた獣のごとくふるまう人々に勇者たちは絶望した。

 特に、魔族となった人間は深く世界を愛し、絶望した人間のなれの果てだ。死んでからも、ムチ打たれ辱めを受けるその姿は見るに堪えないもの。


「いやああああ」


 普通の少女に戻ったレアは悲鳴をあげた。

 アルマは怒りで顔を紅潮させて、マタイはこぶしをわななかせ、エベルは魔法を狂乱する人々に向けようとした。

 ユリウスは自分たちの手でヨシュアを殺さなかった「もしも」を想像し、広場で人々に弄ばれるヨシュアの姿を幻視して、その場で吐いた。

 

 自分たちのしたことは、正しかったのか。

 もう、それすら分からない。わかりたくもない。

 ただわかることは、明日の謁見で、国の方針で自分たちのこれからがすべて決まってしまうこと。

 未来が閉ざされることだった。

 あぁ、しかし。

 仲間の命を奪ったのに、未来を望むことすらおこがましい。

 自分たちの意義を見失い、人々の感謝と賛美に吐き気を催し、そして自分たちの背負った罪の重さに懊悩おうのうしている。

 その十字架を永遠に背負いたい感情と、解放されたい感情の板挟みの中で、ただ一人、遊び人のルカは意味ありげに自分たちに視線を向けた。


「ねぇ。相談なんだけど、記憶を消してやり直すことにしない?」

「えっ」


 それは、あまりにも魅力的な提案だった。

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