【三】
絶望に打ち震える声にこたえて、現れたのは神ではなく魔王。
魔王は深い慈愛の笑みを浮かべてヨシュアに言う。
「顔をあげなさい。貴方の苦悩を私が背負いましょう」
その優しい声に、勇者たちは瞠目した。特に、魔王が原因で父親を失った勇者は、すべてを赦すような柔らかな声音に激怒する。
「騙されるなっ。魔王が言っていることはまやかしだ!」
聖堂に響き渡る、ユリウスの悲痛な叫びは、これから起こることを知っているようだった。
「あぁ、君はあの時の……、そうですか、勇者になったのですか。ごめんなさい、貴方のお父さんを救うことができなくて」
「救うってなんだよっ! 魔族にすることのなにが救いだってんだ! 親父は俺の目の前で首を掻っ切ったっ! 俺のたった一人の家族は、人間の尊厳を守ったんだ」
「尊厳ですか……。ですが、それが深い絶望となって、私を呼んだのです。貴方はお父さんの絶望を知っていましたか?」
「話を逸らすなっ! ヨシュア、聞こえるか? 絶望に負けるなっ! 魔王の言う救済なんて、なんの解決にもなっていない。ただのまやかしなんだっ!!!」
明かされた勇者と魔王の因縁。
魔王はユリウスを一瞥し、覚悟を決めた凛とした表情で勇者たちに対峙する。
「まやかしではありません。私は人間を魔族にすることで、人間を救済しているのです。動物も植物もです。世界は有限です、増えすぎればいずれ容量を超えて世界は崩壊します。魔王は崩壊する世界の為に、救済の手を差し伸べて罪を背負うものなのです」
「救済……」
血涙で汚れた顔をあげて、ヨシュアは魔王を見た。
長い灰色の髪に、髪と同色の灰色のローブは魔王のイメージとは程遠い粗末なもの。
貴族的な顔立ちには犯し難い品があり、人柄をうかがわせる柔和な表情には、澄んだ空気が漂っている。
背中に魔王の証である3対の黒翼と、禍々しい紫の瞳がなければ、見るものは彼を敬虔な殉教者と見ただろう。
「えぇ、ですから。貴方の絶望を世界に示しなさい。貴方は無垢な存在となるのだから」
それは、とても甘い声だった。聞いているだけで、脳みそに直接酒を注いだような、絶対的な恍惚と酩酊感が全神経を支配した。
直に話しかけられたヨシュアはたまったものではない。
「あ、あぁ……。魔王様、どうか、どうか私を助けてください」
感極まったヨシュアは魔王に縋りついた。
魔王はヨシュアを拒まない、無限の慈愛を示すような抱擁を返して優しく頷く。
「ヨシュア、そんなっ!」
アルマが声をあげた。自分と同じ理想を追求した同志が、目の前で魔王に下ったのだ。大きな瞳を見開いた表情には、まだ現実に追いついていない呆けたものがあった。
「馬鹿野郎おおおぉっ!」
ユリウスは吠える。己が現実に負けたことを知って、そして自分たちがやらなければならないことを悟って。
「さあ、生まれ変わるのですっ!」
魔王の声に応じて、ヨシュアを守るように紫の靄が包み込む。
白銀の鎧が禍々しい漆黒の鎧へと変貌し、苦悩から解放された表情は、溌溂とした輝きを放った。
魔王の眷属である魔族の証――額に描かれる五芒星に魔王と同じ紫の瞳。
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