第26話 愛してるから

 翌朝、優海から連絡が入っていることに気がつき、読んでみると、朝のリハビリには一緒にいけないという内容だった。


 何かあったのかな、くらいに思い、巡は徒歩で登校した。


 もうかなり歩けるようになっている。歩きではPTSD様の症状が出ないので、少しでも自転車に乗っていると想像して交差点に入るが、何かの足しになっているようには思われなかった。


 放課後は時間があったから、帰りに事故現場にも寄ってみた。しかし何も変化は起きなかった。頭の中で事故を思い出しつつ、出てきた車を回避した上で、優海のフィアット500ともからまなかったIfを想像し、トラウマを解消しようと試みる。それは一度やってみただけで、巡は少し楽になった気がした。


 それから帰宅して、夕方には顔を出してくれるだろうかと思ったが、優海からの連絡はなかった。ほぼ毎日会っているが、会わない日がないわけではない。寂しいが、翌朝会えるのを巡は待った。


 そして翌朝は、普通にフィアット500が上泉家の前に停まった。しかし巡はすぐにフィアット500の後部座席が倒されていることに気づき、中に折りたたみ自転車が収納されているのを発見した。降りてきた優海は満面の笑顔だった。


「気がつきましたか」


「気がつきました」


 ハッチバックを開けて、折りたたみ自転車を確認する。


「小径車の2人乗りタンデムだ。すごく珍しいですよね。これ、どうしたんですかか?」


「大阪の自転車屋さんに在庫があるのをネットで発見して、通販できない商品だったから、昨日1日かけて買ってきたの」


「大阪まで!? それにこれ、何十万円もするよね」


「祖母の教えがね、『お金は大切だから、きちんと考えて、理由があるときにだけ使うこと』なので、きちんと考えて、理由があったので買いました。これなら自転車に乗りながら、巡くんが固まっても私がペダルを漕げば、前に進むでしょう? 安全だってことを身体に覚え込ませることができるし、何より私が一緒なんだから、安心して自転車に乗れると考えたの。間違っているかな」


 巡は首を横に振った。


「でも、大阪ですよ! ここから何百キロもある」


「長距離ドライブ、初敢行いたしました」


「どうしてそんな危ないことをするんですか!」


 優海は一度、唇を真一文字にしてから、小さく唇を開けた。


「私は、巡くんを愛しているから」


 そして優海は目を閉じた。もう彼女は『姉』モードではなくなっていた。


 巡は声を失った。なんて言えばいいのか、優海の突然の愛の告白に、激しく動揺した。


 優海は続けた。


「巡くんはインターハイに優勝して、上泉さんに喜んでもらえて、本当に良かったって涙していたね。だから、自転車が巡くんの人生の一部で、切っても切り離せないものだって、私にもわかる。それなら1分1秒でも早く、巡くんにまた自転車に乗ってもらえるようになって貰いたい。そして私はその力になりたい。そんな強い気持ちが生まれた。それはやっぱり愛だと思った。どこまでいっても巡くんは事故の被害者で、私は加害者だけど、それでも私は巡くんが好き。愛してる」


 優海はまぶたを開け、巡を見つめた。


「優海さん……」


「恋じゃない。愛なの。姉としての愛かもしれないし、佐野倉優海としての愛かもしれない。それはわからない。だから巡くんは今まで通りに接してくれる?」


 巡は大きく深呼吸したあと、答えた。


「俺は、優海姉さんが『姉』を演じるのを止めるまで、待とうと思っていました。いつかきっと、それこそS級になるまででも、男として見てもらえるまで待とうと思っていました。でも俺は、やっぱり優海さんが好きです。恋とか愛とかわからないけど、1人の男として、好きです」


 優海は巡の唇を人差し指で塞いだ。


「これ以上はもういいよね。だって、玲花ちゃんと玲那ちゃんが起きてきて、聞かれたら大変でしょう?」


 巡は頷いた。また『姉』に戻った優海に、これ以上、彼が何かを言う必要はなかった。

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