第24話 優海、旧友と家呑みをする

 優海は家に着くと、2人にバスタオルを渡し、自分もお風呂セットを持って再びフィアット500に乗り込んだ。今ならまだ空いているから、と優海は日帰り入浴ができる海辺のホテルに急ぐ。2人もお泊まりセットを持ってきており、鏡ヶ浦を眺められる露天風呂で開放感を味わい、しっかりとくつろぎ、さっぱりした。


 そのあとはお買い物だ。魚屋で刺身のお作りと干物を、酒屋で地ビールと地酒を買う。お野菜と館山ハムは買い置きがあった。


 家に戻ると酒類を冷蔵庫に入れて冷やし、手早くサラダを作り、刺身のお作りとボイルしたソーセージをテーブルの上に置き、買い置きの冷えた地ビールを2人に振る舞う。その頃にはもう外は真っ暗になっていた。 


「くっ。悔しいが手際がいい」


 悔しがる結香を横目に、夏帆は地ビールの栓を開ける。


「乾杯しよー」


 3つのグラスに琥珀色の液体が注がれ、白い泡が満ちる。


「かんぱーい」


「乾杯」


「かんぱい」


 3人はグラスを合わせ、飲み干す。結香が驚く。


「うわ、独特だね。クラフトビールの醍醐味だ」


「地ビールだから個性がないとね」


「好みはあると思うけど、私は好きだな」夏帆が最初にお作りに箸をつける。「うま!」


「そう。おいしいのよ。今日はお魚屋さんで買ったけどスーパーの刺身で十分おいしい」


「サラダもいける。ハムおいしいね」


 結香が取り分けたあと、サラダに舌鼓を打つ。夏帆が満足げに言う。


「高速バスで東京からたった2時間なのに、海が見える温泉といい、お刺身といい、すっかり観光気分だよ」


「惜しいよね。もっと知られればいいと思うんだけど」


 優海は館山を褒められて嬉しい。ラジオで音楽を流し、ゆっくりした時間が流れる。


「ところでさ、巡くん、どうなのよ」


 結香が片方の眉を上げて聞いてくる。


「どうって?」


「まさか本当に『弟』で終わるわけじゃないでしょう?」


 夏帆がビールを空け、日本酒に手を出す。夏帆は飲める口だ。優海は少し間を開けてから答える。


「まだ、わからない」


「あいつのときも同じこと言ってたよね」


 結香の言葉を、優海は訂正する。


「あのときは『わからない』だった。そしてわからないままだった。今回は『まだ、わからない』だよ」


「相変わらず難しいことを言うね。しかし現彼女の私としては、優海がわからないままで良かったかなと思う。絶対にあいつ、本命は優海だったよ」


「「それはない」」


 夏帆の言葉を優海と結香の2人が同時に否定する。結香が言う。


「まー 3人とも手玉に取られたからね。今となってはいい経験ですわ」


「あいつ、手玉にとった気はサラサラないよ。天然だから」


 夏帆は少し酔いが回ってきたようだ。


「でも、今回は全く違うことがあった」


 そして優海は事故の原因になった一目惚れ現象を2人に説明した。


「うわ。なんて言えばいいのかわからない。巡くんは交通遺児なのに自分が交通事故で、とか、シリアスすぎる。あたしゃ登場する話を間違えてないかね」


 結香が夏帆に同意を求める。


「でも、もう答えが出ているじゃない? 恋にならなかったあいつのときとは訳が違う。ああ、だから『まだ』なのか」


 優海は頷く。


「一目惚れは、自分にふさわしい生殖相手を見つける本能が引き起こす現象なんだと思う。だから運命とは違うと思う。でも私は、それが本当は運命なのか、恋なのかを確かめたい。我ながら非科学的だと思わないでもないけど、正直な気持ち」


 結香は満足げな笑顔で地ビールをまた1本空け、直接瓶から飲む。


「少年が手玉にとられたとか思わないといいね」


「私、正直に彼に伝えているから」


 優海は真顔で、グラスのビールを飲み干す。


「愛だね」夏帆がぐい飲みを空ける。「優海はさ、相手のことを本当に思っているからきちんと伝えているんだね。それは立派に『愛』だよ」


「『愛』か――うん。夏帆が言うとおりこれは『愛』だ」


「恋すっとばして『愛』かあ。優海らしいや」


 結香がまたビール瓶に口をつけ、刺身を食べる。


「『愛』は家族の、姉の愛もあるからね。わかった。今の着地点。2人とも来てくれてありがとう。1つ、自分のことがわかったよ」


 優海は微笑み、親友2人を見る。結香が言う。


「強行スケジュールで来た甲斐があったよ」


「お酒も食べ物もおいしいしね」


 夏帆は4合瓶をふらふらと振り、優海が悲鳴を上げる。


「えー! もう4合あけちゃったの?」


「飲み過ぎ」


「いいじゃーん。もう今日は寝るだけなんだからさ」


 夏帆は優海から新しい4合瓶を受け取り、またおちょこに注ぐ。


「仕方ないわねー」


 優海は席を外して空いている1室に2人の布団を敷く。こうなったらいつ夏帆が倒れるかもわからないから用心だ。キッチンに戻ってくるとソーセージの皿は空になり、刺身もほとんど食べ尽くされていた。仕方なく、優海はコンベクションオーブンで冷凍ピザを焼く。炭水化物も補給だ。


「楽しいねえ」


 酔っ払った結香が優海に声を掛ける。夏帆は目がとろーんとしている。


「巡くんに、おっぱい触らせてあげなよ」


「完全に酔っ払っているね」


「そんな立派なもの、使わない手はないからね~ 巡くん、いい子じゃーん」


「いい子よ。まあ、そのうちに」


 優海はピザ皿を手にテーブルにサーブする。夏帆はピザに手をつけ、もぐもぐする。


「うまい」


「それはよかった」


 そして夏帆は寝落ちした。結香が心配そうに見つめる。


「やれやれ。夏帆は相当ストレスためているみたいだね」


「彼と上手くいっていないのかな」


「そこはどうだろう。上手くいっているのかいないのかは結局主観じゃない? 当人たちが上手くいっていないと思っていても、端から見たらそうでないこともある」


「結香の言う通りだ」


 それは自分と巡の関係にも言えることだろう。外から見たら不思議な関係だが、少なくとも自分は今の関係に満足している。


「さて、ゆっくり飲みましょうか。お酒も時間もまだあるし」


「そうだね。結香の恋の話も聞きたいからね」


「え、そんなんないよ」


「私にこれだけ話させておいて何もないなんて、許さない」


「君と巡くんより歳が離れているからなあ」


「おねショタ! 生徒相手だ? 業が深いぞ」


「はは、向こうはどう思っているのかね」結香は苦笑する。「自分も、正直この分野なら飛び抜けているつもりだったんだけど、本当の天才を目の前にすると躊躇するよね」


「ああ……」結香の恋には年齢差と才能という2重の壁があるらしい。「聞くよ」


「話すよ。でも、その前に一献」


 夏帆が残した2本目の4合瓶から結香は日本酒を注ぐ。


「頂戴します」


 寝落ちした夏帆を含め3人の旧友の夜は静かに更けていった。




「頭痛~い」


 翌朝早く、館山駅前で高速バスを待ちながら、夏帆は呻いていた。


「飲み過ぎなんだよ」


 結香に呆れられつつ、夏帆はミネラルウォーターを受け取る。


「今日、アルバイトなんでしょ? 大丈夫?」


「がんばる……」


 夏帆は半分死んでいた。


「だいたい吐いちゃったから、車内では大丈夫とは思う」


「渡したエチケット袋すぐ出せるところにあるよね」


 優海は夏帆に渡した紙袋を確認する。夏帆はうんうんと頷く。


 高速バスがやってきて2人はバスの乗車ドアが開くのを待つ。結香が別れ際に言う。


「また来るから」


「待ってる」


「……今度はお酒控える、少しだけど」


 ふらふらしながら夏帆はバスのステップを上った。優海は高速バスが発車するまで待ち、バスの姿が視界から消えてからフィアット500に戻る。今日も巡の通学をサポートしなければならない。


「『愛』か」


 感情に名前をつけると、優海は不思議に安心できた。


「持つべきものは気の置けない友人、だな」


 そして優海は始動キーを捻り、巡を迎えにフィアット500を走らせたのだった。

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