第23話 美女に囲まれお茶をする


 城山公園の駐車場にフィアット500を停め、巡と優海は登り坂をいく。山頂まで行く途中に児童遊具があり、遊具を上って軽く筋肉を使う。とにかくどんな運動でもいい。全身を使い、巡の記憶にある身体の動かし方と事故後の衰えた身体での動かし方のずれを解消するのが目的だ。


 ゆっくり上りながら、顔なじみになった犬の散歩の人などに挨拶しながら、山頂広場に至る。山頂広場は広く平地が広がっていて、天守閣風の建物もここにあり、多くの桜の木々が植えられている。今は葉が生い茂っているが、少し前は満開の桜で多くの人で賑わっていた。


 海側を見ると、館山市街地が望め、鏡ヶ浦が広がり、その向こうに富士山が見える。天気がいいから、すっきりした輪郭の富士山は雄々しかった。


「今日もきれいだ」


「そんなストレートに言われるとお姉さん困っちゃうな」


「やっぱりそんな風にからかわれるといつもの感じがします」


 そして2人して、笑い合う。


「おー『恋人たちの聖地』だってさーこっち」


 遠くから声がして優海の表情が凍り付いた。


「いやーいい眺めだね。おお、あそこに見えるは――」


「さすが、『恋人たちの聖地』の前で発見するなんて出来すぎですわ!」


『恋人たちの聖地』とは地域活性化のために選定されたロマンチックなシチュエーションになりそうな場所のことである。なお、選定されたことを示す碑が立っている。


 巡が優海の視線の先を見ると、優海と同じ年頃のお姉さん2人が並んで歩いてきていた。


 1人は髪を白く染め、派手な格好をした白ギャル風で、高いヒールを履いていた。よくここまで歩いてこられたなと巡は思う。


 もう1人は山ガール風のアクティブなスタイルのショートカット眼鏡のお姉さんだ。ワークマン女子かと思うくらいシンプルさで、彼女は優海には負けるものの、相当スタイルがいい。


 そして2人とも美人だ。


「優海~来たぞ~!」


 ショートカットのお姉さんが手をぶんぶん振って歩み寄ってきた。白ギャルの方は小さく手を振っている。


「ごめんねー『恋人たちの聖地』で語らっているなんて思いもしなかったんだ」


「夏帆、結香! どうしてここに。今日、平日だよ!」


 ショートカット眼鏡お姉さんが答える。


「いや、この前、ここの画像を貰っただろ? 時間帯が太陽の位置から推測できて、高校のジャージから学校を特定して時間割も確かめて、あとは東京から高速バスで2時間だ。見つけるのは簡単だよ。いなかったら連絡すりゃいいんだし」


「ほら、2人の予定、珍しく合ったからさ、来ないわけにいかないかなと」白ギャルのお姉さんが頬を掻く。「いや、悪いね、まさかこんなタイミングになるとは」


「ううん。ルーティンだから」


「彼氏持ちの余裕ですよ! ルーティンで恋人たちの聖地で語らい合うなんて!」


 ショートカット眼鏡お姉さんが感嘆し、白ギャルのお姉さんが応える。


「あの優海が彼氏作って青春を満喫しているんだから、親友の我々が邪魔しないわけにはいかないよ。ほらほら、紹介してよ、年下のか・れ・し・を」


「優海姉さん、俺のこと、彼氏って説明していたんですか!」


 優海は首を大きく横に振るが、数秒後、申し訳なさそうに巡を見る。


「そういえば否定はしていなかった」


「『姉さん』?」


 ショートカット眼鏡お姉さんが首を傾げ、白ギャルのお姉さんが続ける。


「姉弟設定とは! 性癖が出るね!」


「私の生き別れの弟、巡くんです」


「弟です」


 巡は2人に頭を下げる。


「嘘つけ~! そんな話、聞いたことないわ!」ショートカット眼鏡お姉さんが巡を見上げ、じろじろと観察する。「いい男じゃん」


「優海がそんな冗談を言えるようになるなんて感慨深いわ」


 白ギャルのお姉さんは案外冷静である。


「巡くん、紹介するね。白い方が清水夏帆しみず かほ。茶色い方が岡野結香おかの ゆいか。小中高と女子校を共にすごした親友」


「白い方なんて紹介が雑だ」


「あたしなんざ茶色い方だぞ。確かに格好は茶色いが」


「改めまして、桜井巡です。優海さんには訳あって『お姉さん』してもらっています」


 巡は2人に頭を下げる。友達がいなさそうな優海にこんな愉快な、親友とまでいえる友達が2人もいることを巡は嬉しく思う。 


「あたしゃここを上るだけでも疲れたよ。お茶しよう、お茶」


 結香が売店を指さしたが、優海が代案を出す。


「いや、一旦ここから降りて、麓でお団子食べようか」


「さすが地元。よく知っている」


「まだ3ヶ月だけどね」


 夏帆と優海のやりとりはいかにも気心知れた相手という様子だ。


「巡くんはリハビリ中で歩くのゆっくりだから、気を遣ってあげてね」


「リハビリとな?」


 疑問符を思いっきりつける結香。夏帆もいぶかしげだ。優海は山を下る最中、簡単にかいつまんで、2人の関係を包み隠さず話した。2人は驚きつつも、素直に話を聞き続けた。話し終わる頃には麓に着き、茶屋で『房州里見だんご八種と美味しいお茶セット』2人前を2つ注文し、外のテラス席で爽やかな風を受けつつ、緑の芝生が広がる広場を見ながら、お茶の時間が始まる。だんごのセットは8種類の餡がかけられたお箸で食べるという珍しいスタイルでいただくものだ。


「久しぶりだなー」


 巡は優海とシェアする。


「おいしかったものね。もうちょっと頻繁にきてもいいかも」


「く、独り身にはつらいぜ。で、巡くんとやら、弟設定はともかくとして、優海のことは正直どうなん?」


 結香が箸を手に、興味心を包み隠さず聞いてくる。


「そうですね。『姉』を優海さんが演じたいだけ演じていて欲しいって言った手前、飽きるまでは『弟』ですよね」


「飽きる、なんて言ってない。『姉でいたくなくなるときが来るかもしれない』って言ったのよ」


 優海は拗ねたような表情で団子を摘み、一口で食べてしまう。


「優海、表情が柔らかくなった」


 夏帆がお団子を食べず、嬉しそうに優海を見つめる。


「自分じゃ、わかんないよ」


「ホント、そう思うよ。お姉さんキャラ、意外とあってるんじゃない?」


 結香がもぐもぐしながら言う。そうかな、と優海は照れて俯く。


「改めて、雑な紹介だったから自己紹介。私、清水夏帆ね。優海と結香とは大の親友。国際協力学を専攻してます。将来の夢は、国際協力機構JICA・ジャイカの職員。彼氏います」


「最後の情報、余計。私は岡野結香。電子工学専攻。将来の夢は――現在進行中かな」


「結香はもう起業して、一応、社長さんなの。Raspberry Piラズベリーパイって知ってる?」


 優海が情報を補足する。


「名前だけ。確か電子工作用のマイクロチップですよね」


「大体あってる」結香が続ける。「小中学生対象にラズパイ使った電子工作の塾をやってるんだ。日本はこの分野、メチャクチャ遅れているからね。電子少年少女を量産して、世界標準にするのがあたしの夢さ」


 そして結香はニッと笑った。巡が応じる。


「俺の競輪選手になる夢も、お2人に負けてませんよ」


「彼がお世話になっている上泉さんなんて、賞金が億超えているからね」


 優海が生あたたかい目で巡を見る。


「がんばります」


「いいよね。2人でがんばれるってのは。わたしの方はちょっと倦怠期かな」


 夏帆がため息をつく。優海が呆れる。


「あれだけ引っかき回しておいて……」


「いい迷惑だったよなー」


「その節はたいへんご迷惑をおかけしまして」


 3人はいい友人関係なんだな、と巡はほんわかする。


「しかしお二方とも、本当にお綺麗ですよね。優海姉さんと3人でいたときはさぞかし目立ったんだろうなあ」


「いいの? 彼女の前で他の女の人に『綺麗』なんて言って。嬉しいけど」


 夏帆がイタズラっぽく笑う。結香はストレートに感情を表現し、笑顔になる。


「いやあ、正直な少年はいいね!」


「別に、それで巡くんが何か変わる訳じゃないから」


 巡は優海の余裕の表情に、安堵する。夏帆は遠い目をする。


「確かに目立っていたかも。でも女子校だったからなあ」


「楽しかったね」


 優海の言葉に2人は頷いた。 

 お茶とお団子をおいしくいただき、皿と湯飲みが空になると優海が2人に聞いた。


「これからどうするの? 高速バスで帰るなら駅まで車で送るよ」


「え、優海の運転で? 巡くん、怖くない? はねられた本人に聞くのもどうかと思うけどさ」


 結香が怪訝そうな顔で巡を見る。


「大丈夫ですよ。たまにヒヤヒヤしますが」


「それよりは優海の家に泊まりたいかな。朝一番の高速バスならバイトに間に合うから」


 夏帆は、どう? という顔で優海を見る。


「お客様用のお布団、干してないからきっとかび臭いよ」


「それくらいは押しかけた身として我慢します」


 夏帆の答えに、結香も頷いた。


 そんな訳で巡は上泉家まで送り届けられ、美女2人はフィアット500で優海の住む古民家に向かった。

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