第19話 東京 2


 優海は根津の家を出てJRに乗って大学に向かう。都内は電車の方が格段に便利だが、平日の昼間なのに優海は電車の車内の人混みにすら酔う。


 スマホの画面を確認すると友人2人から優海が上京する旨、連絡したあとの返事が来ていた。2人ともやはり都合がつかなかったが、同じような返事があった。


〔館山には近々行くから!〕


〔絶対行くから!〕


 優海は微笑む。おそらく自分は巡に向けるときと同じ微笑みを浮かべているに違いないと思う。優海は返事をする。


〔おいしいもの作って待っているから〕


 すぐ2人から返事があった。


〔え、優海が料理とな??〕


〔胃薬持ってかないとダメかな〕


〔失礼な! ちゃんとおいしく食べてもらえたんだから〕


 優海は2人に春野菜のパスタの画像を送る。


〔え、誰に、誰々?〕


〔男だよ、男!〕


 交通事故のことはもちろん、巡のこともまだ2人には話していない。しかし館山に来てくれたのなら、絶対に紹介したいと思う。優海の人生でたった2人の友人――いや、親友だから。


〔そうだね。館山に来てくれたら紹介するよ〕


〔なに~!?〕


〔マジか~!!〕


 驚きのスタンプの嵐が始まり、音声付きやアニメ付きもあって本気でウザかった。


〔これは本気で行かねばならん。夏帆かほはいつ行けそう? 週末は?〕


〔ずっとバイト入れてるよ。GWの予定を館山行きに変更するか!〕


〔絶対的に価値あるよ、これは〕


結香ゆいかはいつでもいいん?〕


〔全部の予定を空けてでも行くね!〕


〔唐変木、鉄仮面、冷血、男嫌いの優海が、男か!!!〕


〔あたしら同性愛者疑われたもんね……〕 


 親友2人だけで盛り上がっている。こんな感じは高校以来な気がして、懐かしくも嬉しく優海は思う。


〔そうだ、画像よこせ、画像!〕


〔出し惜しみすんなよ!〕


〔惜しみません〕


 そして高校の桜の木の下での2ショットを送る。8回も撮り直した自信の1枚だ。


〔ぐはー! この子、学校ジャージだ。高校生だよ、これ!〕


〔年下趣味だったとは。かわいいね~〕


〔かわいいでしょう。でもね、凜々しいところもあるんだ〕


〔デレてる、優海がデレてますよ結香さん〕


〔そりゃー仕方ない。画像を躊躇せずに送ってくるんだ。自信あるよな〕


〔乗り換えだから、また今度〕


〔うわ、逃げやがった!〕


 優海は通知をオフにして、地下鉄を日比谷で電車を乗り換える。有楽町まで歩いて、あとはJRで品川へ。品川で下車してからキャンパスまではそう遠くない。キャンパスに入るとゼミの担当教授の研究室がある建物まではそう遠くない。ゼミに所属する学生とはオンラインでのやりとりは何度もあったが、直接会うのは初めてだ。気が重い。


 エレベーターを出て、研究室の扉を叩くともうあらかた学生が揃っていた。画面上では見慣れた面々だが、優海を見て、おお、と声を隠そうともしない男子も数多くいた。だから直接のやりとりはイヤなのだ。そしてこの密集した人の、なんとも言えないオーラの混じった感じが、優海の息を詰まらせた。


 この胸がなければ、この身体がこんなではなければ、周囲のセクシャルな言動で悩むことはなかったはずだ。自分が女子校育ちで免疫がないから、というだけでは収まらないものを常に感じている。館山を活動拠点に決めた理由の一つでもある。


「あれが噂の『氷のお姫様』か」


「すげー身体。噂では聞いてたけど、本当にグラビアアイドルみたいだな」


「男は誰とも口を聞かないんだって?」


「超~ぉ好み!」


 小さな声ではあるがあけすけな会話が優海の耳にも入る。こういうのは本人がいないところでしてほしいものだ。激しい怒りを奥に鎮めると、代わりに表情が凍る。『氷のお姫様』というあだ名は初めて聞いたが、言われても本望だと優海は思う。


 10分ほど待つと、教授の助手が現れた。その間、優海は誰とも会話をかわさなかった。助手は隣の会議室に移動するよう学生に言い、皆、ぞろぞろと動きだした。


 これから1時間以上、好奇な目で見られるのだから、優海はひたすら気が重い。


 どうか早く終わってくれないか――優海は席に着くと、そればかりを考え続けた。

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