第17話 プールの帰り道
温水プール施設を出たのは12時を回っていたため、どこかで食べていこうかという話になった。少し離れたところにハンバーグのファミレスチェーンがあり、そこに決めた。南房総には1件もないファミレスだったので、双子は大喜びだった。
木の皿にのったディッシュセットを頼み、巡は300グラム、優海は150グラムのレギュラー、双子はキッズセットを頼んだ。南からお金を貰っていたので、双子も遠慮なく食べられる。双子はドリンクにいちごミルクにキウイジュースも頼んだ。身体をいっぱい動かしたあとだから、カロリー的にもどんどん食べても大丈夫だと思えた。
復路の高速道路では双子はものの10分も保たずに寝た。玲那はよだれを流しながら寝ていても、巡の腕を放さなかった。玲花は玲花で寝言で巡の名を呼んでいた。
「いや、プール疲れるなあ。もう筋肉痛だ」
「疲れたのは同じだけど筋肉痛なんてまだ来てないよ。やっぱり若いね」
起きている巡と優海で会話が始まる。
「優海姉さんとは3つしか違わないでしょう?」
「20歳だからもうティーンではないのよ」
バックミラーの中の優海は眠そうだ。
「少し休みますか? 眠そうですよ」
「温かくて、お腹いっぱいで、疲れているから眠くて当たり前よね。でも大丈夫」優海は片手でタブレットを口の中に放り込み、飲み物で流し込む。「カフェイン剤は常備しているの。元気の前借り。お姉さんとしては無事に弟と妹を帰宅させる義務があるのです」
お姉さんモードで優海は上機嫌だ。
「美人がカフェイン剤を飲む図は絵にならないなあ」
「誰が残念美人ですか!?」
「誰もそんなこと言ってない!」
巡は苦笑せざるを得ず、優海は声を上げて笑った。
「ああ、楽しい」笑い終わったあと、優海は穏やかな声色で言った。「こんな時間がずっと続けばいいのに」
フィアット500はまた長距離トラックの後ろについて、ゆっくりクルージングモードだ。ラジオは午後のクラシックの時間でスピーカーからはモーツァルトが流れていた。
「続きませんね」巡は正直に言う。「いつだって、なんだって、突然、終わりは来ます」
「そうだね。君はそれをよくわかっているものね。そうじゃなくても玲花ちゃんと玲那ちゃんが大きくなって、部活だなんだって忙しくなったらこんなことに付き合ってくれないわよね」
「俺も競輪選手養成所に入れたら、1年間はスマホもなしですよ。姉さんと会うこともそうそうなくなります」
「でも、休みの日はあるんだよね」
「確か隔週で日曜日に」
「それなら、お姉さんが会いに行きますよ」
バックミラー越しなので巡からはよく表情がうかがえないが、真顔に見えた。
「お姉さんを演じることに飽きていなかったら?」
「言い直す。佐野倉優海が、桜井巡くんに、会いに行く。約束だから」
じーん、ときた。頭の芯から脊髄までしびれたような感覚に覆われた。
事故の直前に優海と目が合ったときめきを再び感じることができるなんて巡はこれっぽっちも思ってもいなかった。だから言葉を失った。
やっぱり運命だったんだ。追いかけて良かった。代償は大きかったが、それは必ず取り戻せるものだ。あのとき彼女を見失っていたら、決してこの時間は得られなかっただろう。だから、全力で走って良かったのだ。そう、巡は感じる。事故のあと、激しく後悔した。追うんじゃなかった、ずっとそう思っていた。でも、今なら自分の予感を信じて良かったと思える。
「でも、合格できるかどうかが全てだよね。巡くん、がんばってね」
優海は後部座席の巡の変化に気づかないだろう。彼女は運転で手一杯で後ろを振り返ることはできない。今の自分の顔を見られなくて良かった、と巡は思う。
「がんばります」
そうとしか答えることができなかったし、それが最適解だと思われた。
往路と同じくらいの経過時間で館山道を終点富浦ICから出て、フィアット500は下道を行く。館山市街まではもう少しだ。双子も目を覚まし、途中でドラッグストアに寄って、アイスとソフトドリンクで糖分補給をする。もう15時を回っていた。
上泉家に到着したのは15時半過ぎで、南が出迎えてくれた。
車の中の巡に、車の窓越しに外から双子が話しかける。
「巡~~ またなー」
「愛してるぞー」
「うわ、玲那、抜け駆けするな! わたしも大好きだから」
「大好きだから」
「「おっぱいお化けに押し負けるなよ!」」
最後は見事に2人同時に全く同じ台詞だった。
優海はにこやかに手を振ってフィアット500のアクセルを踏んだ。
病院食の夕食の配膳前に病院に到着し、優海は巡を病室まで送る。
4階まで上がるエレベーターの中、腕を組む優海は言った。
「疲れたから、ちょっとだけ、もたれるね」
そして優海は巡の腕に頭を押しつける。優海は巡の体重を支えるための腕の力は抜いていない。ただ、もたれかかるフリをして頭をつけているだけだ。
優海の体温と甘い匂いを感じながら、巡は、時が止まればいいのに、と思った。
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