第28話 揺れ対策しました

 翌朝、優海は対策を練って上泉家にやってきた。


「どう、揺れないでしょう?」


 スポーツウェア姿の優海は巡の目の前でジャンプしてみせる。かなりマシになっていた。


「無事、届いたんですね」


「わかってはいましたが、ありませんでした……今日はドラッグストアで買った腰用のサポーターを普通のブラの上から巻いています。そのうち、手に入れます」


 一般的に何サイズまでに手に入るのかは調べればわかる訳だが、それ以上ということになる。巡はサイズについては考えないことにした。煩悩を増大させるだけだ。


「それは大変申し訳ないです」


「巡くんが謝ることではないけど、最終的には夏帆の言うとおりにしてみようかなと」


「?」


「まだ内緒。あと自転車に名前をつけました。その名もT20号です」


「型式番号まんまじゃないですか」


「いろいろ考えたんだけど、変な愛称よりよっぽどいいかと思って」


「それはそうかもですが」


 2人はT20号に乗って、生活道路から幹線道路に出る。2回目だからだいぶスムーズに乗れている。曲がるときや停まるときは必ず前の人が後ろに声をかける。その時々に合った重心移動を心がけないと不都合だからだ。


 胸はだいぶ揺れなくなったが、お尻と生足の誘惑は依然として続いている。お陰で幹線道路と生活道路の交差点での恐怖はだいぶ和らいだ。まだ心の奥底には確実にあるが、少しこわばる程度で大丈夫だ。問題は後ろから追い越してくる自動車だ。早朝なのでそれほど台数がないが、自動車に追い抜かれる度に巡の身体はフリーズする。かろうじてペダルから足を離すのが精いっぱいだ。優海がクランクを回し続けているので、後ろのクランクも回る。そのクランクを足を広げて避けるのにまた神経を使う。優海が足を止め、巡はペダルに足を戻す。


「これは新たな事故の原因になりかねないな」


 優海はすぐ前にいるので、T20号に乗っていても巡の言葉を聞き取れる。


「深呼吸、リラックス、だよ」


「うん」


 巡は背後のエンジン音やモーター音に耳を澄ませる。近づいてくるのは音と気配でわかる。落ち着け、自分、と言い聞かせ続ける。少しだけ、楽になる。そのうち、車が背後にきたタイミングで優海がクランクを回さないようになって、巡も足を離さずに済むようになった。交通量が少なければそれも有効だろう。


「着いたよ。停まるからね」


 優海に声をかけられ、巡は目的地に到着したことに気がついた。先日も歩いて来たが、今度は自転車だ。車が出てきた生活道路がすぐ前に迫っていた。


 優海がペダルを踏む足を止め、車輪が空転し、慣性でT20号が進む。


 生活道路の奥に、黒い影が見える。幻覚だとわかる。実際には目に映っていないことは理性ではわかる。しかし黒い影としか表現できないものが、ある。


 巡は目を閉じてしまう。そして深呼吸して目を開ける。


 黒い影はなくなっていた。


 優海はブレーキレバーを引き、事故の原因になった生活道路の角を行きすぎたところでT20号を停め、巡を振り返った。


「どう?」


「五分五分だと思う」


「やった。五分勝算があったんだ」


「優海姉さん、前向き」


「2日目だということを考えると大勝利!」


 巡は自分の顔が緩むのがわかる。


「やっぱり優海さんのこと、好きだな。うん」


「なに? 改まって。昨日も聞いたよ」


「だって優海さんと俺が会ったのってここだから」


 もう少し後方ではあるが、大体そうだ。


「そうか。そうだね。ここだったね。交通事故の現場だけど、私たちが出会った場所でもある」


「俺は一目惚れが運命だって信じるよ」


 優海は照れて俯いた。


「まっすぐな言葉。好きだよ。でも、未来のことはわからない」


「だからがんばるんだよ」


「確かに。じゃあ、もう一度、同じところを通ろう」


 また1台、また1台と、停まっているT20号と2人を車が追い越していく。


 ネガティブでプリミティブな感情に巡は支配されるが、優海の顔を見て安堵する。


 彼女が一緒にいてくれることで、恐怖にも死にも抗えていると巡は思う。


 T20号は次の角を曲がってぐるっと周り、事故の現場を通り過ぎる。それを幾度か繰り返したあと、2人は登校時間に余裕を持って上泉家に戻っていった。

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