第21話 美女2人、強襲! 1

 優海と抱擁をかわした数日後の昼下がり、巡は無事病院を退院した。しばらくは自宅療養だが、1週間後には登校を許可された。退院の手続きは南ではなく優海が代行して行い、荷物運びも上泉家への移送もフィアット500で行った。


 大貫先生はわざわざ玄関ロータリー前まで見送りに来てくれ、守衛さんも巡の荷物をフィアット500のトランクに詰めるのを手伝ってくれた。


「毎週診せに来いよな」


 大貫先生は名残惜しい表情を見せたが、それは明らかに毎日のように会っていた優海にもう会えない悲しさから来ているものだと巡には思われた。


「そりゃもちろん」


「まだ無理して歩いてくるなよ。お姉さんの運転で来いよな」


 巡は苦笑した。


 守衛さんに助手席側のドアを閉めて貰い、フィアット500は走り出す。


「改めて、退院おめでとう、巡くん」


 ハンドルを握る優海がよそ見せず、安全運転で言う。


「これで毎日会えなくなりますね。寂しいです」


「どうしてそうなるのかしら。きちんとリハビリにつきあいますよ。大貫先生にも基礎知識は教わりましたから」


「大貫先生、専門じゃないでしょ」


「でも当然、関係するから知っているみたいよ」


「そりゃそうか」


 巡は笑う。これからも優海がお姉さんを演じてくれるとわかって、安心したのもあって、気は晴れやかだった。


 上泉家に着くと、師匠オヤジと南が出迎えてくれた。


 ご丁寧に2人ともクラッカーを手にしていて、鳴らしてくれた。上泉は憮然とした表情で三脚で固定したスマホを回収した。


「玲花と玲那は学校なんでな。自分でクラッカーを鳴らしたいとだだをこねていたんで仕方なく代行だ」そういいつつも上泉は嬉しそうだ。「お帰り」


「ただいま、師匠オヤジさん」


 南はフィアット500のトランクから荷物を下ろす優海を手伝っている。


「本当にご迷惑をおかけしました」


「これからもよろしくね」


 南は優海を気遣って微笑む。上泉も珍しく微笑む。


「まあ、固定ローラーくらい乗れるだろ」


「乗りますよ」


 当然、と巡は答える。


「お前のフレーム、叩いて直して貰ったから。足の長さが変わっているかもしれないからな、作り直すのはちょっと様子見だ」


 巡の複雑骨折はそれほど重大な負傷だった。


「わかりました」


「とはいえ、今日は休んでおけ。明日からのメニューは組んである。優海さんにもご協力依頼済みだ。もちろんオンライン授業は受けろよな」


「一応、高校生ですから」


 巡は苦笑する。南が優海に声を掛ける。


「お茶でも飲んでいく?」


「はい」


 優海は微笑んで南に返事をする。館山は土地が安いということもあり、駐車スペースは複数台分ある。フィアット500を停め、優海は上泉家の居間にお邪魔し、穏やかなお茶の時間を過ごした。


 そして双子が帰ってくると急に騒々しくなる。玲花と玲那は争うようにして巡にくっつきたがり、また猫のようにシャーっと優海を牽制する。優海は余裕を持って双子と視線で火花を散らす。それは南に宿題を片付けるよう言いつけられるまで続く。


 『家』に戻ってきた。


 巡は強く実感した。




 翌日からの巡の日常サイクルはだいたいこんなところだ。


 朝4時に起床。作っておいて貰った軽食を食べて、ジャージに着替え、5時に迎えに来た優海と合流。少し離れた場所にある城山公園までフィアット500で移動し、南総里見八犬伝の資料が展示されている昭和に作られた天守閣風の建物まで歩く。アップダウンがあるのでちょうどいい負荷がかかる。もちろん優海も一緒に歩く。いい運動になる、と普段運動しない優海もがんばって歩く。


 7時半に上泉家に戻り、優海は大学のオンライン授業と研究の準備に戻り、巡はまた軽食をとったあと、オンライン授業を受ける。自宅療養期間が終わったら時間がある日は優海が学校まで送ることになっている。


 オンライン授業を受け、昼は南が作ったご飯を食べる。たまに上泉と昼食の時間が合うのでそのときに近況報告。午後またオンライン授業。授業が終わると優海の時間が合えばまた城山公園に行き、歩き、筋トレし、帰宅後夕食。20時半の就寝時間まで筋トレと固定のローラー台と勉強。という流れだ。


 事故で複雑骨折して以来、ローラー台とはいえ自転車に乗るまで2ヶ月を要した。


 サドルの感触を尻で確かめながら、巡は感慨に浸る。


 足の動きはぎこちないし、痛みも残っていたが、クランクは回せた。ぎこちないが、綺麗に回せた確信があった。


 元の力を取り戻せる自信が湧いてきて、巡はハンドルを握る手に力をこめた。




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