第15話 温水プールに行こう 1
朝8時にフィアット500が病院の玄関前ロータリーに到着し、巡が回収され、次に上泉家へ向かい、双子を乗せる。往路は玲花が巡を独占することになり、後部座席に巡と玲花が納まり、玲花は巡にぴったりくっついて腕組みした。復路は玲那の予定だ。
フィアット500の後部座席は狭く、身長170センチ台後半の巡には厳しい。助手席の玲那にかなり席を前にして貰って許せる程度だ。しかしご満悦の玲花の顔を見ると我慢するかという気になる。
目的地の千葉市までは90キロほど離れているが、館山道と京葉道路、東関東自動車道を経由すると1時間ほどで到着する。優海は無理せず、一定速度をキープしているトラックを見つけ、車間距離を保って後ろをついていく。車内の音は小型車故に大きいが、ラジオを聞いても大丈夫くらいではある。ラジオからはクラシック音楽が流れる。チャイコフスキーの四季だった。
「巡~ プールで泳ぎ教えろよな~」
玲花がポニーテールを揺らして巡を見上げ、巡は呆れる。
「500メートル泳げる小学生に教えることなど何もない」
「それはわたしの方だよ。玲花は25メートルがやっと」
玲那が振り返る。
「そっか。でも25メートル泳げるってことは体力の問題だよな」
「そんなことないわよ。効率が悪いと体力が奪われるから」
優海が玲花に助け船を出す。
「そうだそうだ。玲花は泳ぐのが下手なんだ……って自分で言わない方がいいな」
「おっぱい魔女は泳げるのか? 胸の抵抗が大きすぎて進まないんじゃないのか」
玲那が隣で運転する優海に声をかける。
「普通かしら。でももう何年も泳いでいないからわからないわ。海に行ってもパシャパシャやる程度だから泳ぐって言わないと思うの」
バックミラーの中の優海は苦笑している。
「楽しみですね」
巡は目を閉じる。寝不足だからすぐあっちの世界に行きそうになる。
「巡は今日は、わたしたち専用なんだからね」
玲花が巡の腕をぎゅっと強く握りしめる。
「むしろ介助よろしく。プールサイドじゃ四点杖を持ち歩くわけにもいかない」
「わかった!」
「心得た!」
双子は元気だ。そして魅力的だ。もし玲花と玲那と同年代か、少し上の年齢だったら巡は確実に2人に夢中になっていただろう。最終的にはどちらを選ぶのか大いに悩む展開になっていたに違いない。それを思うとこの年齢差で良かったのかもしれない。いや、年齢差があるからこそ、こんなにも慕ってもらえている可能性もあるから、そもそもわからないが。
会話が弾むとすぐに市原を抜け、千葉市に入り、東関東自動車道のジャンクションが近づいてくる。市街地の運転にはだいぶ慣れた優海だが、レーンチェンジは緊張するらしく、会話をストップするよう3人に言った。3人は緊張してジャンクションに至るのを待ったが、何のことはない、東関東自動車道の方が直線だった。
「おっぱいお化け、無駄な心配だったな」
「たかだかジャンクションで緊張して損した」
双子は辛辣である。優海も巡も苦笑いで応える。
千葉北ICを降り、優海は国道への合流に神経を集中させ、無事、合流。スマホのカーナビに従ってすぐ、清掃工場の煙突を見つけ、ガラス張りの巨大な温水プール施設が見えてくると4人のテンションは上がった。駐車場に到着し、トランクから荷物を下ろして温水プール施設に入る。杖の代わりに双子を両脇に抱え、巡は施設の玄関を通る。後ろで大きな荷物と四点杖を持つのは優海だ。優海は嬉しそうに笑う。
「お姉さんっていうより、これじゃお母さんね」
巡は優海の母性発揮にまたくらくらくるが、ぐっとこらえる。
施設は作られてからやや時間が経っていたが、まだきれいな方で、いかにも公共施設らしく、デート向きではなくファミリー向けの趣だった。
更衣室前で四点杖を渡されて3人と別れ、巡は曲げにくい足と痛みと格闘して四苦八苦しながらジャージから水着に着替える。春休み中だが平日の昼間だ。更衣室は全く混雑していない。時間を掛けてどうにかこうにか着替え終える。包帯もネットもないのは不安だが、防水パッドがはがれたら本日終了だが、それは仕方ないことだ。
更衣室から温水プール側に出ると、陽光の下、3人が巡を待っていた。
ガラス越しでも春の日の光は、意外と強かった。
双子は同じセパレートの指定水着だ。すらりとした手足と膨らみかけた胸の形がはっきりとわかって、花のつぼみを連想させる。もともとが愛らしい2人だ。同年代だったらまちがいなくときめいていたことだろう。2人とも水泳キャップを被っているから区別がつかないが、幸い、胸のゼッケンに『上泉(花)』『上泉(那)』とあったので安心だ。
「どう? 胸、膨らみ始めてるでしょ」
「おっぱいお化けに目を奪われている場合じゃないぞ」
「ん、安心じゃない!」
巡は話す順番が玲那、玲花だったことに疑問を覚え、2人の水泳キャップを奪うと、『上泉(那)』の方が、長髪で、『上泉(花)』の方がショートカットだった。入れ替わっていたのだ。
「バレたか」
「時間の問題だったな」
「すごいね巡くん。わたしなんて着替えているの見ていてもわからなくなったのに」
優海は驚きの声を上げ、巡はおそるおそる優海を見る。ガン見必至だったため、できれば正面から見るのは避けたかった。しかしいよいよ見る時が来てしまった。
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