第14話 巡と優海、双子と遊びに行く
双子が巡が入院している病院に強襲を仕掛けてきたのは小学校の新学期が始まる3日前のことだった。上泉家から病院まで歩いてこられない距離ではない。小学生の足でも40分もあれば着く。学区域外に子供だけで出かけるのは本当は禁止だが、双子にとっては知ったことではないらしい。
「会いに来てやった」
「遠かった」
「なんか食わせろ」
「アイスがいい」
晴れ渡った春の屋上で、双子はいつもの調子で巡に迫った。巡は両手にダンベルを持って上半身のトレーニングをしている最中で、栗色の髪の美少女2人の姿を見て、脱力の余り、ダンベルを落としそうになった。
「玲花、玲那! どうしてここに!」
「もう春休みが終わる」
「どっか連れてく約束だった」
交通事故の前に、そんな話をした覚えもある。
「おっぱいお化けいない」
「今のうちにアイスおごれ」
巡が座るトレーニングベンチの両脇に双子も座り、ぴたとくっついて圧を掛けてくる。
「南さんは知っているのか?」
「知らない」
「巡、連絡入れておけ」
慌てて巡は2人の母親である南に連絡を入れる。南は2人を回収に行くからしばらく確保を続けるよう、指示してきた。少々説教したあと、エレベーターで1階まで降りて売店に行き、ソフトクリームを2つ購入し、双子に渡す。廊下の長椅子に座り、巡の両脇で双子がソフトクリームをなめる。
「巡分の補給だ」
「からっからだからな」
「なんだそりゃ」
「巡、おっぱい魔女にメロメロ」
「この辺りで止めないとならん」
双子は双子で巡のことが大好きなのだ。巡自身それはよくわかるが、彼女たちの好意は恋愛感情とは違うものだと思う。
「南さんが迎えに来たら、謝っておけよ」
「玲花、なにも悪いことしてない」
「玲那も同じ」
悪びれもせず、2人はソフトクリームをなめ続ける。
「屋上にも病室にもいないと思ったらこんなところに。玲花ちゃんと玲那ちゃんも一緒なのね」
研究センター帰りとおぼしき優海が姿を見せ、巡に笑顔を見せる。
2人は残り少なくなっていたソフトクリームをカップごとバリバリ食べると長椅子から立ち上がった。
「出たなおっぱい女狐」
「いつもながら破壊力あるな」
そして前から後ろから、優海のおっぱいをもみ始めた。
「巡くん、なんとかして……」
優海は苦笑し、巡に助けを求める。
「2人ともやめなさい。男の子だったら逮捕されるよ」
「女の子だから逮捕されない」
「胸が大きくなるようあやかっているだけだ」
「やめないとどこにも連れて行かないぞ」
「それは困る」
「しかし止めれば連れて行くと言ったも同然」
2人は優海から離れる。
「巡、どこ連れて行ってくれる」
「近場は嫌だぞ。飽き飽きだ」
「とは言ってもこの足だからなあ」
優海がパン、と手を叩いた。
「じゃあ、お姉さんが車を出しましょう。運転もかなり上達したから、遠距離ドライブしてみたかったの」
「おっぱい魔女、たまにはいいこと言う」
「わたしたちのどっちかが助手席で、後部座席は巡なら行く」
巡は苦笑する。
「優海さん、どこ行けそうですか」
「鴨川はどう」
「近場だ」
「飽きた」
「じゃあ、小湊鐵道のトロッコ列車に乗ってみようかしら。興味あるのよね」
「あ、知ってる」
「それは行ったことない」
「でも東京行きたい~」
「表参道行きたい~」
「都心は車では無理です。主に私が」
優海が手で×マークを作る。
「それに俺もそんなに長くは外出できないから近場だよ」
優海がスマホを手にいろいろ検索を始め、しばらくして3人に画面を見せた。
「温水プールに行きましょう。プールなら巡くんもリハビリになってちょうどいいかなと思って」
画面には大きな温室のようなドーム型の建物の中にプールとウォータースライダーが表示されていた。なかなか遊べそうだ。
「悔しいがおっぱい魔女が巡のことをきちんと考えてる」
「反対する理由がない」
「千葉市だけど、ここから高速乗ればすぐだし、施設は高速道路の出口からほど近いし、ちょうどいいと思うの」
「優海さんがいいっていうなら反対する理由はないよ――え、プール?」
優海さんとプール。
正気を保てる自信が巡にはない。
「指定水着しかないから、ママに買って貰わないとならん」
「おっぱいには負けるが、セクシーさと無邪気さで勝負だ」
「新しい水着なんて買いませんから、指定水着で行ってらっしゃい」
ベンチの背後に2人の母親、南の姿があった。
「初動早い」
「いや、ここでぐだぐだ悩んでいたからな」
南に首根っこを掴まれ、双子は連れて行かれる。南は振り返り、小さく頭を下げた。
「優海さん、ご迷惑をおかけしました」
「いいえ。でも、いいですか、温水プールに一緒に行っても」
「願ってもないことです。なかなか遊びに連れて行ってあげられないから。時間や場所は巡くんから連絡を貰うことでいいですか」
優海は頷き、南と双子は病院をあとにする。
「巡~ 明日な~」
「楽しみにしてろ~」
双子は玄関の自動ドアが閉まる直前まで騒いでいた。
優海は肩をすくめ、微笑む。
「本当、かわいいんだから」
「姉さん、水着持っているんですか?」
「ええ、もちろん。去年、バリに行くときに買った水着を持ってきているの」
「まさかビキニじゃないでしょうね!?」
「ワンピースよ。ビキニが良かった? 本当はビキニの方が私のサイズ的にはお買い求めしやすいし、選べるんだけど、やっぱりビキニは恥ずかしいから」
「ワンピースならまだマシです。誰が見ているかわからないのに、ビキニの優海姉さんが衆人環視にさらされるなんて俺には耐えられない」
「大げさねえ。でもありがとう。心配してくれて」
心配ではないです。独占欲です。
巡はそんな本音を口に出せるはずもなく、悶々とする。
「男の子とプールなんて初めて。すごい楽しみ」
「そりゃありがたいです。でも俺、着替えるのも大変だし、そもそも入れるのかな」
「そこは大貫先生に相談してください。着替えは、女の子も時間がかかるのよ」
なるほど。その通りだ。
「じゃあ、今日はこれで。基本、明日行こうね。連絡入れるね」
優海はこれまでの最短時間かと思われるくらいの滞在時間で病院を去った。何か急にやることができたのか思い出したのかはわからないが、優海は別れ際、そういう、あれこれ考えるときの顔をしていた。
嵐は去った。明日も怒濤の1日になりそうだが。
幸いは大貫先生は、売店に寄ったところですぐに捕まえられた。相談すると、手術跡のガーゼを耐水パッドに変えることにしてどうにかこうにか――ということになった。本当ならば術後1ヶ月くらいしないと水には入れないらしいが、1週間なら誤差ということにしてやろう、と大貫先生は言った。
「ここまでしてやるんだから、プールで遊んでいるときの様子は当然報告しろよな。画像、いや、動画がいいな」
「優海姉さんの水着姿はもちろん、双子の水着姿もすでに犯罪めいていると思われるので、俺のプールでのリハビリ報告で良ければ」
ケッ、と吐き捨てて大貫先生は去って行った。それでも大貫先生はきちんと配慮してくれて、夕食前にはナースが来て、耐水パッドに変えて、包帯も巻かずに、代わりにネットを通してくれた。
夕食を食べ終えた頃、優海から迎えに来る時間の連絡がきた。南からも巡の水着が見つかったという連絡が来た。大変申し訳なく思う。
就寝時間まで勉強をして過ごし、消灯されると毛布を被る。
明日がどんな1日になるのか想像できず、巡はなかなか寝付けなかった。
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