第5話 初めての外出
翌朝、優海は巡が出しておいた外出申請の時間に合わせて病室にやってきた。普段ならば見舞いはできない午前中の早い時間である。
巡はそのとき、病衣から高校の指定ジャージに着替えている最中だった。両足はプレートやらボルトやらが入っていて、包帯でぐるぐる巻きで、まだ痛みも相当残っているから、ジャージパンツを履くだけでも一苦労で、なかなか難しかった。
優海は声をかけずにベッドの周囲に引いたカーテンの中に入ってきた。
「おはよう」
「まだ着替えが終わってなくて。もう少し待ってくれないかな」
そして自分がジャージの上しか着ておらず、下半身はパンツ1枚であることを思い出し、動揺する。
「着替えるのはまだ難しいんだよね。大丈夫。私がはかせてあげるから」
「え、その……」
優海は有無を言わさず巡のジャージを手に取り、巡をベッドの上に寝かせ、手間取りながらもジャージパンツを履かせることに成功した。
「それじゃあ、行きましょう」
笑顔の優海と傷心の巡の表情は対照的だった。
エレベーターで1階まで降り、優海はフィアット500を玄関前まで動かす。1人でドアを開けるのは大変だろうと思ったのだろうか、運転席から離れて右のドアを開ける。こんなときも左ハンドルは不便だ。
ドアを開けてくれた優海が、めったにはくことのないスカート姿であることに気づき、巡はまじまじと見てしまう。ピンクのリボンニットカーディガンに花柄がプリントされたワンピースで、いかにも春という趣だ。カーディガンのデザインが歪んでいるくらい胸の部分が突き出ているがそれは仕方のないことだ。いつもの、大学の研究センター帰りの優海とは印象が大きく異なっていて、巡は思わず声を出さないで笑ってしまった。
巡は助手席に乗り、優海は不機嫌そうにドアを閉め、運転席に戻った。
「女の子の服装を見て笑うなんて失礼です」
優海は不機嫌なのを隠そうともせず、アクセルを踏んだ。
「変だから笑ったんじゃないよ。優海さんがたぶん、学校の先生と会うことを考えて着こなしを変えたんだと思うとかわいくて」
「違うわ。学校の先生に会うためだったらスーツにするでしょう?」
「じゃあなんで?」
「鈍いわねえ。巡くんが『きれいなお姉さん』を連れて回っているのを見せるために決まっているでしょう」
本当の美人の優海が言うと嫌みにならない。
フィアット500は幹線道路に出る。
優海は安全運転だ。話をしながら運転していると見過ごしがちな横断歩道を渡ろうとする人にも気づき、横断歩道で一時停止をしている。こんな安全運転の優海にぶるかるような真似をしてしまい、巡は罪の意識を覚える。
しばらく沈黙の時間が流れる。カーステレオからは後付けのBluetooth経由でボサノヴァが流れている。落ち着いた時間だが、なんとなく気まずい。何を言おうか迷っていると優海が先に口を開いた。
「こういうスタイルは嫌い?」
「まさか。素敵です。優海さん、東京だといつもそんなファッションなんですか?」
「『姉さん』」
「姉さん」
「そんなことはないわ。フェミニンなファッションって、好きだけど動くのに気を遣うから、実際に着ることは少ないかな。シャツも男物しか胸回りが合わないから、パンツスタイルの方が多いの」
「納得」
女物の普通のシャツではボタンが飛んでしまうのだろう。
「それにね、今日は巡くんとの初めてのおでかけだから、おしゃれしたかったの」
優海の横顔は悪戯げだ。正確には一度、家まで荷物の回収にタクシーで連れて行って貰っているが、カウント外なのだろう。
「俺が着ているの学校指定ジャージですよ!」
「巡くんはジャージ姿でもとっても格好いいですよ」
「優海姉さんが褒め殺し始めたー」
優海は機嫌を直し、笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます