第4話 出会い(優海の回想)

 南国の春は早い。


 まだ2月だというのに、東京からくると千葉の房総半島の南端では、風が少し温かく感じる。


 佐野倉優海さのくら ゆうみは休憩に寄ったコンビニエンスストアの駐車場で、春の予感を覚えた。


 南風の時間だからかな。


 優美は内房の海に目を向けるが、海は深い青をたたえており、冷たい印象を彼女に与えた。まだ海は冬のようだ。確かに、午前中の北風の時間は、風が強いだけでなく寒さを覚える。


 優海はもうすぐ車齢20年の3代目フィアット500に乗り込み、コンビニの駐車場を出て、バイパス道路に入った。目的地は近い。バイパス道路は休日は混雑しているが、平日の今の時期は空いており、スピードも出てしまう。初心者マークが取れたばかりの、ペーパードライバーに近い優海は公道で時速60キロを出すと恐怖を覚えるが、周囲の車に合わせるとどうしてもそのくらいになってしまう。


 優海は車で東京から来たことを後悔し始めていた。ただ、4月からはここ館山で少なくとも2年間は暮らすため、車の運転に慣れておく必要があったし、家で誰も乗らないフィアット500を走らせてあげたいという気持ちもあった。どうせならこの子と一緒に2年間、千葉中をいっぱい走ってやろうとも思っていた。


 もうすぐ祖父が遺した家に着く。祖父が遺した家は3月末の優海の転居に伴うリノベーション中で、今日は大学の手続きと工事の様子を見るために長距離ドライブを敢行していたのだった。


 そろそろバイパスから市街地に入る交差点にさしかかることをスマホのカーナビが教えてくれた。あと500メートルほどだ。


 優海は注意しながらサイドミラーを見る。左ハンドルだから、路側帯が近い。今の優海にとって教習車と感覚が違うところは左ハンドルの一番の不便さだ。左のサイドミラーには今のところ何も映っていない。


 前方にスポーツ系の自転車が1台、高速走行をしているのが見えた。スポーツ系の自転車は挙動を読めないから、優海は苦手としていた。追い抜き車線の車がいないことを確認して、追い越すタイミングで、自転車を視認する。


 乗り手は流線型のヘルメットを被った、スポーツサングラスをかけている少年だった。


 まだ若い。高校生だろうか。あどけなさと端正さが同居している。


 優海が彼を視認したのとほぼ同時に、彼もドライバーシートの上にいる優海に顔を向けた。濃いスポーツ用サングラスアイウェア越しでも、優海は彼と目があったことを確信する。


 一瞬でスポーツ系自転車を追い越す。


 なのに優海の脳裏にその横顔と目の印象が強烈に残る。


 手が震え、脳内に何かがあふれ出し、耳が聞こえなくなり、視界が狭まる。


 何が起きたのか、わからなかった。


 時が止まったかのようだった。


 コンマ数秒あとのことだろう、我に返ると感覚的に優海はアクセルを踏む力を緩めた。だが、次の瞬間、追い越したはずのスポーツ系の自転車がフィアット500と併走しているのに気づいた。減速してもまだ時速40キロ以上出ている。どうしてこんなことが――と思う間もなく、生活道路から1台の車が鼻先を出してきた。ボンネット部分が長く、幹線道路が見えていないのだろう。スポーツ系自転車は出てきた車のノーズを避けるために車道に膨らみ、優海は急ブレーキを掛けた。


 しかしスポーツ系自転車は、減速が間に合わなかったフィアット500の左前部分と接触して跳ねとび、街路樹と接触して跳ね戻ってきて再びぶつかった。衝撃と衝突音が車内を突き抜け、自転車と乗り手は優海から見て後方に転がっていく。


 やってしまった――もう、終わりだ。


 これから始まる贖罪の日々に優海は想像を巡らせたが、すぐに救助に全力を尽くさなければならないことに思い至り、車を止め、急いで車外に出て振り返ると、車道の真ん中にグシャグシャに変形してしまった自転車が転がり、その脇で膝や肘から血を流しているのに立ち上がろうとしている少年がいた。


 本線に出ようとしていた車のドライバーが少年に肩を貸し、歩道まで歩けるか訊いていたが、少年は首を横に振った。


 優海は大きく深呼吸したあと、スマホを手にし、119をコールした。

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