●_赤い太陽
たってぃ/増森海晶
なんで青い空に赤い太陽?
白い太陽を描いた。
3歳のころだった。
画用紙に水色のクレヨンで〇を描いて、背景の空を水色に塗りつぶす。
〇は塗りつぶさずに、〇のままで。
だって、それが普通だと思ったから。
「ねぇ。みっちゃん、どうして赤く塗りつぶさないの?」
「えー。だって、太陽は白いよ」
「けど、絵本の太陽は真っ赤だし、みんな真っ赤な太陽をかいているよ」
「………」
隣の子の指摘に、幼い私は怖くなる。
確かに絵本の太陽は青空でも赤い。アニメのタンパンマンもユリキュアも、パパママたんていも青い空に赤い太陽だ。
私以外の人たちは、もしかして、青い空に赤い太陽が見えているのだろうか。
たまらなく怖くなり、私は〇を赤いクレヨンで●に塗りつぶした。
後日、壁に張り出したみんなの絵。
みんな――青い空に赤い太陽。
その光景を異様と感じながらも、安堵している幼い私。
私が白い太陽をそのまま描いていたら、私だけが仲間外れだ。
自分は正解を選んだ。
そう確信した。
これがある意味、私の原点。
私と他人の「見ている世界が違う」という思考。
その思考のおかげでおかげで――学生時代は同級生たちとのコミュニケーションに苦労した。
私が「そう」だと感じていても、その人が「そうじゃない」という認識。
自分の身に置き換えろという考え方よりも、私は「大丈夫」だけど、その人は「耐えられない」という考え。
その人の「耐えられない」ことに理解をしめすと、相手は喜んでたちまち心を許してしまう。そんな時、私は困るのだ。理解した程度で共感したわけじゃないのに。
「君なら、わかってくれると思ったのに」
そんなやりとりを重ねて、私は歳を重ねていった。
「ミッちゃんは男運がないよね。いつ結婚できるのかしら?」
母が困ったように言う。
「んー。とはいえ、いつも、向こうが勝手に失望する繰り返しだからね」
どうしようもないのだ。
「大丈夫」と「耐えられない」の差を埋めようしなければ。
幼い私が抵抗感を覚えながらも、〇を赤いクレヨンで●に塗りつぶしたように。
「おばあちゃーん。絵がかけたよー」
と、私たちの間に割って入るのは、姉の子。私の姪であり、母にとっては孫にあたる。
その子が描いたのは色とりどりのチューリップ畑。背景は青い空に赤い太陽だ。
「まぁ、きれいに描けたわねぇ」
「へへへ」
得意そうに笑う姪と母に、私は顔が引きつるのを感じた。
どうして、という疑問を喉元にとどめながら知らないふりをする。
ずっと感じていた疎外感が全身に伸し掛かった感覚があった。
太陽が赤く見えるのは、日が昇るときと沈むとき。
その時以外は見たことが無い。
なのに、なんでみんなは無意識レベルで、青い空に赤い太陽を描けるのだろう。
やはり、私はおかしいのだろうか。
「みっちゃん、私の絵、どう?」
さらに褒められようと、姪が私に青い空に赤い太陽をつきつけた。
「えぇ、素敵な絵ね。特にチューリップの花びらなんか特徴を捉えていていいと思う。二つの色を混ぜたり、フリフリな部分が可愛いわね」
「でしょでしょっ! みっちゃん、わかってるーっ!!!」
姪が特に力を入れたであろう部分を指摘して褒めると、姪は母に褒められた時よりもさらに喜んだ。
感情を爆発させて、絵を掲げながらきゃっきゃと騒ぐ姿は生命力に満ち溢れている。
「はぁ。どうして、良い人が見つからないのかしらねぇ」
私と姪のやりとりを見守っていた母が一言。
私は笑ってごまかした。
多分、私はずっとごまかすのだろう。
〇を赤いクレヨンで●に塗りつぶしたように。
私はずっと赤い太陽を描いている。
【了】
●_赤い太陽 たってぃ/増森海晶 @taxtutexi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます