第25話 動画

「1000万人突破おめでとう!」


 物静かな雰囲気と落ち着いた照明、ガラス一枚を隔てた先には見栄えのいい庭が覗く。そんな厳かで高級感溢れる一室にクラッカーの破裂音が響く。

 大凡、部屋の雰囲気に似つかわしくないつるつるてかてかしたテープが勢いよく放たれ、漆塗りの高級な机の上に散らばった。

 場にそぐわないにもほどがある祝い方だけど、これはこれで楽しいもの。

 テーブルの上に散らばったそれをいそいそと片付けると、注文していた肉や野菜が大量に運ばれてくる。

  机上はあっという間に埋め尽くされ、綺麗に盛りつけられた肉が輝きを放っていた。

 ここは一人でくるには少々気の引ける、この当たりで最も高級な焼き肉店だった。


「今夜は美夢たちの奢りよ、盛大に食べなさい!」

「凄い、絶景だな」


 こんな機会でもなければ座らない席にいる。今日は特別な日だし、三人の厚意に甘えて遠慮なく味合わせてもらおう。


「では、焼いていきましょう。何からがよいですか? カルビ? ロース?」

「いやいやいや、ここはタン塩からでしょ。まずは味と脂の少ない肉からが鉄則だよ」

「順番なんてどうだっていいわ。今日の主役は菖蒲なんだから菖蒲の食べたい肉からよ」

「よし。正直迷うし一通り全部焼こう。隙間がなくなるまで肉を並べるぞ」


 肉の焼ける音と、立ち上る煙、漂う匂い。

 すべてが食欲をそそり、待ちに待った肉を頬張り噛み締めた瞬間の溢れ出る至福。すこしも重くない脂が喉を流れて行った。


「最高だな」


 私的至福ランキング暫定一位、美味い肉を食ってる時。

 これはなかなか越えられない。


「でも、よくこんな良い店の予約取れたな。それも1000万人達成どんぴしゃの日に」

「ふふん。実はこのお店の関係者に美夢のリスナーがいるのよ。絶対にお祝いしたかったからちょっと無理してもらったの」

「ちゃんとお礼とかしたの? 姉貴」

「当然。写真集にサインして上げたら泣いて喜んでたわ。家宝にするって」

「写真集もまさか自分が家宝にされるだなんて思ってなかったでしょうね。あ、焼けました。はい、どうぞ」

「お、ありがとう」

「あ、それ美夢もやりたい! はい!」

「美夢もありがと」

「えへへー」


 渡してもらった肉に舌鼓を打ち、たまに野菜やサイドメニューを摘まむ。

 胃が上質な食べ物だけで満たされていく。だけどまだまだ食べ足りない。

 もっと肉を焼こう。


「あっ、ちょっと。それ美夢の肉!」

「知らないよ、そんなの。名前でも書いてれば?」

「言ったわね? じゃあ、美夢これもらい!」

「あ! それはずるい! 最後の一枚だったのに!」

「そんなの知りませーん。また頼めばいいでしょ」

「くっそー。しようがない注文するか」

「あ、美味しい。菖蒲さん菖蒲さん。このローストビーフ寿司、すごく美味しいです」

「ホント? 美里、ついでに俺のも頼んどいてくれ」

「美夢の分もね」

「はいはい」


 タッチパネルが操作されて注文が終わる。

 しばらくして運ばれてきたローストビーフ寿司は唯名の言った通りたしかに美味だった。取り寄せとかやってるのかな? この店。もしラインナップにあるなら今度注文しようかな。

 と、考えつつ焼肉を楽しんでいると、ふと携帯端末が鳴る。

 俺のだ。


「冒険者組合から?」


 普段は掛かってくることのない相手だけに、すこし首を傾げつつ電話に出る。


「もしもし」

「蒼霞、神宮だ」

「はぁ……いま一番聞きたくない名前なんだが」

「悪いがキミのペースに付き合っている暇はない。至急、いま送った動画を見てくれ」

「動画?」


 携帯端末に送られてくる一つの動画。美夢たちが覗き込む中で、それを再生する。


「やぁ、人間の諸君こんにちは。突然だけど、この人間の命は僕たちが預かった」

「……暗駆」


 動画の中の暗駆は、血だらけの配信者の隣りで笑みを浮かべている。


「救いたければ今から……そうだな、二時間。二時間以内にここ、キミ達が言うところの第四十二階層に来て欲しい人間がいる。蒼霞菖蒲、キミだよ。あぁ、もちろん一人で来てね。他に一人でも見掛けたら殺しちゃうからそのつもりで。それじゃ、待ってるよ」


 そこで動画は終了した。

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