第21話 踏ん張りどころ

 変異体は思念体以下の力しか持たず、正直俺の敵じゃない。

 繰り出された爪撃を後ろへと跳んで躱すと、液体金属が延びて追撃の突きが迫る。

 それを右手の指先で受け止め、虹の波紋が空中に広がった。攻撃の方法も威力も想定していた範疇を出ない。

 力任せに突き抜けようとする変異体に空いている左手で魔術を始動。

 虹の雫を指先で弾き、拡散した飛沫がショットガンのように変異体の胴体を襲う。

 身に纏う鎧には無数の風穴が飽き、再び吹き飛んで地面に転がった。

 鎧のお陰で傷は浅い。

 けど、防御力もやっぱり想定の域を出なかった。


「なるほど。このくらいか」


 先を含めて三度ほど肉弾戦を交えてみて力量が知れた。

 思念体の評価点が10だとしたら、変異体は6がいいところだろう。

 三十台の階層に澄む思念獣が3くらいだとして、美里は俺の見立てだと5はある。

 まだまだ強くなる伸びしろがあって5だ。そのくらいのポテンシャルを持っている。

 あとは格上の相手と戦って一皮剥けることが出来れば思念体と戦っても問題ないくらい強くなれるはず。


「美里の様子が気になるんだ。手短に頼む」


 吐瀉物のように液体金属を吐き出しながら変異体は立ち上がる。

 空けた風穴は疾うに塞がり、流れ出る血は液体金属と共に鎧の外へと排出された。

 液体金属で傷を埋めたか。


「って言っても通じないか」


 咆吼が轟き、変異体が地面を蹴る。

 それは先ほどまでのような真っ向勝負ではなく、自慢の脚力を持って俺の視界から離脱を試みたもの。

 だが、残念。この目に死角はない。

 こちらを翻弄するように周囲を跳ね回っているが、どこで何をしているかこちらは完璧に把握できている。

 俺はいいが問題は美里のほう。

 片割れと戦っている美里にとってこのスピードは脅威だ。上手く対応できなきゃ一方的に嬲られる。

 美夢も唯名もいるから問題ないとは思うが、やっぱり早めに斃して俺も合流するか。


「そこ」


 背後を取った変異体から突き出される鉄爪を、回避しつつ一回転。

 指先に留めた虹の雫を液体金属に覆われた腕に押し当てる。

 虹色の弾丸を放ち、自慢の手甲ごと腕を飛ばした。

 大きく怯み、悲鳴を上げながらも、変異体は残った腕で攻撃を試みる。再び鉄の爪が振るわれるが、それが俺に届くことはない。

 この手に掴むのは、今し方飛ばした変異体の腕。その鉄爪で液体金属の鎧を引き裂き、胴体を斬り裂く。

 五筋の傷跡を塞ごうと液体金属が群がるが、その上から虹色の弾丸を放つ。

 心臓を撃ち抜き、トドメを刺す。

 変異体は力なく結晶の地面に倒れ、霞となって掻き消えた。


「討伐完了。あっちはどうなったかな」


 空を飛び、鍾乳洞のように天井から生えた結晶を躱して美里たちの元へ。

 地面に下り立つと、まだ戦闘は続いているようだった。


「美里の様子は?」

「なんとか食らい付いてるってところね。というか、もう斃して来たの?」

「当然。俺を誰だと思ってるんだ?」

「美夢の推し」


 と返事をしつつも美夢は美里から目を離さない。

 視線でずっと追い掛けている。

 血の繋がった姉弟として心配でならないって感じだ。


「変異体には何発入れた?」

「まだ一発も入ってはいません。美里さんも攻撃らしい攻撃は受けていませんが、消耗が激しそうです」


 たしかに高速で動き回る変異体に翻弄されているようだった。

 朽壊刃衣はパワーはあるがスピードがやや足りない。刀を振っても当たらなければどれだけ強力な一撃だろうと意味はない。

 それがわかっているのか美里も闇雲に刀を振らせてはいないみたいだ。

 だが、ここだと美里が判断した攻撃はすべて空振りに終わっている。


『大丈夫か? これ』

『さっきからまったく、これっぽっちも攻撃が当たってないけど』

『ヤバくね? このまま続けたら』

『戻って来たなら助けてやれよ、菖蒲』

『話聞いてなかったのか? 美里が一人でやるって言ってただろ』

『心配』

『信じて見てろ』


 コメント欄も不穏な雰囲気で満ちている。

 踏ん張りどころだぞ、美里。

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