第20話 水晶洞窟

 銀色の痕跡を追って俺たちも階層を渡る。

 第二十階層から第二十一階層へ。一面の砂の海から一変して、一面が結晶で覆われた。

 第二十一階層、水晶洞窟すいしょうどうくつ

 青みがかった透明度の高い結晶で構成されたこの階層には、同じくまるで硝子細工のような思念獣が生息している。

 地面を駆ける音はガラス同士を打ち鳴らしたようなもので、透明な体は視認性が悪い。

 気付いたら直ぐそこまで思念獣が迫っていた、なんてことも普通にあるらしい。俺は経験ないけど。


「第二十一階層に来たはいいけど、途端に銀色が見づらくなったわね」

「この周辺は結晶自体が軽く発光してるし、うっかりしてると見失う。目がチカチカしてきた」

「菖蒲さんの探索魔術で見つけ出せませんか?」

「一度でも会えば可能だけど、いまは無理かな。たぶんほかの思念獣と一緒くたになる」

「なるほど……では地道にこの銀色を追い続けるしかありませんね」

「リスナーもしっかり見てて」

『任せろ』

『眼鏡とってくる』

『サングラスよし!』

『サングラスしたら見分けが付かねーだろ』


 結晶の上を歩いて進むほど、銀色の液体はその鮮度を増していく。

 最初は砂に染み込み蒸発する一歩手前だったものが、追い掛けていくうちに瑞々しいものへと変わる。

 銀色の液体が地面に落ちてからさほど時間が経過していない。

 変異体との邂逅はすぐそこまで迫って来ていた。


「見付けた」


 結晶の中に結晶がある多重結晶の影に隠れて、変異体の様子を窺う。

 多重結晶は内部を通過する光の屈折の関係で透けて見えることはない。

 コメントの読み上げ機能も戦闘が始まるまで一旦オフにした。


「あれが変異体か」


 人型ではあるがそのベースは獣だった。

 流切とはまた違う思念の混ざり方をしている。いや、違うというよりバランスを損なったというべきか。

 人と獣の思念割合が絶妙でなければ流切のようにはならない。

 その点、この変異体は獣の思念が多く含まれすぎている。あれでは流切ほどの思考能力はないだろう。

 変異体が思念体に及ばない理由かもな。

 そして最も特徴的なのがその銀色の液体だ。口から溢れ出ているようで、常に涎のように垂れ流されている。

 あの銀色はいったいなんなんだろうな。


「さて、出番だぞ」

「あぁ、事前に話していた通り、変異体とは僕一人で戦わせてもらう」

「あんたがそう決めたのならそれは尊重する。けど、危なくなったら私の判断で介入するから。美夢の基準は菖蒲ほど高くないわよ」

「私は美夢さんに続きます。よろしいでしょうか?」

「いいよ。危なげなく勝ってしまえば問題なし。やってやるさ」


 威勢の良い言葉が口から出るのは不安な証拠だ。でなきゃ身の程知らず。美里は決して後者じゃない。

 いまこの場にいる誰よりも変異体のことを考え、勝ち筋を考えている。

 油断も驕りもそこには存在しない。


「行ってくる」


 多重結晶の影から出て、変異体の元へ。

 ある程度近づくと向こうから美里の存在に気がつき咆えた。

 銀色の液体を飛ばしながらの威嚇に怯むことなく、美里の魔術八百御霊が唱えられる。


「朽壊刃衣!」


 足下に広がる闇から這い出る、朽ち果てた鎧武者。

 朽壊刃衣がその身のすべてを闇から出す、その前に頭上に現れたモノがいた。

 それの存在を認識した美里は驚愕する。


「なっ!? 変異体がもう一体!?」


 変異体は二体いた。

 まんまと奇襲を成功させた二体目は口腔から溢れ出す銀色の液体を身に纏い、固形化させて強固な鎧としている。

 液体金属ってところか。


「菖蒲!」

「わかってる。美里の相手はあくまで一体だけだ」


 二体目は朽壊刃衣の出現を阻むように鉄の爪を見舞おうとした。

 が、やらせない。指先に収束させた虹色の弾丸を放ち、攻撃過程にある最中を狙い撃つ。虹色の軌跡は狂いなく銀色の鎧を穿ち、撃ち落として見せる。

 変異体はそのまま結晶の山に墜落した。


「そっちは任せたぞ、美里」

「あぁ、任された」


 一体目を美里に任せて俺は二体目の元へ。


「小賢しいことするだけの思考力はあるってわけだ」


 結晶を乱暴に砕きながら変異体が立ち上がる。軽く捻ってやろうかな。

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