第17話 面倒ごと

「はぁ……案の定か」

「人の顔を見るなりため息とは相変わらず失礼な奴だな、キミは」


 神宮明道じんぐうあきみち

 インテリ眼鏡。面倒ごとと共に現れる妖怪みたいな奴。以上。


「ほらよ、思念体の報告書。じゃあこれで」

「待て」


 このまま扉を開けてこの部屋から出たかったんだけど、そうもいかないか。


「なんだよ」

「キミに頼みたいことがる」

「ほかを当たれ」

「キミにしか出来ないことだ」

「はぁ……言ってみな」


 抗って見たけどダメか。

 神宮の言葉は冒険者組合の意思だ。流石の俺でも無視はできない。

 ため息交じりにドアノブから手を離す。

 神宮から報告書の紙束変わりとばかりに資料が渡された。


「変異体?」

「そうだ。最近になって見たことのない思念獣を発見したとの報告が相次いでいる。それも太刀打ちできないほど強いそうだ」

「階層は?」

「第二十階層から三十階層までの間で出現が確認しれている。今のところはだが」

「二十から三十ねぇ。それって俺にしか出来ないことか? ただちょっと強い個体がいるだけだろ?」

「変異体の影響からか、ダンジョンの生態系が可笑しくなっている。通常、階層ごとに棲み分けられている思念体が、今では上下に行ったり来たりだ。現場は混乱している」

「変異体に階層渡りか」


 階層渡りのほうは稀にあることだ。

 例えば二十一階層の思念獣が二十階層に現れることがある。

 階層が一つ上がれば思念獣の強さも変わり、配信者側からしてみればいきなりワンランク上の思念獣と戦うことになる。

 その場合の鉄則は恥を捨てて逃げろ、だ。

 それが二十から三十の階層に駆けて入り乱れているのなら、その辺が適正な配信者にとってはとんでもない環境になっている。

 もはやまともな配信業は無理に違いない。


「報告によってまちまちだが、変異体は思念体にも迫る強さだったそうだ」

「それで俺が呼ばれたってわけか」

「直近で思念体を三体も討伐しているのはキミくらいのものだ。確実に変異体を処分したい。キミにしか任せられないことだ」

「報酬は?」

「思念体と同じだけ出すそうだ」


 思念獣と思念体じゃ討伐報酬が桁違いだ。

 変異体の強さは思念体ほどじゃないってのが本当なら楽に儲けられる美味い仕事なわけだけど。

 さて、どうしたものか。べつに金には困ってないんだよね。

 チャンネル登録者数はうなぎ登りで入ってくる額が膨れ上がったし、三体分の思念体討伐報酬で預金通帳は零が沢山だ。

 たぶん、いまこの場で引退しても生涯金に困ることはない。

 それにこっちを引き受けると、この後の美夢たちとのコラボにも差し支えが出る。今のところメリットよりデメリットのほうが多いけど。

 断って、はいそうですか、となるはずがない。特に今回は相手が神宮だ。


「うーん」


 すこし思考を巡らせる。


「……これ、同行者は自由に決めていいんだよな?」

「あぁ、それくらい構わないが、誰を連れて行くつもりだ?」

「成長したがってる奴。じゃ、俺はこれで」

「あぁ」


 今度こそ扉から出て部屋を後にする。

 実樹の言う通り神宮に厄介ごとを頼まれたが、これも良い機会だと思うことにしよう。思念体もしばらくは動かないだろうし、今のうちにやれることをやっとこうか。


§


「あ」

「あ」


 どこか適当な店で飯でも喰おうかとブラブラと歩いていたところ、目深な帽子とサングラスを掛けた美夢とエンカウントした。

 ばっちり目が合っている。逃げるのコマンドを押しても回り込まれてしまいそうだ。


「ちょうどいいや、いま暇? 予定があるなら別に――」

「ちょっと待って」


 携帯端末を取り出した美夢はどこかへと電話を掛けた。


「ごめん。急用が出来ていけなくなったの。うん、ホントにごめんね? 今度絶対埋め合わせするから。うん、それじゃ……空いてるわよ」

「まだこっちの用件も言ってないんだけど。忙しいなら無理に時間を作らなくても」

「は? あんたのためなら時間ぐらい幾らでも作るけど」

「あ、そう」


 相変わらず俺のこととなるとネジが外れるな、このインフルエンサー。


「心配しなくても後でちゃんと埋め合わせするから平気よ。浅い付き合いしてないから」

「ならまぁ、いいけど。立ち話もなんだし、どこか適当な店に入るか」

「だったらこの近くに美夢の行き付けの店があるからそこにしましょ。こっちこっち」

「おっと」


 さりげなく手を握られ、引っ張られるように美夢の行き付けの店を訪れる。

 案内されたのはいつも通っているカフェとはまた違った赴きのカフェだった。

 静かで時間がゆっくり流れているような落ち着きのある雰囲気。自然と背筋が伸びたまま、適当な席に腰を下ろした。


「それで? 用事って言うのは?」


 注文を済ませ、本題へ。


「まずはこいつを見てくれ」

「何かの資料? ……変異体? あぁ、そう言えば他の配信者がよく話題にしてたわね」

「知ってるんだ」

「知らないのはあんたくらいよ。あぁ、でも唯名は知らないかも。あの子、あんたの配信以外見たことないって言ってたし」


 唯名は元々配信もしていなかったしな。


「つまりこの変異体を討伐するってこと?」

「あぁ、冒険者組合直々の依頼だ。報酬も良さそうだったから受けたんだけど。それとは別に、美里に丁度いいかもなって」

「美里に? ……たしかに、そうね」


 美夢は深く考え込んでから俺の考えに同意した。


「あの子、思念体に負けてからかなり本気で魔術を磨いてるし、いい機会かも。思念体ほど強くなくても、思念獣よりは遙かに強い。変異体を討伐できれば更に実力が付くはず」

「危険だけどな」

「それはこの道を選んだ時から覚悟の上よ。身内を失う覚悟もね」


 この姉弟の原点は、多くの配信者がそうであるように十三年前の思念獣の氾濫だ。

 二度とあの悲劇を起こさないため、その覚悟を持って配信者をやっている。

 それを心配するのは逆に失礼な話か。


「いいわ、美里に話して。きっと二つ返事で了承するわ。とはいえ、探索範囲が二十から三十の階層でしょ? 美夢たちはすでに攻略してるけど、流石に範囲が広すぎ。耐久配信になるわね」

「大丈夫か? 何日か風呂に入れなくなるけど。そういうの気にするだろ? 女子は」

「その辺のケアは魔道具でするから平気よ。魔術で代謝もかなり緩やかに出来るし、問題ないわ。でも男って楽そうでいいわね、ホント。この時ばかりは羨ましい」

「最悪、歯ブラシと髭剃りがあれば事足りるからな」

「大丈夫よ。推しが不潔でも美夢は変わらず愛し続けるから」

「普段はちゃんと清潔にしてるから安心してくれ」


 いわれのない悪評を訂正しつつ、運ばれてきたコーヒーに口を付ける。

 四人のスケジュールをもう一度合わせ直さないとな。

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