第16話 次の予定

 ダンジョンを出ると、すでに時計は夕刻を示していた。

 周囲にはすでに撮影ドローンを返却して帰宅する配信者も多く、俺たちもそれに習うようにして施設を後にする。

 その後はお決まりのように打ち上げに行って高級な焼き肉店で高い肉を焼く。命懸けの戦いの後はいい肉で腹を満たしたくなる。

 戦闘服に焼き肉の匂いがこびり付くまで打ち上げは続き、店を出た頃にはすでに夜になっていた。

 まるい月に見下ろされ、星空が目に映る。

 綺麗だとは思うが、やっぱり都会の夜空は物足りない。

 どこか地方の山にでも登れば、あるいは海を越えて外国に行けば、似たような景色を拝めるかも知れないけど、記憶が鮮明なうちは頭の中で景色を楽しめばいいか。


「本日はありがとうございました。とても良い経験になって一皮剥けた気がします。名残惜しいですが、ここでさようならです」

「そうね。次はいつにする?」

「え?」

「次の配信よ。今のうちからスケジュールを合わせておかないと。ちなみに美夢、明日は無理だからね。疲れてるし。あ、明後日もダメよ。メイク動画の撮影するから」

「姉貴のメイク動画人気だよね。ダンジョン攻略よりそっちのほうが再生数回るし」

「俺はいつでも」

「菖蒲っていつもそうじゃない? 普段なにしてんの?」

「大抵は寝てるか映画見てるかだな。たまに凝った料理とか作るけど直ぐ飽きちゃう」

「わかる。たまーに作ってみたくなるんだよね。作った後は二度とやらないってなるんだけど」

「まったく同じ。気まぐれっていうか、気の迷いだな」

「あ、あの」

「どうかした? 唯名」

「私、またコラボしてもよいのでしょうか?」


 俺たちは顔を見合わせた。


「ここに来てそれ言う? 一緒に死線を潜った仲でしょ? 水臭いわね。それとも、もう美夢たちとコラボは嫌?」

「いえ、とんでもない。そのようなことはありません。是非、お願いします。今後とも。えへ」


 嬉しそうな笑みを浮かべて、唯名を含めた四人のスケジュールを合わせる。

 基本的には配信の予定が詰まっている美夢と美里に俺と唯名が合わせる形だったけど。

 とにかく次の予定も決まり、一堂はここで解散となった。

 第四十一階層の魔物を問題なく斃せる配信者とはいえ夜道を一人で帰す訳にはいかず、近くまで唯名を送っていくことにした。


「弟の存在をこんなに疎ましく思ったことはないわ」

「そう? 僕はかなりの高頻度だけど」

「なんですって?」

「おー、怖。逃げよ」

「待ちなさい! こら、美里!」


 と、美夢と美里は仲良く帰路についている。今頃はまだ追いかけっこの途中かな。


「……夢のようです」

「うん?」

「ずっと憧れていました。好きな人と一緒の帰り道」

「これから後悔するかもよ? 俺の性格と言動に幻滅して」

「そのようなことはないと思いますが、けれど仮にそうなったとしても良い思い出になるはずです。この頬の熱さも、胸の高鳴りも、貴方の顔を真っ直ぐに見られないこの思いも、忘れられるはずがありませんので」

「なら、その思い出がいつまでも綺麗なままでいられるよう、俺も幻滅させないように頑張らないとな」


 そんなことを話した夜。


「この辺りで大丈夫です。ありがとうございました」

「そっか。じゃあ、またな」

「はい。また、また会いましょう」


 軽く手を振りながら帰路につく。

 さて、明日は休みだ。なんの映画を見ようかな。


§


「おや、そこにいるのは有名人じゃないか。サインをおくれよ」


 奥寺実樹おくでらみき、冒険者組合所属の冒険者で古来より続く魔術家系の出だ。

 配信者改め冒険者には二通りの人間がいる。元一般人か、元々魔術師だったか。日本古来から思念獣と戦って来た人たちだ。

 ダンジョンは世間から思われているほど最近になって現れたものじゃない。


「悪いが先約がいるんでね。三番目になるけどいい?」

「おやおや、それは残念。せっかくキミのブロマイドを予約したというのに」

「あれ買ったのか」

「格好良く映っていたからね」

「それは当然」

「相変わらずのようだね、キミは」


 からかうように笑って見せて、俺の隣について歩く。


「本部にいるってことは呼び出しかい?」

「そ。思念体を三体も討伐したもんだから報告書を出せとさ」


 紙束を実樹に見せる。

 お陰で見ようと思っていた映画がまだ見られてない。


「はっはー、キミの魔眼に掛かればさしもの思念体もお手上げか」

「かなり情報を渡しちまったけどな。ありゃ次に来る時には対策ばっちりだ」

「対策してどうにかなるようなキミじゃないだろ? 菖蒲」

「まぁな」


 なんとかしてみせるさ。いつもみたいに。


「じゃ、サインの予約をたしかにしたからね。あぁ、そうそう。菖蒲、キミたぶん面倒ごとを押しつけられるよ。さっき神宮じんぐうを見たからね」

「うわ、マジか……郵送で送りつけてやろうかな」

「はっはー、気持ちはわかるが観念したほうがいい。後々が面倒になるだけだよ」

「だな。覚悟しとく」

「それじゃ、また今度」


 角を曲がって去って行く実樹を見送り、ため息交じりに廊下を歩く。

 行き先に神宮がいないことを祈るはめになるとはな。

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