第15話 常闇
飛来する虹色の弾丸を、思念体暗駆は引き抜いた剣を犠牲にすることによって、軌道を逸らすことに成功する。
明後日の方向へと飛んでいく虹色には目もくれず、暗駆は半ばから折れた剣に闇を纏わせた。
闇が刃に変わり、剣が修復される。
「へぇ」
暗駆のベースとなった思念は恐らく人が抱く闇への恐怖か。
「鍛冶屋泣かせの能力ってわけだ」
「それだけじゃない」
修復された剣が闇を纏い、振るわれた一刀が黒い衝撃波を産む。それは木の幹に触れると呑むように切断し、木々を薙ぎ倒しながらこちらに迫る。
随分と威力が高そうだけど、衝撃波は衝撃波。同様の性質。波には波を、波紋をぶつけてやればいい。
指先に留めた虹色の弾丸をもって、黒い衝撃波を振り払う。
黒と虹、二つが対消滅した瞬間を狙って、至近距離にまで踏み込んでいた暗駆の剣が差し込まれる。鈍色に光る剣先が跳ねた。
「まぁ、そう簡単にはいかないよね」
左の手の平に虹色の雫を留め、波紋が広がり突きの軌道を受け止める。
勢いを完全に削ぎ、攻撃としては死んだも同然。
「でも、これならどうだい!」
静止した剣に再び闇が纏わり付く、暗駆が放つのは零距離からの黒い衝撃派。
威力の減衰がない、本来の威力を発揮した一撃だった。
まぁ、それでもこの手の平には届かない。池に大きな石を投げ込んだところで波紋は大きく広がるだけだ。
「マジ、かぁ」
手の平をそのまま押し込み、虹色の雫が鈍色の剣を粉々に打ち砕く。
同時に握り締めた右の拳で鎧の胴体を打ち抜いた。波紋を伴った殴打は軽く暗駆を吹き飛ばし、木の幹に叩き付ける。
暗駆はそのままずるずると地に足を付け、自らが纏う騎士鎧が粉々になっていることを知った。
「それも修復できるんだろ?」
「もちろん」
「じゃあ、あと何回壊せるかチャレンジと行こうか」
一瞬で間合いを詰めて闇を纏い修復された騎士鎧に、再び殴打を浴びせて破壊する。
背後の幹がへし折れるくらいの威力を打ち込んだが、中身はぴんぴんしている。
この騎士鎧が下手に耐久力のあるものだったら中身までぐちゃぐちゃになっていた。
自ら壊れることで衝撃を殺し、即座に修復する。
ある意味、理想的な鎧だ。
それに加えて破壊から修復の間をなくすため、暗駆は常に闇を纏っている。
「さっきから消極的だけど、なにか企んでる?」
三度目の破壊、そして立て続けに見舞った蹴りで四度目。
先ほどからずっと防御に徹している。たまに攻撃を差し込んではくるものの、それはすでに効果がないとわかり切っている剣撃や黒い衝撃波だけ。
それ以外に打つ手がないのなら逃げればいいのに、継続戦闘の意思だけはある。
それに。
「あぁ、なるほど」
ぴたりと攻撃の手を止めた。
「お前、勝つ気がないな」
図星をつかれたように、返事がない。
「流切と閃姫から話を聞いて俺の情報を仕入れに来たってところか。その点、思念体は便利だ。死んでも復活できるし、多少無茶な作戦でも実行に移せる」
負けても死んでも敵の情報だけは持ち帰ることが出来る。
「しみったれた負け犬根性だ」
「なんだと?」
「不満か? だったら無駄に長引かせてないでもっと無茶しろよ。死ぬ気じゃない、勝つ気で来い。でなきゃ俺から情報なんて引き出せっこねぇよ。それともお前は流切みたいにはなれないか?」
「……いいよ、わかった。ホントはそんな気なかったけど、こうも言いたい放題言われちゃね」
再度、修復した鈍色の剣に闇が纏わり付く。
「僕にも守護者としての誇りがある。情報じゃなく、キミの首を狙おう」
その宣言の元、常闇からウル・フェンファが大量に現れた。
「やっとらしくなってきた」
ウル・フェンファの群れが作り出す流れに紛れて暗駆は姿を消す。
探知魔術で位置を特定することは出来るがそんな暇が与えられることもなく、ウル・フェンファが牙を向く。
「雑魚はお引き取り願う」
虹色の雫を両手で潰し、飛び散った無数の飛沫がウル・フェンファの群れと貫く。
出現したすべての雑魚が散るも、その中に暗駆の姿はない。地上のどこにも見当たらず、常闇に隠れた訳でもない。
「上か」
視線もくれず、虹色の雫を乗せた手の平を天に伸ばし、黒い衝撃波を相殺する。
「頭の天辺に目玉がついてるのかい?」
「だったらどうする?」
「困るなぁ、隙を突けないじゃないか!」
伸ばした腕で手銃を作り、指先から虹色の弾丸を放つ。
暗駆はウル・フェンファの背に乗って木々の上を駆けて、こちらの攻撃を躱すと黒い衝撃波で虹色の弾丸を相殺する。
「そんな駄馬に乗ってて平気か?」
地面に虹色の波紋が広がり、それを蹴ったこの身が加速する。
一瞬にして距離は詰まり、暗駆は咄嗟にウル・フェンファを盾にしたが、それに大した意味はない。
指先から放つ新たな虹の弾丸が毛皮と肉を貫いて騎士鎧に着弾、地面まで一直線に吹き飛ばした。
これで五回目の破壊。
にも関わらず、地に落ちた暗駆の鎧は何事もなかったように修復される。剣の修復を含めればこれで七回目か。
「なんとなくだが読めて来たな」
何度壊しても修復される剣と鎧に加えて、戦闘開始当初の消極的な戦い方。それが戦闘を長引かせてより多くの情報を得るためなのは間違いない。
なら、暗駆には俺の攻撃を凌ぎ続けられる自信があったってことになる。暗駆は流切ほど攻撃力は高くなく、閃姫ほど身のこなしがいい訳でもない。
にも関わらず自信があるのだというなら、その源は剣と鎧にある。いや、それからもう一つだ。
この常闇が支配する階層だ。
「その剣と鎧は暗闇があれば何度でも直せる。そうだろ?」
「だったら、だったらどうするというんだい? キミの言う通りなら、僕を斃すことなんて不可能だ」
「いいや、可能だね。現に今、二通りくらい解決法が浮かんでる」
「……デタラメだ」
「試してみるか? 折角だし、手っ取り早いほうでいくか」
闇を纏った暗駆が身構える。
「唯名!」
「え、あ、は、はい!」
「悪いけど、さっきの超新星をもう一回やってくれる?」
「わ、わかりました!」
唯名の周囲に灯っていた星がウル・フェンファを巻き込みながら肥大化していく。
「文句ないよな? 先に一対一じゃなくしたのはそっちだし」
「超新星なら僕も見ていた。たしかに強烈な光で暗闇は払われる。だが、それはほんの僅かな時だけだ。その間に鎧を砕いても次の瞬間にはまた暗闇が修復する」
「さて、どうかな?」
星が肥大化し、自壊を始める。
「行きます!」
星の終わり、超新星爆発。その輝きは第四十一階層全域を照らし常闇を払う。
「な、なんだこれは!? なぜ、なぜ輝き続けている!」
そしてその輝きは太陽の如く、いつまでも途切れない。
「は、はは。そうか、そういうことか。
先天魔術は人が産まれながらにして持つ唯一無二。似た魔術はあっても、同じ魔術は一つもない。
俺の先天魔術の名は
視覚情報として得た対象の時間と空間を切り取り保存する。行ってしまえば写真みたいな魔術だ。
これを使えば一瞬で消えてしまう儚虹も、瞬く間に燃え尽きてしまう超新星爆発も、時間と空間ごと切り取って保存し続けられる。
「魔術って言うか、魔眼らしいけどな」
魔術に詳しい知り合いが言うには、だけど。多くの魔眼に標準装備されている千里眼の要素も持っていて、俺に視界的な死角が存在ないのも良い証拠なのだとか。
「これでもうその剣と鎧は修復できない。お前の負けだ」
「……いいや、僕は負けない」
そう言って暗駆は自ら剣を首筋に当てた。
「ここで散るとしても僕は再びキミの前に現れる。何度でも、何度でもだ。思念体に死はない。僕がキミに挑み続ける限り負けにはならない」
「その屁理屈が続くのはダンジョンのコアが破壊されるまでだ」
「そうなる前にキミに勝つさ。それじゃあまた会おう」
自ら首を斬り裂いて、暗駆は霧散した。
『菖蒲がまた勝った!』
『なんだったんだ? あの思念体?』
『自殺とかするんだな。まぁ、死なないからだろうけど』
『潔い、のか?』
『ただの撤退だろ? 復活するんだから』
『また襲撃してくんのか、あいつら』
『でもタイマンで菖蒲に勝てないってわかってるはずだから次は期間空くだろ。すくなくとも今回の奴が完全復活するまでは』
『じゃあ次は三体の思念獣が襲ってくるってこと?』
『そんなのわかんねーけどな。思念体のこと、っていうか思念獣のことすらまだよくわかってねーし』
『とにかく無事で良かった! 菖蒲はやっぱり強い!』
用が済んだので超新星の保存を解除、あっという間に燃え尽きて再びこの階層に常闇が戻る。
暗駆が木々を薙ぎ倒してくれたので、上を見上げると満天の星空が見えた。
「流石です、菖蒲さん。私の魔術をあんな風に活用するなんて、とっても驚きました」
「ふふーん」
「毎度の如く得意げになるよね、姉貴」
「そっちも無事みたいだな」
あれだけの数がいたにしては三人とも大きな怪我はしていなかった。
状況が不味くなれば暗駆の相手をしながらでも助けにいくつもりだったけど、お節介だったか。美夢たちのことをすこし甘く見過ぎているのかもな。
「でも、流石に疲れただろうし、腹も減ったな。ここでちょっと休憩するか。唯名は飯、持ってきてるか?」
「はい。この通り、手作りお弁当です。よろしければシェアしませんか?」
「しまった、美夢は今日市販品しかないわ!」
「は? 姉貴はいつも市販品だろ? というか自炊なんて一度も――」
「美里?」
「はい」
なにやら姉と弟の上下関係が見えるやりとりがあったが、とにかく互いに死角をカバーするように円になって座り、食べ物のシェアが行われた。
職業柄、いつダンジョンで遭難してもいいよう食糧は大目に持ってきている。
それらを用いて焼きサンドイッチを振る舞ったりと和やかな雰囲気が過ぎる。
「これこれ。これが食べて見たかったの」
そう言えばこれを作ったのって、バズる前最後の配信の時だっけ。
コメントで食べたいって言ってたっけな。
あの時はまさかリスナーが美夢一人だけとは思わなかったけど、あれもいい思い出だ。
「さてと、飯も喰ったし行こうか」
この後、俺たちは無事に虚穴を見付け、そこで配信を終了した。
唯名とはまた今後もコラボする予定だ。
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継続して読んでいただき嬉しく思います。
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