第14話 三度目

『唯名も中々やべー魔術持ってんな』

『名のある配信者の中でも間違いなくかなりの上位だわ』

『派手だし、威力あるし、画面映えするし』

『配信やれば絶対人気出るのに』


 唯名の配信がコメント欄で熱望される中、最後のウル・フェンファを虹色の弾丸に撃ち抜いた。

 死体が霞となって消え、戦いの痕だけが魔道具の明かりに照らされる。


「今ので最後だ。被害は?」

「美夢は特になし。ほかも大丈夫そうね」

「階層が一つ上がったから警戒してたけど、なんとかなるね」

『格好良かったぞ、刃衣もん』

「その呼び方は絶対やめろ」

「唯名も。あんな魔術が使えるなんてびっくりした。頼もしい限りだわ」

「えへ、褒められてしまいました。とっても嬉しいです」


 てれてれとしている唯名の頬がまだ赤いうちに移動を再開した。

 虚蜉蝣の巣はまだ姿が見えず、見付けるまでにあと何回か襲撃に遭いそうな雰囲気がしている。

 ただでさえ暗闇ばかりで景観が変わらない配信だ。定期的に思念獣が現れてくれるのは絵的に助かる。

 まぁ、それも楽勝で勝てるメンバーが揃っているからこそだけど。


「そう言えば唯名って元々、第四十階層にいたわよね? もしかして別の予定があったんじゃない?」

「はい。実は第四十階層の攻略があと少しのところだったので、それの完遂を。ですが、もしかしたら、その……」

「うん?」

「もう一度、菖蒲さんに会えるかも知れないと、そう思っていたりいなかったり。正直、期待していました」

「やだ、いじらしいじゃない。かーわいい」


 虎穴の出入り口で位置情報が重なったのは完全な偶然じゃなかったってことか。

 待ち受けていたってほどではないにしろ、唯名の行動があの結果を引き寄せた。

 だとしても出会いの再現になるとは思っていなかっただろうけど。


「ですので、私の予定は気にしないでください。元々、コラボを申し出たのは私からですので」

『唯名ちゃんも単なる推しってだけじゃなくて菖蒲ガチ勢かー』

『モテてるな、菖蒲』

『ジゴロか? ジゴロ野郎なのか?』

『実際、顔がいいし』

『強いし』

『ホストで喰って行けそうだよな』

『そして女を借金漬けにしてそうな美里』

「なんで僕にとばっちりがくるんだ! 菖蒲の流れだっただろ!」


 美里は目付きが鋭いことが災いして第一印象が悪くなりがちだ。

 いや、俺の場合は本当に第一印象が最悪だったんだけど。ともかく、人は初見の見掛けによって評価基準が上下する生き物だ。

 実際、一度でも一緒に行動したり配信を見れば美里の味方が百八十度変わり、そんな人間ではないとわかる。

 それでも弄られてしまうのは、返ってくる反応が面白いからなんだろう。

 あと、ネット特有の悪のり文化。このノリが定着した以上はもう宿命として受け入れるしかない。


「まったく」

『私なら殴られても平気だよ!』

『首輪で繋いで!』

『一生尽くします!』

「あははー、ありがとう。そういうことじゃないんだけどなー」


 前門の虎後門の狼だった。


「美里が弄られてる間に新手が来たわよ」


 本日二度目となる襲撃。徒党を組んで現れたのはまたしもウル・フェンファ。それを一度目と同じように殲滅すると、すこしの間を置いて三度目となる襲撃がきた。

 四度目、五度目と重なる。


「襲撃の感覚がっ、早くなってる気がするんだけど!」

「次から次に、切りがない!」


 連戦に次ぐ連戦でみんなに疲弊の色が見えて来た。

 朽壊刃衣の動きにも鈍さが見え始め、巨体な事もあってウル・フェンファに良いようにされている。肩に、腕に、足に、噛み付かれていた。


「私が引き剥がします」


 放たれた流星がウル・フェンファを貫いて馳せる。


「助かったよ、ありがとう」

「どう致しまして。しかし、これは……」


 決して間を置かず、次々にウル・フェンファが現れている訳じゃない。

 襲撃をしのぎ、安全を確保し、安心し切ったタイミングで見計らったように次の襲撃が起こる。

 まるで油断を誘うような間隔の開け方は、何者かの作為を感じるてしまう。

 これまでの襲撃には何者かの意思が介在している。


「美夢。すこしの間、頼む」

「え? えぇ! いいわよ!」


 美夢は頼ると嬉しそうに答えてくれる。

 その笑みを横目にしながら指先に魔力の雫を形成し、手の平に落とす。

 波打つ波紋が周囲に広がり、幾千幾万の木々を通過して階層全体に行き渡った。


「そこか」


 再び指先に魔力を集束。虹色に輝かせ、弾丸として放つ。

 常闇を貫き、ウル・フェンファの毛並みを掠め、木の幹を抉り、標的に直撃した。

 雨のように散る虹色の飛沫に、常闇に紛れる何者かが照らし出される。

 それは暗銀色の騎士鎧だった。


「凄い。こんなに早く気取られるなんてね。もうすこしこの子たちで様子見をしたかったんだけど」

「流切くんや閃姫ちゃんのお友達か?」

「そうだよ、僕は暗駆。二人が随分と世話になったみたいだね。キミという人間をもっとよく観察したかったけど、流石にもう無理っぽいね。腹を括るしかないか」

「腹を括る? どうやって。死んでも蘇るお前たち思念体に括る腹なんてあるのか?」

「おっと、揚げ足取りは止めてほしいな。ただの言葉のあやだよ」

「言葉のあや、ね」

「さて、じゃあキミにお相手をお願いしようか。あとの三人には申し訳ないけど、この子たちで我慢してもらおう」


 俺たちを囲むようにして現れるウル・フェンファたち。

 無数。その数はこの階層全土から掻き集めたのではないかと思うほど多く、常闇で瞳を光らせていた。


「菖蒲」

「まだ早い。それに相手が違うだろ、美里」

「……わかった」


 敗北が美里を強くし、会うたびに魔術的技量が磨かれているのが見てわかる。

 けど、まだその時じゃない。


「大丈夫よ。自分の実力くらい美夢も美里もわかってるわ。思念獣くらいなら美夢たちで対処できるから、気にしないで存分にやっちゃいなさい。足手纏いにはならないから」

「菖蒲さん。私も加勢したいですが、今の実力では不足でしょう。代わりに応援しています。ファイト」

「あぁ、見てな。今回も楽勝だ」

「言ってくれるねぇ。こう見えてダンジョンの覇者でコアの守護者なんだけどなぁ」

「不甲斐ない思念体ばかりでダンジョンも愛想尽かしてるよ」

「ははー。今のはすっごく、カチンと来たよ。ダンジョンが僕を? ありえないね」

「あり得ない話とは思わないけどな。だってほら、これから負けるわけじゃん? お前」

「僕は負けない」

「さぁ? どうだかな」


 鈍色に輝く剣が引き抜かれると同時に従えられたウル・フェンファが動き出す。

 それに会わせてこちらも踏み込み、思念体との三度目の戦いが始まった。

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