第9話 閃光
不意に響く、幼い子供のような声。ダンジョンの中という状況下にあまりにも相応しくない音。
声音を追って視線を向けた先にあるのは身の丈ほどある杯。その縁に腰掛けた一人の少女だった。
「配信者。いや、そんなわけ――まさかッ」
美里が少女の正体に気がついた瞬間、再び周囲の水が退く。
「朽壊人衣ッ!」
再び闇より這い出る朽ち果てた鎧武者。刃毀れした刀が天を指し、振り下ろされようとした刹那。
「ざこに用事はないんですけどー」
朽壊刃衣は閃光に飲まれ、その半身が消失した。
「なッ!?」
兜も残らず、千切れた腕が刀と共に水面に落ちる。
破壊された鎧は自重に耐え切れず、その身を打ち付ける前に霞となって掻き消えた。
「ざこはざこらしくしててよねー。閃姫ちゃんの用事はそっち」
「ご氏名とは光栄だね」
水面を進んで放心する美里の肩を叩く。
「下がってろ。俺が相手をする」
「だ、だが」
「わかるだろ」
「……くそッ」
大人しく引き下がってくれたか。相手と自分の力量差を認識できるくらいの冷静さが残っていた証拠だ。
「いまは不甲斐ない自分を呪いたい気持ちで一杯だろうけど、我慢の時だ」
美里と入れ替わるように前に出る。
「あんたが流切の言ってた人間でしょ」
「流切くんの知り合い? 彼、元気してる?」
「絶賛回復中。閃姫ちゃんがぼこして上げたから長引くかもねー」
杯の縁から飛び、派手に飛沫を上げて地面に下りてくる。
桃色髪のツインテール。衣服は配信者から奪ったものか? 戦闘服と同じデザインだ。見た目は小学生くらいの少女で、こちらを見下したような目をしている。
流切は人と狼がベースになっていた。なら、この閃姫はなにがベースになっている? さっき朽壊刃衣を破壊した閃光からして――
「光栄に思いなさいよね。この閃姫ちゃんが遊んで上げるんだから」
「流切くんの仇討ち? 思念体って仲間思いなんだ」
「あんなざこの? ないない。流切をぼこしたあんたをぼこせば閃姫ちゃんがさいきょーってことでしょ? あいつうざいし、一生楯突けなくさせてやるんだ-。あははっ! 悔しがる顔が目に浮かぶ!」
「ははー、残念だけどキミじゃ無理かな。流切より弱そうだし」
「は?」
「でも子供を嬲るのは絵的によくない。そういう意味じゃ流切よりやり辛いかな」
瞬間、閃姫の桃色の髪が閃光のように燃え上がる。
やっぱりか。閃姫のベースは人間だけ。人間が抱く火への恐れ。その思念が集まって出来たのが閃姫だ。
「閃姫ちゃんを馬鹿にしてッ! 許さないんだからッ!」
「始末が悪いな、ガキの癇癪は」
「その言い方ッ! ちょームカつくッ!」
光り輝く閃光のような火炎。朽壊刃衣を一撃で破壊したそれを、真正面から虹色の弾丸で撃ち貫く。霧散して散った火炎の向こう側に閃姫の姿がない。視界を塞いで企んでいることは一つしかない。
繰り出されるのは視野外から仕掛けられる火炎を纏った蹴り。それを左手を盾にして受け止めた瞬間、虹色の波紋が衝撃を完全に殺し切る。
直後、盾にした腕に右手を乗せて照準を定め、指先から虹色の弾丸を放つ。
着弾の寸前に閃姫は火炎でガードしたが、その上から爆ぜて吹き飛ばす。杯の山に突っ込み、がらがらと音を立てて大小様々な杯と盃が崩れ落ちていく。
「ムカ……つく――ムカつく、ムカつく、ムカつくッ!」
打ち上げられた杯たちが宙を舞い、雨のように降り注ぐ。
その只中で起き上がった閃姫は眩い閃光に包まれていた。全身が火炎に包まれている。いや、火炎そのものになっているのか。
思念体だからこそ簡単にやってのけられる芸当だな。
「ああああああああッ!」
怒りに身を任せ、言葉にもなってない声が響く。繰り出されるのは火柱を引いて馳せ、過程にある水面を蒸発させながらの直進。
瞬間的に距離は埋まり、先ほどまでとは比較にならないほどの破壊力を秘めた一撃は、けれどこの身に届くことはない。
その頭を掴み取り、受け止め、強制的に停止させる。
「体がッ、なんでッ、動かな――」
「下、見てみな」
水面を走る虹色の波紋。水中に仕込んだ弾丸。放たれたそれらは閃姫の腹部を穿ち、空中に舞い上げる。
「あぁ、そうだ。雑魚がどうのって言ってたっけ。じゃあ、その雑魚にやられるってのはどうだ? なぁ、美里」
視線をそちらに向けると、美里は察したように笑って魔術を使う。
「朽壊刃衣!」
水が退き、三度這い出る鎧武者。未だ半壊したままだが、一太刀浴びせるにはそれで十二分。
「ヤ、ヤだ! ざこなんかに! せめてっ、せめてあんたがいい!」
「お断り。ガキを斃すと好感度が下がりそうなんでね」
「そんな――」
刃毀れした大刀が振り下ろされ、閃姫は身を真っ二つに両断される。
悲鳴が木霊した。
「かっ、かな、らず……ぼこして、やるぅ」
そう言い残して閃姫は水面に辿り着くことなく霧散する。
『思念体二体目撃破!』
『菖蒲強すぎ。なにもんだよ、マジで』
『美里に花持たせてくれてありがとう!』
『もうマジ最高』
『配信者最強は菖蒲で決まりだな』
リスナーの賞賛はいつ浴びても気分がいい。
「思念体討伐おめでとう、美里」
「皮肉か? 手柄を譲ってもらっただけだ」
「でも、すっきりしたろ?」
「それは……」
まぁ、納得はできないか。
勝負にもならなかった。相手にされず、敵とさえ見做されなかった。
美里には実力があるが、まだ思念体を相手取れるほどじゃない。それを痛いほど思い知ったはず。屈辱的な敗北だったに違いない。
「なら次は美里が一人で斃せ。そうすりゃ納得できんだろ」
あれだけの実力差だ。土台無理な話か? いや、俺はそうは思わない。
「……あぁ。必ず斃してみせるさ」
聞きたかった言葉が聞けた。そう来なくっちゃな。
「妬けちゃうわね。男同士の友情って奴?」
「友情? そんなものを育んだつもりはないが?」
「何言ってんだ? 落ち込んでたから発破掛けてやっただけだけど」
「落ち込んでた? もしかして僕のことを言っているのならその目は節穴だよ」
「はぁ? あからさまだったろうが」
「はいはい! 美夢が悪かったわ。だから喧嘩しないの! 大きな弟が増えた気分」
「一緒にするな!」
「一緒にしないでくれ!」
『息ぴったりやん』
『兄弟かな?』
『仲良しかよ』
リスナーのコメントにまで煽られた。これ以上の反論は逆効果だな。俺と同意見なのか、美里も眉間に皺を寄せながらも押し黙った。それがまたタイミングが同じで、結局のところ配信終了まで弄られ続けてしまった。
「虚穴も見付かったことだし、今日の配信はここまでよ。チャンネル登録と高評価をよろしくね。それじゃまたね」
『お疲れ様でした』
『またこの三人の配信見たい』
『お疲れ。次も楽しみ』
配信が終了し、コメント欄の流れも完全に停止する。数え切れないほどいたリスナーはいなくなり、この場には三人だけが残った。
「ちゃんと切れたわね。うん、大丈夫。切り忘れもなし。それじゃ、あんたの用事を済ませましょうか。美里」
「あぁ」
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