第6話 虹の魔術

「それはさっき見た」


 風切り音を鳴らして身に迫るそれを虹色の軌跡が砕く。


「馬鹿が!」


 思念体は更にそこから粉々になった魔力片を掌握し、無数の砕けた刃を操ることで攻撃の二波を瞬時に構築する。


「へぇ、芸が細かい」


 なら、こちらも同じことをしよう。

 指先に集束させた虹色の雫を落とし両の手で叩く。潰れて散り、無数の粒となった虹色の飛沫が魔力片のすべてを撃ち落とす。

 流石は思念体、やっぱりそこらの思念獣とは格が違う。


「その魔術、儚虹むこうだな」

「よくご存じで」


 あの個体を構成する思念に、魔術に関するものがあったみたいだ。どこまで知ってるかはわからないけど、流石にこちらの手の内が筒抜けってわけじゃない。

 まぁ、問題なし。


「虹のように儚い魔術。強力だが持続性に欠け、一瞬にして消滅するゴミのはずだが。何者だ? 貴様は」

「俺? 冒険者兼配信者。絶賛バズり中の超イケイケな十九歳」

「ふざけおって、やはりガキか。だが……まぁいい」


 思念体の周囲に無数の魔力の刃が展開される。それらは列を成し、半球を縁取り、逃げ場を隙間無く埋めた。刃の枚数は数え切れないくらいある。

 幾千幾億、ここまで能力を展開できるとは正直予想外。


「どうせここで殺していくのだからな!」


 すべての魔力の刃が一斉に放たれ、無数のきっさきが迫る。風切り音の連鎖は悲鳴のように木霊し、これから起こる惨劇の先触れのようだった。

 その予告は外れることになるけどね。


「残念、それは無理だ」


 幾千幾億の刃が停止する。空間を切り抜かれたように。


「なっ、なんだと!? なにをやった貴様!」

「答える義理なんてこっちにはないよ。あぁでも一つ良いことを教えようか」

「なに?」


 再び指先に虹色の雫を作る。


「集束させて圧縮すると魔力は虹色の輝きを放つエーテルになる。魔術的上位エネルギーだ。それで魔術を起動すれば――」


 滴り落ちた雫が手の平で弾け、虹色の波紋を打つ。それは一瞬にして波及し、停止したすべての刃を打ち砕いて過ぎる。


「通常よりもずっと出力が高くなる」

「馬鹿……な」


 粉微塵になった魔力の刃が降る中で、思念体は体の半分を失っていた。今回の攻撃対象は魔力の刃と思念体自身。虹の波紋に飲み込まれて奴は致命傷を負った。

 まだ意識はあるが体を構成している思念の流出は止まらない。直に血が抜けたように霧散するだろう。そしてまたダンジョンが思念を掻き集めて同じ思念体を作り上げる。


「……いいだろう。負けを認めてやる。だが、心しろ。我はまた何度でも蘇り、必ず貴様を殺してみせるぞ」

「掛かって来なよ。俺がダンジョンを壊すまで、何度でも」

「我が名は流切りゅうせつ。その言葉、忘れるな」


 思念が完全に拡散し、仮初めの死が与えられる。思念体――流切が完全復活したらまた対峙することになるだろう。まぁ、あの程度なら何度来たって同じだけど。


『思念体にタイマンで勝つってマジ?』

『これもう最強だろ』

『そんな奴みたことないぞ』

『しかも圧勝してる』

『なにもんだよ、マジで』

『なぁ「歴史」を見てないか? 俺たち』

『もしかしたらホントにダンジョンを壊せるかも知れん』


 読み上げられる賞賛コメントを浴びつつ要救助者の元へ。患部はすでに医療魔術によってほぼ塞がっていて出血もない。以前として危険な状態ではあるが、これならダンジョンの外まで命が持つ。


「斃した? 思念体」

「あぁ」

「そう」

「リアクションが薄いな」

「大丈夫だってあんたが言ったんでしょ。推しの言葉を信じないファンがいる?」

「それもそう、なのか?」

「とにかく、応急処置は済んだわ。ダンジョンから運び出さないと」

「だな。流石に今回の配信はここまでだし、目標は未達成か」

「しようがないわ、人命第一だもの。剣と塗装スプレー買っとかないと――待って、菖蒲。あれ」

「あれ?」


 美夢が指差した先には一振りの剣があった。その辺に突き立てられたものと変わらず、鈍色の輝きを放っている。

 それがどうかしたのかと小首を傾げていると、輝きの中に黄金が紛れていることに気付く。近づいて拾い上げてみると、やはり欠けた刃から黄金が覗いていた。


「これ俺がさっき投げ捨てた剣か。ははっ、いいね。お陰で黄金の剣が見付かった!」


 魔力を込めた拳でノックするするように鈍色のメッキを剥がす。

 天井鉱脈からの光を浴びて眩しいほどに黄金の剣が輝いた。


§


 その後、配信は大盛り上がりの中で終了し、俺たちは急いで負傷者をダンジョンの外へと連れて行った。地上に戻ると直ぐにダンジョンの周辺施設である病院に運び込まれ、後のことは医者に任された。


「危うくミイラ取りがミイラになるところだった。俺は運がいい。助かったよ、二人とも。それじゃ」


 俺たちよりも先に駆けつけていた配信者も、担架で運び込まれる負傷者を見届けて、達成感溢れる表情をしつつ帰路についた。


「あの人、得したわね」

「得?」

「いま話題性抜群のあんたとこの美夢の配信に映り込んだのよ? いい宣伝になったんじゃない?」

「俺たちが駆けつけるまで負傷者を守ってたんだ。それくらいの旨味があっていい」

「まぁ……そうかもね。それくらいはね」

「じゃ、俺たちに出来ることもなくなったし、ちょっくらこいつを換金してくるか」


 滅多に現物が出回らない黄金の剣だ。相応の額になるに違いない。二人で山分けしたらまた美味いものでも喰いに行こうか。なにがいいかな? 焼き肉は昨日食ったし、寿司もいいな。

 ほかには――


「待った」

「ん?」

「その剣、美夢が買い取るわ」

「え、なんで?」


 美夢が見付けたからと所有権を主張するとか、山分けじゃなく分け前の増額を要求するとか、それならまだわかるんだけど買い取るとは?


「二人で見付けたんだから換金して山分けで――」

「それじゃダメ。初めてのコラボ配信だもん、記念品がほしい」

「だからこれ?」

「そう。大丈夫よ、蓄えはあるから」

「んー……」


 黄金に輝く剣に目を落とす。太陽の光を受けて輝く金色は鏡のように世界を反射している。重く刃も潰れていて武器としては使えないが芸術品としての価値は高い。まだ全世界でも数本しかない、希少な剣。値段にすれば1000万を優に越える代物だ。

 けど、まぁいいか。


「ほら、金はいらない」

「え? でも」

「美夢のお陰で絶対に見られない景色を見せてもらったし、これからも見られる。その礼にしちゃ安いほうだ。黄金の剣くらい」

「……大事にする」

「そうしてくれ」


 差し出した黄金の剣を受け取った美夢はそれを宝物のように抱き締めた。



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