第4話 トラブル
『来た!』
『コラボ!?』
『ここどこ?』
『あ』
『アーカイブ見て来ました!』
『どうも古参リスナーです』
あからさまな嘘を吐いているリスナーもいるが。ともかく今までに経験したことのない人数が配信に来てくれている。
「おおー、俺の配信に人がこんなに」
今朝はえらく驚いたものだけど、増えた数字を見るのは素直に嬉しい。これが底辺では決して見ることの出来ない天上の景色か。
「うんうん」
「俺より満足そうだな」
「当然でしょ。推しが喜んでるんだから」
「あぁ、隠さないんだ」
「推しが目の前にいるのよ? 隠しても滲み出るわよ」
「あっそう」
たしかにこれまでの反応を見れば、隠してもリスナーにバレるのは時間の問題か。それなら最初から包み隠さずに宣言しておけば妙なトラブルに発展しない、のかも。その辺の事情はさっぱりわからん。
『付き合ってんの?』
『美夢ちゃん彼氏いたの!?』
『いや、いつも話してる推しがこの人なんでしょ』
『あぁ、あの滅茶苦茶強いって言う』
『どんなもんか見せてもらおうじゃん』
「自分の配信で俺の話してたのか?」
「名前はぼかしてたわよ、ちゃんと。迷惑にならないように」
「それで最初からこんなに受け入れられてるのか」
突然現れた得体の知れない底辺配信者じゃないってわけね、リスナーの中では。
「それじゃ告知した通り、美夢の推しとのコラボ配信を始めるわよ! 現在地は第三十二階層、剣の丘! だけど、ただ攻略するだけじゃつまらないから達成目標を決めるわ!」
『達成目標?』
「そ。このずらりと並んだ剣。この中に一振りだけ黄金の剣が混ざっているらしいの! それを見付けるわ!」
天井の輝く鉱脈から剣は落ちてくる。その鉱脈内で色々と条件が重なることで剣が黄金に輝くのだとか。ほんの僅かな本数だが実際に地上に持ち帰られたこともある。
無数にある剣の中から見付けるのは至難の業だし、そもそも三十二階層まで来られる人材も多くないからかなり見付かり辛いことで知られている。というかほぼ無理。
『いいじゃん、見付けてほしい』
『配信内で見付かる? それ』
『普通に見て見たい』
『見付からなかった時は?』
「見付からなかったら後日、普通の剣を金色に塗装する配信をするわ」
『草』
『自分から黄金にしていく』
『虚無配信になりそう』
『それはそれで見たいけどな』
「もちろん、その時はあんたにも手伝ってもらうから。よろしく」
「塗装スプレー買っといたほうがいいか?」
「最初っから諦めてんじゃないわよ。目標に掲げたからには達成を目指してこそでしょうが。ほら、行くわよ」
明らかに達成できそうにない目標だけど、このコラボ配信に明確な目標が出来たのは事実だ。リスナーの反響も悪くないし、罰ゲームと称して次の配信にも繋げている。
これもすべて計算尽くか? 俺よりよっぽど色々と考えてるし、少しは見習うべきかもと思い始めてきた。
『菖蒲って配信歴何年なの?』
「そうだな、五年くらいか」
『五年もやってて今まで見付からなかったってマジ?』
「そういうこと。ちなみに昨日の配信は同接4だった」
『4!?』
『4で草』
『四天王かよ』
『アホみたいな大出世してて笑う』
携帯端末で確認してみると、コメントが見たことのない速度で加速している。
もはや目では追い切れないくらい。
元々、コメントは美夢の凶人っぷりのお陰で同接の割にかなりよく来るほうだったけど、これは本当に別次元だ。自分の配信がこうなっているなんて未だに信じられない。
『初見なんだけど、虚蜉蝣ってなんで人間だけ巣に入れてくれんの?』
『共生関係にあるから』
『普通、外敵を巣の中には入れんやろ』
『虚蜉蝣は空間を歪めて外敵を遮断してる。人間が入れるのは外敵の思念獣を
配信を見に来たリスナーの中には完全な新規層もいるらしく、コメントでは質問が相次いでいる。リスナーが質問したらリスナーが応えてくれるから楽だね。
『この流れで聞きたいんだけど思念獣ってなんで死なないの?』
『思念獣が実体を持ってないから』
『ちょっと違う。思念の集合体で実体自体はある。ただ原材料が人や動物の思念だから斃しても散るだけで時間が立つと再集結する』
『幽霊じゃん』
『ダンジョンがそう言う特性を持ってるんだよな。思念を吸い込む』
『じゃあ斃しても無限に復活するってこと?』
『一応、ダンジョンの機能を停止させれば復活は止まるらしい。そのための配信者、つーか冒険者』
『らしいってことは前例があるのか』
『どっかの国の滅茶苦茶小規模なダンジョンで実証済み』
『最近、中国のほうでまた思念獣が地上に出たらしい。犠牲者は少なかったけど、日本も明日は我が身だからな。実際、十三年前にも起きてるわけだし』
十三年前は俺もまだまだガキだった頃の話で、今でも記憶に焼き付いている。
思念獣の氾濫は人々から大事なものを奪っていく。地震や津波と違って、これは人間の手で防げる災害だ。俺の世代で氾濫なんてさせて堪るか。
『助けて』
『たすけて』
『tasukete』
『は?』
『なんだ今の』
『助けて』
『また来てるやん』
『荒らされてて草』
『たすけて』
『おい触るな。無視しろ』
『三十二階かいs隠れるて助けて』
第三十二階層。
俺たちがいる階層。
「これって本物? それとも狂言? 愉快犯だと人間性を疑っちゃうけど」
「今回は複数のアカウントからコメントが来てるし、配信のリンクも張られてるわ。
終了してるみたいだけど。撮影ドローンが破壊されたのかもね」
「なら本物の救助依頼ってことでよさそうだな。どれ、じゃあちょっと捜してみようか」
「捜すって、もしかして」
「そういうこと」
指先から雫が落ち、手の平で跳ねる。生じた波紋が地平線に向かって波打ち、通過したモノの情報が俺に届く。
探知対象を人間に絞ることで他のリソースを探知範囲の拡大に費やした。お陰で要救助者がどんな状況に置かれているかはさっぱりわからないけど、位置だけははっきりと探知できる。
「見付けた。ほかにそれらしい人もいないし間違いない」
『は?』
『嘘だろ、マジ?』
『なんでそんなこと出来んだよ』
『一階層分丸々範囲にしたってこと? そんな探知魔術とか見たことないぞ』
「どう? これが美夢の一番推しよ」
「自慢げに一番弟子みたいに言うな。ほら、行くぞ。空は飛べるか?」
「飛べるから連れてって」
「そこは大丈夫って行って欲しかったんだけどな」
しようなく美夢の手を取って飛翔。緊急事態につき撮影ドローンの最高速は考慮しないことにして全速力で空を飛ぶ。途中で降り注ぐ剣をすべて躱して要救助者の元へ。
「見付けた」
そこに突き立てられているのは山と見紛うほど巨大な剣。その麓に走る大地の亀裂にさっきまで隠れていたはずだけど、ここに来るまでに状況が変わったのか亀裂の外で思念獣に囲まれていた。
あの姿からして俺がさっき斃したのと同じフィル・クィラだ。
「こっからは自由落下で」
「え? あ、ちょっと!? ひゃっ!」
飛行を解除して要救助者の頭上で自由落下を開始。
指先に魔力を集束させて虹色に輝かせる。ぐんぐん近づく地面に焦ることなく照準を合わせて放出。虹色の弾丸が五つほどに分かれ、配信者を囲むフィル・クィラを貫いた。
攻撃で魚群を散らしつつ、停止していた飛行魔術を再起動。地面スレスレのところで浮力を取り戻し、軽く着地を決める。
「よっと。大丈夫か? あんたは大丈夫そうだけど」
「い、今のはあんたが? あ、あぁ、助かったよ。でも、それより!」
軽傷しかしていない彼の視線の先には腹部を負傷した男がいた。戦闘服に滲んだ血は広範囲に及び、今も傷口から溢れ出ている。
一目見てわかる重傷だ。傷がこれだけ深いなら今からダンジョンの外に運んでも持たないな。
「フィル・クィラにやられたのか。いや? この傷は――」
傷を観察しつつも空中を泳いで迫り来るフィル・クィラを気配で探知、指先を向けて虹色の弾丸を放つ。新手の登場に様子を窺っていたみたいだけど流石に痺れを切らしたか。
「菖蒲!」
ふらりと美夢が地に足を付ける。手にはゴシック調の黒い傘が握られていた。絵本みたいに落下速度を落とす魔道具か。
「美夢がなんとかするわ。救ってみせるからここは任せなさい」
「なんとか出来るのか?」
「当前でしょ。出来なきゃ言わないわ」
「だな。じゃあ任せた」
言葉通り美夢に任せて俺は魚群となって周囲を回遊するフィル・クィラの殲滅だ。
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