禁忌噺に纏わる事項

猫科狸

禁忌噺に纏わる事項

とりあえず一度だけ、下記の話を読んでみてください。


【炊飯器】


 宮城さんは大学進学を機に、初めて一人暮らしを始めた。お金も無かったが、生活に必要な家電等は様々な手を使い、安く手に入れることができた。その中でも、近所のリサイクルショップで手に入れた炊飯器はほぼ新品で、型式も新しく、家電の中で一番のお気に入りだったという。

 ある日の事。炊飯器でお米を炊いていると、何だか異臭がする。最初は気の所為だと思っていたのだが、炊飯器から上がる水蒸気がどんどん臭くなる。

何だか変だと思い、炊飯器の蓋を開ける。その瞬間に一気に臭いが部屋中に広がった。吐きそうになるのを堪えながら、しゃもじをお米に突っ込んだ時、ぎしゅり、と嫌な感触が手に伝わってきた。

 中を覗くとそこには顔があった。皮膚はふやけ、肉がめくれ、目も歯も、ぐじゅりと崩れている、原型を辛うじで留めているような柔らかい顔が、しゃもじによって額から半分に割れていた。

宮城さんは、恐怖のあまり勢い任せに炊飯器をぶん投げた。中身を撒き散らしながら落ちた炊飯器には顔は無く、炊きあがったお米が床に溢れている。ふと気が付くと、部屋に充満していた臭いも消え去っていた。

 この日以降、宮城さんは米の炊きあがる臭いが苦手になり、現在では自炊を全くしていないのだという。




【覗く】


 会社員の美紀さんが大学に入学したての頃、電車の座席でウトウトしていると、急に視線を感じた。顔を上げると、目の前に40代くらいの黒いワンピースを着た小綺麗な女性が立っている。女性は猫背気味になりながら首をぐねりと曲げた姿勢で、美紀さんの顔を覗き込んでいた。変な人だ、と怖くなり、美紀さんが座席から立ち去ろうとした瞬間、女性がグッと腕を掴んできた。

腕を振りほどこうとするが、女性の細い腕からは信じられない程の力が伝わってきて離れられない。女性は腕を掴んだまま、顔を近づけて甲高い声で語りかけてきた。

「ねえ、明日−−だら?」

恐怖で悲鳴を上げた自分の声で目が覚めた。顔をあげると、目の前に立っている会社員風の男性が怪訝な顔をしている。腕には先程まで掴まれていた生々しい感触が残っており、その日は大学を休むことにした。

「同じ日に、私が乗っていた電車で男性の人身事故があったとの事でしたが、それと関係があるのかは分かりません。」

 美紀さんは今でも、不意に黒いワンピースをみると少しだけ、鳥肌が立つという。




 上記の話は二つとも内容は違いますが怪談です。何となく分かりますよね。私が知人に連絡を取り、遠方を必死に駆けずり回って、聞いて、探してきた話なんです。嘘だーとか、創作だー、なんて思う方もいるかと思います。でも、実際にあったことなんです。

もちろん私が実際に体験した訳では無いんですが。私に体験談を教えてくれた方は、言っていました。

「本当にあった事なんです」


まあ、そりゃ当事者は本当だと話すだろう、と思うかもしれませんが、私もこの話は

「真実」

だと考えています。そう考えざるを得ないのです。


 ここからお伝えする事は本当のお話です。信じたくない方は信じなくても構いません。 上記二つの話。私はこれらの話を、地方在住の、それぞれ別の方から聞きました。この二人は、互いに知り合いだったり、顔見知りだったり、共通の繋がりはありません。全くの他人です。唯一の繋がりで言えば、二人とも怪異体験をしている、そしてそれを私に伝えている、ということでしょう。

他にも怪談話、不思議な体験談を教えて下さる方もたくさんいます。内容でいえば、もっとショッキングな、不気味な話もあります。正直、それらの話に比べるとご紹介した話は内容的に微妙な部類です。

 では、なぜ上記の二話をわざわざ選んでご紹介したのか。この二つの話には共通点があるんです。それは

「同じ話を何度か聞いている」

という事です。

それぞれ最初に話をしてくれた人とは別の人達から。

そして、同じ話を何度も聞くようになったのは、この二話を纏めて文章に起こしてからでした。色んな方から連絡が来るんです。

「聞いてください、怖い話ありますよ」

って。

それで聞いてみたら、細かい部分は違いますが、必ずあの二話の内、どちらかを話してくるんです。


 もちろん、この話を聞いてから公表したのは今回が初めてです。元の体験談を聞かせてくれたお二人が、誰か他の人に既に話を伝えていた可能性も当然あると思います。ですが、連絡をしてくる方々は全員、住んでいる場所も違えば、年齢も様々で、お互いに繋がりもある方々ではありません。

そして、細かい言い回し等は違えど、全く同じ話をしてきます。私も初めは、もしかしてネットやSNS等で有名な話なのか?と調べたりもしました。私が知りうる限りでは、ネット上、文献でもこの二話を探すことはできませんでした。そして皆言うんです。

「本当にあったと聞いています。」


 所謂怪談、怖い話を集めたり、好きな方はよくあると思います。この話聞いたことがある、と。取材や聞き込みで怪談を探していると、似たような話を耳にすることは多いです。

ただそれは有名な都市伝説であったり、定番の怪談であったり、有名人がテレビで話していたものだったりが多いです。

しかし、あの二話は、定番でもなければ、有名でもありません。物凄くインパクトがあるわけでも、斬新なわけでもありません。


 今現在、世の中にはたくさんの怪談が存在しています。それらは記憶の片隅に消えていったり、伝承で伝えられていたり、娯楽として楽しまれていたり。無数に存在しています。その中には、

「嘘」

もあれば

「本物」

もあるでしょう。

 私は思うのです。その無数の話の中には、絶対に触れてはいけない、関わってはいけない

「禁忌噺」

があるのではないかと。

私は、その「禁忌」に触れてしまったのでないかと。私の行動がきっかけとなり、何かを気付かせてしまったのではないかと。そして、それは私をきっかけに、じんわりと、根を張るように、自身の存在を、広げているのではないか。

私はただ、怪談を聞いて、文字にしただけなのです。ただ、それだけです。


最初に皆さんにお伝えした二つの話は、恐らく「禁忌噺」なのだと思います。本来であれば、触れるべきではない、既に終えておくべき話なのだと思います。ですが、今回は皆さんに是非知ってほしかったのです。


私はこのままでは怖いのです。


私の勘違いではないのか。


ただ、知らないだけで有名な話なのではないか。


この話は果たして本当に「禁忌」なのか。


もし本当に「禁忌」なのだとしたら、直接「禁忌」を犯した私は、どうなるのでしょうか。


話が私のところに来るたびに、「体験者」の説明が、徐々に具体的になってきており、それが私と似てきているのです。出身、風貌、名前、職業、諸々が。


「禁忌」が近づいているんです。


皆さんにお伝えしておく事で、私はこれが、本当に「禁忌噺」なのかを証明しようと考えています。ただ、伝え、広めることで、懸念もあります。


皆さんは、百匹目の猿現象、グリセリン結晶化現象をご存知でしょうか?集合的無意識という言葉を聞いたことがありますか?


この話が本当に「禁忌噺」だった時、私の元へ「禁忌」が行き着いた時、私はどうなるのでしょうか?「禁忌」はどうなるのでしょうか?


最近、何か違和感はありませんか?


漠然とした、不安を感じていませんか?


部屋でどこからか、腐臭がしませんか?


何かに覗かれているような気はしませんか?


あなたはこの話、聞き覚えがありませんか?


既に「禁忌」を、知ってはいませんか?


あとは、宜しくお願い致します。


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