第四十一頁【おとろし】
【おとろし】
手足が足りない気がした。
両腕二本にそれぞれに五本の指。
二本の足。
これでは足りない気がしていた。
それはずっと昔からそう。
けれど私達はまだマシだった。
普通の人には手足が二本ずつと、五本ずつの指しかない。
けれど私達は二人で一つの姉妹。
村の巫女を務める私――カサネと妹のヨリコは、それぞれに二本ずつの手足と五本ずつの指を持ち合わせている。
私達はずっと昔から二人で一つなのだから、それは手足が四本あって指が十本ずつあるのと同じなんだ。
けれど頭は一つしかいらない。
頭が二つあったら、思考が混乱してままならないから。
けれど、片方が使い物にならなくなった時に使えるストックにしておくにはいいか。
本当は、羨ましかった。
ヨリコちゃんの、その長い黒髪が。
本当は私も、絹の様に美しい長髪を風になびかせていたかった。
けれど大人達は私達を区別する為に、どちらかが髪を短くする様に言った。
私はその時のヨリコちゃんの浮かない表情を見て、長い髪を譲った。
本当は私も長い髪が良かった。けれどヨリコちゃんもきっとそうなのだと言う事がわかって私は我慢した。
ヨリコちゃんは、ずっと私の後についてきた。
何を決めるのにも私の判断を仰いだ。
そして考えるのはいつも私で、その決定は常に正しかった。
私達は優秀だった。それは同一としての評価だった。
けれどヨリコちゃんはいつも何も考えていなかった。
本当は私が考えて決めた事なのに、ヨリコちゃんもそうした事かのように、お父さんもお母さんも村の人達も私達を褒めた。
ヨリコちゃんは本当は何もしていないのに。
ヨリコちゃんは愚図なの。
でもいいの、ヨリコちゃんは私の予備だから。私が壊れたら、その時に使うからそれでいいの。
本体は私。
考えているのは私。
ヨリコちゃんはただの予備なの。
よかった……。
頭の予備があって。
こんな事になるとは思わなかったけれど、もう駄目になってしまっているから取り替える事にする。
今度は私が長い黒髪になるの。
裁縫道具の鋏が、脂で汚れて上手く切れない。
何度も何度も拭き取って削ぎ取った。
ヨリコちゃんとはこれでさよなら。
でもこれでいの。
ヨリコちゃんも
私の為になんでも差し出すって。
だから鋏をお腹に差し込んだ時も、ヨリコちゃんは何にも言わなかった。
――笑ってた。
幸せそうに。
二人で一人だった私がようやく一つになる。
何度も何度も鋏を突き立てるから切り口がガタガタになってしまった。
腕を落とすのはとても無理そうだったから、指を一本ずつ切り落として指の隙間に縫い付けた。
ああこれだ。やっぱりこれだ。
それぞれに十本の指。
黄色い糸で縫い付けて、少し滑稽だけれど、ひとまず形にはなった。
あったかい血が指の隙間を通っていくのが心地よい。
ああ、でもなんだか考えがまとまらない。
病院で毒を沢山飲まされてから、この脳はもう駄目になったんだわ。
早く取り替えなければ。
ゆっくりゆっくり、美しい髪を切らないように。
脂でたぎった鋏を何度も拭って。
ぞりぞりと削ぎ落とす。
ニット帽のようになったので、頭に被った。
温かい。
ヨリコちゃんの髪が遂に私の物になった。
じきになじんで駄目になった頭も良くなる。
さぁ、これから頑張って足を千切って縫い付けるの。
大丈夫、裁縫は得意だから。
指も十本あるし。
その時ボトリと、重力に負けて指の二本が足下に落ちた。
指の間に黄色い糸で何重にもして縫い付けていた指が落ちた。
――そこにあった血溜まりの中にヨリコちゃんが落ちていた。
予備を使ったのでもう彼女にはパーツがない。
結局私の予備でしか無かったこの女は誰だったのだろう?
この足元に転がった醜い人形は。
うつ伏せの姿勢で、頭は削がれて手の先から指が無くなっている。腹から赤い腸が飛び出して全身が血に濡れている。腰から下はこれから無くなる。
ああ
「お姉ちゃん」
人形が喋った。
だから私は「ヨリコちゃん」と答えてあげた。
――――――
『おとろし』
・出現地域:秋田・福島・福岡
長い髪に覆われた、巨大な顔をした獣の様な姿で描かれる。
解説がない為に正体不明の妖怪。
「おそろしい」という言葉が変化して『おとろし』と呼ばれるのだとされる。
『画図百鬼夜行』では鳥居の上に描かれる。その事から連想されたのか、近年の妖怪図鑑では、不信心者や悪戯をする者を見つけると上から落ちて来て踏み潰されると解説されている。
『百怪図巻』『画図百鬼夜行』のいずれでも『わいら』と『おとろし』が順に描いていることから、「恐い(わいら)」「恐ろしい(おとろし)」と二体で一対の妖怪とも言われる。
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