第6話 腸で蠢くモノ

 結婚して八年目、私達夫婦には子供が居ません。

 不妊治療を始めてもう二年が経ちます。終わりが見えない不安に私は押し潰されそうになっていました。


 私にはある日課があります。歩いて行ける距離に神社があり毎朝お参りをする事です。

 今朝もいつもの様に神社で手を合わせていました。


「神様、どうか無事に授かります様に」


 私は願い事を終え、顔を上げた瞬間、急に突風に襲われました。

 砂埃を含む風にしゃがみ込みしばらく顔を押さえうずくまっていると指の隙間から覗く草むらの先に白く動くモノが見えました。


「なんだろう?」


 私は草むらの近くまで寄るとそこには真っ白な蛇が居ました。

 よく見るとその蛇の尻尾がコンクリートブロックの下敷になってしまい身動きが取れない様です。


「可哀想に、誰かが悪戯でもしたのかしら?」


 私は本来、蛇は苦手でしたが勇気を出し、そのコンクリートブロックを動かし蛇を逃しました。

 真っ白な美しい蛇は私の顔を見て舌をチロチロと出すと草むらの奥に逃げて行きました。


「次は気をつけるんだよ」


 私は蛇に小さく呟き、神社を後にしました。


 その夜、私は夢を見ました。

寝ている私の口の中に助けた白い蛇がスルスルと入っていく夢です。

 蛇はどこまでも体内に入り込み、喉を通り、胃を抜け、やがて腸の中で蜷局を巻いている。そんな夢でした。

 私は目を覚ますと妙にリアルな夢に困惑しました。


「なんだろう?疲れてるのかしら?」


その日からです……


“ズルズル”


 お腹の辺りで何かが動いている感じがします。


 掃除をしている時も


“ズッズッズッ”


 料理の支度をしている時も


“グッグッグッ”


 お腹の中で何かが動いているのです。

 動きを感じると不思議と嫌悪感は無く、私は何故か多幸感に包まれていました。


 念の為に病院で診察してもらってもなんら異常は見られません。


“ズルズル”


“ズッズッズッ”


“グッグッグッ”


 動きを感じる度に私はお腹に手を当て、不思議と湧き出る多幸感に酔いしれていました。

 上手く表現するならこれは“母性”に近い物だと思います。


 お腹に動く感覚を覚えてから日を重ねる事に私の体重は落ち、顔付きも少しづつ変わっていきました。


「おい、最近痩せすぎじゃないか?」


 見かねた夫が私に声を掛けます。


「それにニヤニヤお腹を触ってどうした?」


 私は構わず、お腹を触ります。


「それだよ!それ!一体どうした?」 


「構わないでくれる!?」


 私は夫の追求に嫌悪感を覚え、冷たい言葉を口にしてしまいます。


「一体どうした!?そのお腹を触るのを辞めてくれよ!」


 そう言うと夫はお腹を触る私の手を無理矢理離そうとします。


「辞めて頂戴!」


 私は夫に対し嫌悪感から怒りに変わり思い切り突き飛ばしてしまいました。

 突き飛ばされた夫は玄関の段差から足を踏み外し、靴箱に頭を打ちつけ血を流し倒れ込み、やがて動かなくなりました。


 私が動かない夫を無感情に眺めていると


“ズルズル”


“ズッズッズッ”


“グッグッグッ”


 いつもより激しくお腹が動きました。


 私はその蠢くモノを愛おしく手で触ると笑みが溢れてしまいます。


“ズルズル”


“ズッズッズッ”


“グッグッグッ”


「動いてる……動いてる……可愛いわ……」


私は幸せでした。




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