第24話 延長戦!?

 一気に場が静かになった。

 ただ真と光、二人の激しい息遣いだけが聞こえる。それが段々と笑い声に変わり、起き上がった光は真の元に歩み寄るとハイタッチを交わした。そして真の肩に寄り掛かると遙の方を振り向く。真も、口元から血を流しながらも遙に目を向け、「ふっ」と鼻で笑う。

 そして二人同時に笑顔で口を開いた。

『遙、勝ったぞ!!』

 尾形にでなく、その隣に立つ優子にでもなく、遙だけに向けられた言葉。

 きゅうっと胸が熱くなり、今まで感じた事が無い衝動が遙の背を押す。

「光っ! 真っ!」

 目に涙を浮かべて、しかし満面の笑顔で遙は二人に駆け寄り、両手を広げて飛びつく。

「いてっ! 遙、こっちは怪我人なんだから優しくしろよな」

 光が大袈裟に顔を顰める。真もそれに便乗して、「遙のせいで怪我が酷く……」と言いだす。

「何よ、ここは感動の抱擁でしょ!?」

 遙は口を尖らせ、不機嫌そうにそう言うと、「ぷっ」と吹き出した。

「あんたたちは本当にバカね」

 くすくすと肩を揺らして笑う。いつの間にか尾形と優子、白麗勢が集まっていた。

「遙さんも無茶ばかりして……」

 皆が笑い合う中、優子は腰に手を当てて溜息を吐く。しかしその顔には苦笑が浮かんでいる。和やかな空気。しかしそれを破るものがあった。

「こらーっ! お前ら、何してる!」

 その場にいる全員の視線が向いた先。そこには自転車から降りる警察官の姿があった。腰に付けている無線機を口に当て、応援を呼び始める。

「やべっ」

「お前ら、逃げるぞ!」

 光と真の言葉を皮切りに、蜘蛛の子を散らすように不良たちが一斉に逃げていく。

 遙も、掴まってはかなわないと走り出したが、吉田と綾部が気になり振り返った。二人とも気が付いたようで、取り巻きたちに支えられながら立ち上がっているところである。その綾部と目が合った。口元が動くのが見て取れる。

「貴女の事、諦めませんからね」

 そう言われた気がした。周りの騒々しさに飲まれてしまったが。

「優子、ちょっとごめん」

 少し遅れ出していた優子を、真がひょいっと抱え上げる。それは遙憧れのお姫様抱っこ。

「いいなあ~……」

 思わず呟きが漏れる。それを耳聡く聞きつけた光が、走りながら遙を見て、面倒臭そうに眉を寄せ口を開く。

「あんなん走りにくいだろう……仕方ねーなー」

 そう言って立ち止まると、遙の腕を引き寄せ「よっと」と抱き上げた。

「お前、やっぱ重いな」

「失礼ね! 勝手にやっといて……」

 目が合う。意外にも近い距離に、二人は口を噤み暫し見詰め合った。そして同時に顔が赤く染まる。

「や、やめたやめた! 腕が千切れちまう」

 抱き上げたまま、ふいっと顔を逸らす。そう言いながらも腕の力を抜かないのがいかにも光らしい。

「そ、そうよ。初めてのお姫様抱っこがあんたなんて……」

 遙がそう言った時だった。いきなり光の腕から力が抜け、落とされそうになる。しかし慌てて抱え直すと、光は引きつった顔を遙に向けた。

「お前、あの時起きてたのか?」

「あの時?」

 遙は頭の中で過去を振り返る。

 光にお姫様抱っこされた記憶なんて……

「おい! 光、遙。何突っ立ってんだ!? 急げ!」

 焦る真の声に、二人は我に返ったように後ろを見た。応援のパトカーがすでに何台か集まってきている。

「あーもうっ! こんなめんどくせーのは止めだ!」

 遙を地面に下ろすと、光は「今度は暴れんなよ」と言いながら腰を抱き、担ぎ上げる。そして「喋ってると舌噛むぞ!」と言うと、光は駆け出した。

「何であんたはこういうやり方しか出来ないの~っ!」

 遙の絶叫を響かせながら。




「喧嘩で遅刻。お前らだけならまだしも、後藤までとはな」

 腕を組んだ徳井は、今にも溜息を吐きそうな表情で口を開いた。徳井の前には、優子を除く四人が立っている。

「そう言っても徳ちゃん、俺たちは巻き込まれただけだぜ?」

 真新しい包帯を巻いた光が口を尖らせる。しかし徳井は一瞥しただけで、遙と尾形に目を向けた。

「しかも何だ? 錦織と尾形は性転換でもしたのか?」

「着替える前だったんです。だから早く解放して下さい」

 半眼で徳井に訴えかけるが、これもスルーされてしまう。

「おまけに、教室内に他校の生徒が入り込んでいたって言うし……落ち着いてたと思ったら、錦織が転校してきた事でまーたうるさくなったな」

 目を閉じ、今度こそ盛大に徳井は溜息を吐いた。

「徳ちゃん。このままだと次は徳ちゃんのせいでサボりって事になるぜ?」

 ガーゼと絆創膏に彩られた顔で、真が悪戯っぽく口を開く。それを聞いた徳井は、バツが悪そうな表情になり、「分かった」と組んでいた腕を解く。

「とにかく、今回は後藤もいる事だし大目に見てやる。じゃ解散。錦織と尾形は着替えてから戻るように。以上」

 ぼさぼさの頭を掻きながら去っていく徳井の背を見送り、遙は一番上のボタンを外す。

「はあー。学ランってちゃんと着ると苦しいのね。じゃあ尾形……って、私の制服~っ!」

 目を見開く。尾形が着ている遙のセーラー服。それは泥で汚れ、あまつさえ肩と袖のつなぎ目が破れていた。

「黒羽の奴らから逃げてて……申し訳ないっす! ちゃんとクリーニングに出して直しますからっ!」

「あー……まあ私が言い出した事だし。とりあえずどうしよう……」

 体操服が浮かぶが、下がブルマという事を思い出してぶるぶると頭を振る。

 ブルマとかないわ。なら……

「ほれ、ジャージ」

 先に教室に入っていた光が投げてよこす。受け取った遙は、「ありがとう」と言うと更衣室へ向かった。

 ……ん? 私、ジャージ置いてたっけ?

 ごそごそ学ランを脱ぎ、ジャージに足を通しながら思う。

 ま、優子でも貸してくれたんでしょ。

 一人で納得し、ジャッと上着のファスナーを上げたところで、遙は再び首を傾げた。

 優子って、サイズ大きいの着てるわね。

「遙さん。着替え終わったっすか」

 控えめなノックの音とともに、ドアの外から尾形が声を掛けてきた。遙はそれに答えると、ガチャリとドアを開ける。

「はい、尾形。返すわ。ありがとう」

 差し出された学ランを受け取った尾形は、遙のジャージ姿を見て目を見開いた後、何故か一人頷いた。

「どうしたの?」

「いや、何でも無いっす。じゃ、これ、クリーニング出して直して返すっす」

 尾形と二人で教室に戻る。クラスメイトを始め、優子までもが遙のジャージ姿を見て驚いた表情をしていたが、それも一瞬の事で、すぐに日常に戻った。




 そして昼休み。

「遙さん、私が捕まったせいで……本当にごめんなさい。髪も……」

 机に額が付きそうなほど、優子は深く頭を下げる。

「優子、いいって。私も……いや、私のせいなんだから」

 それでも頭を上げない優子に、遙は困惑してしまう。きょろきょろと目を動かすが、助けになるようなものはない。

「そ、それよりさ、ご飯食べよっ! ほら、顔上げて」

「うん……」

 八の字眉のまま、優子は顔を上げた。それを見た遙の胸が痛む。

 かってに嫉妬して、八つ当たりして……私ってほんとバカ。

「遙さん。一つ訊いてい良い?」

「ん? 何、優子」

 一体何を言われるのかと身構えた時だった。

「遙、お手柄だったんだって?」

 ガラリとドアが開かれ、理香子が顔を覗かせる。その表情は、良くやったと親が子を褒める時のようである。

「さっき他の奴から聞いてさ。あんたの学ラン姿、見てみたかったよ」

 そう早口で言うと、「じゃ、今日の放課後アンドレで」と言い残し、手を振って去っていった。

「本当に話広まるの早いよね」

 開け放されたままのドアを見詰め、遙は苦笑する。

「だって遙さん、真君や光君達みたいに目立つもの」

 優子がくすりと笑う。遙はジト目で優子を見ると口を尖らせた。

「あいつらと一緒にしないで」

 そう言いつつも、優子の笑顔につられて頬が緩む。

 箸を動かしながら、二人は笑い合っていた。




「はい。ノートありがとう」

 優子に借りたノートを返しながら、遙は鞄の蓋を閉じ立ち上る。

「優子は行かないの?」

 放課後、アンドレに集合という約束である。真も光もすでに教室にいないので、優子を誘ってみた。が、「ええ」と優子は頷く。

「声を掛けられていないのに行くのは失礼よ。それに、学級委員はそんな所に行きません」

 笑顔で最後の一言を付け加える。

「はいはい。じゃ、また明日」

 遙は笑いながら手を振ると、教室を飛び出した。

 遙の背を見送り、優子は柔らかく微笑む。

「初めて遙さんの方から『また明日』って言ってくれた」




「遙、あんた一人かい?」

「理香子さん」

 アンドレの前、理香子に声を掛けられた遙は、立ち止り振り返る。理香子はさんな遙を上から下まで眺めると、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。

「さっきは時間なくて気付かなかったけど、やっぱりね」

 何の事を言っているのか分からない遙は、「何がですか?」と首を傾げる。理香子は驚いたように目と口を開いた。

「あんた、もしかして気付いてないのかい? それ」

 理香子が指差す先には、遙が今着ているジャージ。

「これがどうかしましたか……って、あーっ!!」

 改めてじっくりと見たジャージ。その胸元には「後藤」という文字は無く、代わりに「吉村」の文字があった。

「こ、これ、優子のじゃなくて……」

「尾形の学ランに続き、光のジャージとは、やるねぇ遙」

 その理香子の言葉を背に受けながら、遙は勢い良くアンドレのドアを開け、素早く中を見回した。

「光ぅ~! あんた何、自分のジャージ渡してんのよ!?」

 光の姿を見つけるやいなや、遙は顔を赤くして怒鳴り込む。手はすでに上着のファスナーにかかっており、すぐに下せるようにスタンバイ。それを見た真は、楽しそうに身を乗り出した。

「お、今度はブラでも見せてくれるのか?」

 うっ、と遙はそのまま固まる。確かにここで脱いでもどうしようもない。

 コホンと咳払いすると、両手を腰に当て、ぎゅっと眉を寄せて光を睨んだ。

「何だよ、その目は。悟の学ランは着れて、俺のジャージは着れねーってか!?」

 ガンッとテーブルを蹴り上げ立ち上がる光。二人の視線がぶつかり合い、火花を散らす。

 しかしそれも数秒だった。

「光さん、その言い方って……もしかして嫉妬してんすか?」

「はあっ!?」

 光は険しい表情のまま尾形に顔を向けるが、その言葉の意味を理解するとみるみる狼狽の色が浮かぶ。

「な、何で俺が悟に嫉妬しなきゃなんねーんだよ! あれだ。傘の借りだ。これで借りは返したからなっ。ちゃんと洗濯して返せよ、遙!」

 そう捲し立てると、光は「どうだ!?」と言わんがばかりの表情でジュースを飲んだ。

「はいはい。そういう事にしといてあげる」

 遙は仕方が無いというように溜息を吐くが、その顔は耳まで赤く染まっている。

 ああもう。期待しちゃうじゃない。

「ま、それより祝杯を挙げようじゃないか」

 肩に手を置き、理香子はコップを遙の頬に当てる。火照った頬に、冷たさが心地良い。遙は渋々といった風を装いながらそれを受け取った。

「じゃあ全員揃ったところで、改めて……」

 ぐるりと周囲を見回し尾形がグラスを掲げる。

「兄貴たちと遙さんの勝利を祝って、乾杯!!」

『かんぱ~いっ!!』

 グラスやコップがぶつかり合う音が響く。それを見計らったかのように、店員がフルーツやケーキを運んでくる。

「いや~学ラン姿の遙さんもカッコ良かったっす。俺、遙さんの舎弟に……」

「ならなくていい」

 クッキーを手に取りながら、ぴしゃりと告げる。「そんなぁ~……」と肩を落とす尾形を尻目に、ジュースを一口飲む。と、理香子と目が合った。

「髪、思い切って切ったねえ。光の為によくやったよ」

「だってこれしか思いつかなかったんですもん。無我夢中で」

 理香子が柔らかく笑む。

「あんたは本当に光が好きなんだねえ」

 遙の頬がまたしても染まる。そして、ちらりと光を見た後、小声で口を開いた。

「ええ、何であんな奴がいいのか分かりませんけど。スケベで短気で馬鹿で……優子の事が好きな奴」

「理由が分からない『好き』もありなんじゃないかい?」

「そうですね。ま、ゆっくりこの時代で探してみます」

 カオル、あんたよりも本音をぶつけられる友達が出来た。

 タイチ、あんたよりも本気で好きな奴が出来たこの時代で。

 そして選んだ。平凡で退屈な毎日よりも、うるさくて刺激的な日常を。

「なーに遠い目してんだよ、遙」

 いきなり目の前に光の顔が現れ、遙は危うくコップを落としそうになる。

「うおっ!? 危ねっ!」

 慌ててコップを掴む光と、握り直す遙の手が重なった。

「俺のジャージ汚すなって言ってんだろ」

「あんたが驚かすからでしょ」

 そこまで言ってから、二人は手が触れ合っている事に気付き、同時に赤面してぱっと手を離してしまう。落下するコップ。それを真の手がさっと掴む。

「こんなとこでお見合いすんじゃねーよ。やるなら他所でやれ、他所で」

 真はニヤニヤしながらテーブルにコップを戻す。そしてぽんと遙の肩に手を置いた。

「今回は遙のお陰だな。お前がいなけりゃ多分勝てなかった」

 素直にそう言われると、遙は返す言葉が無い。「ありがとう」と言いながら、目の前の苺にフォークを突き刺した。

「そうだ遙。一つ、良い事を教えてやる。今度拉致されそうになったら、相手の頭のてっぺんを思いっきり殴ってやれ」

「……真。助言は有り難いけど、そういう事は二度とない方がいいわ」

 溜息を吐きつつ、遙は苺を口に運ぶ……が、それは遙の口に入る事は無かった。何故なら、

「いっただき~っ」

 ひょいっと光が顔を近付け苺を頬張った。遙の口元との距離、数センチ。あまつさえ、その距離で光は自身の唇をぺろりと舐める。

「ん、甘い」

 そう言うと、上目遣いでニッと笑む。

「だ、だから……」

 目を離せない遙は、ソファの上を手探りし、触れたものを掴んだ。

「あんたは距離が近いのよーっ!!」

 掴んだ物を振りかざす。それは平べったくされた真の鞄。その鞄の角が光の頭頂部にヒットする。痛がる光の怒鳴り声がするだろうと身構えるが、光は声を出す事無く遙の膝に倒れ込んだ。

「え? えっ!? ちょっと!」

 慌てて光を抱き起すが、光は目を閉じぐったりしている。返事も無い。

「遙。一つ言い忘れてた。さっき俺が言ったの、マジで警察とかがハイジャック犯相手に取る方法だったりするから、気軽に使わないようにな」

「重要な事は最初に言いなさいよ! ちょっと光、しっかりして!」

 ゆさゆさと肩を揺さぶるが、光の反応は無い。

「怪我人の光さんにとどめを刺すとは……さすが遙さんっす!」

「尊敬の眼差しで見ないでよ! ああ、どうしよう。救急車……」

 焦ってきょろきょろ見回した。しかし遙以外はのんびりとしており、理香子などは肩を竦め「やれやれ」と溜息を吐いている。

「ちょっと理香子さん、何のんびりして……」

「……を」

「え?」

 微かに光が口を動かした。遙は聞き逃すまいと、口元に耳を近付ける。

「王子様は、お姫様のキスで目覚めるんだぜ」

「……は?」

 一瞬何を言われたのか理解できず、遙はまじまじと光を見詰める。

「だからキスをしろって。できれば優子。優子呼んできてくれ。もしくは理香子。遙以外の女子なら誰でもいい」

 ピキッと遙のこめかみが引き攣った。しかし目を閉じたままの光は気付かず、「ん~」と唇を突き出す。遙は冷たい眼差しで、その唇をぎゅっとつまんだ。

「いひぇっ!? 何すんだ、遙!」

 ばっと遙から飛び退くと、光は口元を押さえつつ睨む。対して遙はジト目で口を尖らせた。

「何で私以外なのよ」

「だってお前とは……いや、目を開けてお前の顔があったら怖いからだよ」

「はあ!? あんた今、何て言ったのよ!?」

「お~、雉様のご乱心だ!」

「このバカ猿っ! 待ちなさいよっ!!」

 遙は立ち上がり手を伸ばす。が、光はそれをひらりとかわすと、「捕まえてみろよ」と挑戦的に手招きをする。

「上等よ。捕まえてやるわっ!!」

 そうして、アンドレ店内にて二人の鬼ごっこが始まった。

「光も素直じゃないねえ」

 いかにも楽しそうに理香子が口を開く。

「頭痛のタネが増えたな」

 そういう真の口元には笑み。そして二人は顔を見合わせ、「やれやれ」と肩を竦めた。

「光、絶対あんたを捕まえてやるんだからっ!」

 白麗高校対黒羽学園。白麗、勝利。

 錦織遙対吉村光。今の所決着つかず。ここから延長戦。


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カゲジョ! ~過激×女子高生~ かるら @chiaki0811

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