第23話 決着
これは、私が手を出していいものじゃない。
遙は目の前で繰り広げられている戦いを、拳を握って見詰めていた。
目を逸らす事も、前の様に不意打ちをしようとも思わない。そんな事は四人に対して失礼だと思った。
遙はただ、じっ、と結末を見届ける。
意外にも、綾部は素早く光の拳を避けると、身を屈め足払いを掛けた。
光は背中から地面に倒れるが、その体勢のまま立ち上がった綾部の腹部に蹴りを入れる。鳩尾に入ったのか、綾部は「ぐっ」と呻くと体をくの字に折り曲げ倒れ込んだ。
繰り出した拳同士がぶつかる。
真と吉田はそのまま押し合っていたが、ぱっ、と真が手を引いた。思わずたたらを踏む吉田に距離を詰め、真は吉田の両肩に手を掛け頭突きをお見舞いする。
鈍い音。
互いによろめくが、吉田は口元を歪め笑むと真の頬に右ストレートを食らわせ、そのまま仰向けに倒れた。
一気に場が静かになった。
ただ真と光、二人の激しい息遣いだけが聞こえる。それがだんだんと笑い声に変わり、起き上がった光は真の元に歩み寄りハイタッチを交わした。
そして真の肩に寄り掛かると、遙の方を振り向く。
真も口元から血を流しながらも遙に目を向け、「ふっ」と鼻で笑う。
そして二人同時に、笑顔で口を開いた。
『遙、勝ったぞ!!』
尾形にでもなく、その隣に立つ優子にでもなく、遙だけに向けられた言葉。
きゅうっと胸が熱くなり、今までに感じた事が無い衝動が遙の背を押す。
「光っ! 真っ!」
目に涙を浮かべて、しかし満面の笑顔で遙は二人に駆け寄り、両手を広げて飛びつく。
「いてっ! 遙、こっちは怪我人なんだから、優しくしろよな」
光が大袈裟に顔を顰める。真もそれに便乗して、「遙のせいで怪我が酷く……」と言い出す始末。
「何よ、ここは感動の抱擁でしょっ!?」
遙は口を尖らせ不機嫌そうにそう言うと、「ぷっ」と吹き出した。
「あんたたちは本当にバカよね」
クスクスと肩を揺らして遙は笑う。いつの間にか尾形と優子、白麗勢が集まっていた。
「遙さんも無茶ばっかりして……」
皆が笑い合う中、優子は額に手を当てて溜息を吐く。しかしその顔には苦笑が浮かんでいる。
和やかな空気。
しかしそれを破るものがあった。
「こらーっ! お前ら、何してる!」
その場にいる全員の視線が向いた先。そこには自転車から降りる警官の姿があった。腰に付けている無線機を口に当て、応援を呼び始める。
「やべっ」
「お前ら、逃げるぞ!」
光と真の言葉を皮切りに、蜘蛛の子を散らすように一斉に不良たちが逃げていく。
遙も、掴まってはかなわないと走り出したが、吉田と綾部の事が気になり振り返った。
二人とも気が付いたようで、取り巻きたちに支えられながら立ち上がっているところである。その綾部と目が合った。口元が動くのが見て取れる。
「貴女の事、諦めませんからね」
そう言われた気がした。周りの騒々しさに飲まれてしまったが。
「優子、ちょっとごめん」
少し遅れ出していた優子を、真がひょいっと抱え上げる。それは遙憧れのお姫様抱っこ。
「いいなあ~……」
思わず呟きが漏れる。それを耳聡く聴きつけた光が、走りながら遙を見て、面倒臭そうに眉を寄せ口を開く。
「あんなん走りにくいだけだろ……仕方ねーなー」
そう言って立ち止まると、遙の腕を引き寄せ「よっと」と抱き上げた。
「お前、やっぱ重いな」
「失礼ね! 勝手にやっといて……」
目が合う。
意外にも近い距離に、二人口をつぐみ暫し見詰め合った。そして同時に赤く染まる顔。
「や、やめたやめた! 腕が千切れちまう」
抱き上げたまま、ふいっと顔を逸らす。そう言いながらも腕の力を抜かないのが、いかにも光らしい。。
「そ、そうよ。初めてのお姫様抱っこがあんたなんて……」
遙がそう言った時だった。いきなり光の腕から力が抜け、落とされそうになる。しかし慌てて抱え直すと、光は引きつった顔を遙に向けた。
「お前、あの時起きてたのか?」
「あの時?」
頭の中で過去を振り返る。
光にお姫様抱っこされた記憶なんて……
「おい! 光、遙、何突っ立ってんだ! 急げっ!」
焦る真の声に、二人は我に返ったように後ろを見た。応援のパトカーが、すでに何台か集まってきている。
「あーもう! こんなめんどくせーのはやめだ!」
遙を地面に下ろすと、光は「今度は暴れんなよ」と言いながら遙の腰を抱き、担ぎ上げる。そして、「喋ってると舌噛むぞ!」と言い、光は駆け出した。
「何であんたはこういうやり方しか出来ないの~っ!?」
遙の絶叫を響かせながら。
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