第11話 お供三人

「あー楽しかった。ね、最後に観覧車に乗りましょ?」

「その前に、ちょっと休憩させて」

 遙はベンチに腰を落とすと、ぐでーっと背もたれに体を預ける。

 コーヒーカップにミラーハウス。お化け屋敷にジェットコースター。メリーゴーランド後の昼食以外、休むことなく遊び続ける優子には脱帽である。

「体力ねーなー遙は」

 隣に腰を下ろしながら、光が溜息混じりに口を開いた。

「これぐらいついて来れねーでどうすんだ」

 遙を挟む形に、真が呆れ顔で座る。

「二千年代の人は体力無いのよ」

「じゃあちょっと休んでて。私、買い物してくるから」

 まだ動けるのか……優子ってインドアかと思ってたら、そうじゃないのね。

『あ、じゃあ俺が……』

 そう言って、立ち上がりかけた二人は睨み合う。優子は手を振ると、「大丈夫」と駆けて行った。真と光は黙って座り直す。

「……あんたたちって、抜け駆けはしないのね」

「抜け駆けって……別にそんなことしなくても光には勝てるからな」

 横目で光を見ながら、ふふんと真は鼻で笑う。

「俺もそんなの必要ねーし」

 光も、小馬鹿にするような視線を真に向ける。間に挟まれている遙は、頭を抱え溜息を吐いた。その時、

「おう、C組の桃太郎トリオ。ご主人様はどうしたぁ~?」

 という声とともに、三人の前に人が立つ気配。

 顔を上げると、どこかで見た男が三人、ニヤニヤ笑いながら立っていた。

「お前、A組の……」

 真の顔が険しくなる。

「もしかして、俺たちを追い掛けてこんなとこまで来ちゃった?」

 光は軽口で応じているが、その目は好戦的に輝いている。

 ああ、確かこの前のサッカーの時にいたヤツだ。

 気怠そうに遙は三人を見た。遙たちが興味を向けた事に気を良くした中央の男が、歯をむき出して笑う。

「こんな所で会うとは奇遇だなあ。え?」

「そっちこそ。野郎三人で遊園地とは悲しいなあ、岩尾君」

 光が上目遣いで口元に笑みを浮かべる。反対に、岩尾の眉間に深い縦皺が刻まれた。一歩踏み出そうとする岩尾を制するように、左側に立つ一人がすかさず口を開く。

「俺たちはナンパしに来たんだよ。お前らみたいに、ガキと一緒になってキャーキャー言ってねーんだよ」

「それにしては女の子、いないわよね?」

 遙の一言に、岩尾たち三人の空気が変わった。

「あー、もしかして失敗しちゃってますぅ?」

 嘲笑と嫌味たっぷりに、光が便乗してくる。

「う、うるせえっ! お供の分際で!」

「さっきから気になってたんだが、『桃太郎トリオ』とか『お供』ってどういう意味だ?」

 黙ってやり取りを見ていた真が、ムスッとした表情で口を挟んだ。すると、三人のうち、まだ冷静でいる右側の一人が芝居じみた所作で真を指差す。

「狂犬の向井」

 続いて光に指を向ける。

「スケベで身軽だけが取り柄の、猿みたいな吉村」

 光が「ああっ!?」と睨むが、構わずに遙に指を突き付けた。

「で、ケバくてギャーギャーうるさい雉。お前ら三人、いつも後藤にくっついてるから、まるで桃太郎のお供三匹みたいなんだよ」

 そう言って、見下し笑う。真がぎゅっと右拳を握った。しかしそれが繰り出される事は無かった。

「ちょっと待って」

「ちょっと待て」

 遙と光が同時に立ち上がったからだ。二人はずいっと岩尾たちに一歩近寄る。

「何で私がこいつらと一緒にされなくちゃいけないのよ」

「何で俺が猿なんだよ。むしろコイツの方がお似合いだろ」

 びしっと遙を指差す光。遙の眉がぎゅっと寄る。

「はあ? あんたの方がピッタリよ。A組のネーミングセンスって素敵」

「なんだってえ!?」

 くるりと遙の方に体を向けると、光は同じ様に眉を寄せ睨み返してきた。遙も、体ごと光に向き直る。

「俺のどこがピッタリなんだよ?」

「全部。短気なとことか、バカなとことか、スケベなとことか……」

 指折り挙げていく遙。

「むしろ猿が制服着てんじゃない? っていうぐらい猿」

「てめー遙、ふざけんなっ!!」

 光は、遙の胸倉を掴むとグイッと引き寄せる。しかし遙は嘲るような笑みを口元に浮かべると、やれやれと肩を竦めた。

「ほら、こういうところ。知ってる? 雉が門を開けなかったら、桃太郎は鬼ヶ島に入れなかったのよ? それなのに猿ときたら、鬼の顔を引っ掻くだけとか」

「一番最後に仲間になるくせに、何言ってやがる!」

 段々、話がずれてきているのにも気付かず、二人は口論を続けている。完全に置いてきぼりになっている岩尾たち三人と真。岩尾が、困惑した表情で真を見た。

「まんま猿と雉だな」

 真は止めるでもなく、ワハハと笑う。

「お、お前ら、俺たちの話を……」

 岩尾が遙と光、二人の肩に恐る恐る手を置く。しかし二人はそれを振り払い、

「何よ?」

「何だよ!?」

 同時に岩尾を睨んだ。

「いや、何でもない……お前ら、次会った時覚えとけっ!」

 そうありきたりな台詞を吐くと、岩尾たちはそそくさと去って行った。それでもまだ、二人の口論は終わらない。

「大体雉なんてなあ……」

「お待たせ! さっきA組の岩尾君たちと擦れ違ったけど……って、また喧嘩してる!」

 両手を腰に当て、優子が口を尖らせる。

「おう、優子。こいつら本物のバカだ」

 真が手を上げ、隣に座れとベンチを叩く。

「真君、見てないで止めなくちゃ」

 溜息を吐き「もう」と呟くと、優子は

「遙さん、光君。ケンカは止めなさいっ!」

 と怒鳴った。

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