第10話 メリーゴーランドに乗ろう!

 そして日曜日。

 結局あれから綾部の接触は無かった。黒羽学園の事を思うと、遙から出向くという選択肢は無い。とりあえず学校に行って、授業を受けて今日。

「このコーデでいっか」

 鏡の前でくるりと回り、遙は溜息を吐く。

 私服を買う為に近くの商店街に出掛けてみたが、マルキューやラフォーレみたいな店があるわけではなく、ダサくない範囲で服を見繕ったのだ。

「はあ……バイト探そうかな」

 不思議な事に、元の時代と同じだけの貯金があった。しかし親の仕送りとバイト先が無い今、あまり使えない。

 ピーンポーン

 そうこうしているとチャイムが鳴った。優子が来たようだ。

「まだここら辺の地理に詳しくないでしょ?」と、迎えに来てくれることになっていた。

「おはよう。優子」

 ドアを開け、遙は挨拶をする。そして鍵を閉め、くるりと振り返った。

「おはよう、遙さん」

 微笑む優子の後ろに、黒塗りの、明らかな高級車が止まっている。

「あれ、優子んちの車……?」

「ええ、そうよ。さ、乗って」

 優子は遙の手を取ると、車のドアを開ける。座席は革張りであった。

「お、お嬢様……」

「え? 何か言った?」

「いえ、何でもないです……で、どこ行くの?」

「それは着いてからのお楽しみ」

 優子は口元に人差し指を当て、「ふふっ」と悪戯っぽく笑った。




「じゃーん! 音無ランドでーす!」

 両手を広げ、満面の笑みで優子は遙を見る。

「遊園地……よね?」

 遙は、優子の後ろに広がる景色を見て、ぼそりと呟いた。

 確かに遊園地だけど……古い。アトラクション少ないし。そんなにテンション上がる場所じゃないけど……

 しかし、せっかく優子が誘ってくれたのだ。ここで無神経な発言をするわけにはいかない。

「じゃあ入ろうか。ます何乗る? 優子」

「あっ、待って」

 そう言うと、優子はきょろきょろと辺りを見回す。

 この展開って……いや、もしかしたら女友達かもしれないし。

 遙は、「音無ランド」と手描きされた看板に目を向ける。その耳に、聴き慣れた声が飛び込んできた。

「何でお前が来てんだよ」

「その言葉、そっくりお前に返してやるよ」

「真君、光君、こっちこっち」

 二人の姿を見つけた優子は、飛び跳ねんがばかりに手を振る。それを見た二人は、

『おー、優子』

 と声を揃え、笑顔で手を振り返す。

 うう……やっぱりこうなるのね……

 遙は肩を落とすと、小さく溜息を吐いた。今更帰るとも言えない。

「いやーこいつが道中うるさくって」

「何だよ真。遅れたの人のせいにする気か?」

 どうやら優子と合流したらしい。二人はいつものように言い合いを始める。遙は振り返らずに聞き耳を立てた。

「大体優子、何で光を誘ってんだ? こいつがいて、問題が起きなかった事が無いだろ」

「真こそ。お前がいて喧嘩にならなかった事は無い!」

 つまり、この二人がいると必ず何か起こるって事ね……

「それよりも優子。今日も可愛いなあ~」

 真のデレ声って、ちょっとわざとらしいわよね。

「いや~優子は何着てても似合ってますなあ~」

 光は下心が丸見えなのよね……って、いつ私に気付くわけ!?

 このままだと、優子の話で時間が過ぎていきそうである。遙は唇をきゅっと結ぶと、腰に手を当てて振り返った。

「ちょっと、私もいるんだけど?」

「遙までいるのかよ~。しかもまぁた太い足晒しちゃって」

 光の軽口に、キッと睨みつけようと目を向けた遙は、そのまま固まってしまった。

 真は青いラインが入った真っ赤なトレーナー。胸元には「M」のアップリケ。下はジーパン。

 光は黒いラインが入った白いトレーナー。下は黒のツータックジーンズ。

 まあこの時代だから、ダサいのは許そう。でも……でもっ!

 遙の視線が上に向けられる。

 休日。遊園地。トレーナー姿。なのに髪型……っ!

 二人は普段と変わらずリーゼントだった。

「何だよ、人のことじーっと見て」

「まあ、あんたはパーマだからどうにも出来ないわよね……」

 一人納得し、頷く遙。そしてくるりと優子に顔を向けると、

「何でこいつらがいるの?」

 微笑みながら訊いた。

「入場券なんだけど、四人まで入れたから。なら真君と光君も誘おうかなって」

「でも、な~んでこの二人なのかな~?」

 遙の口元が、ひくひくと引き攣る。

「え? だって真君も光君も、遙さんの事気に入ってるみたいだし、遙さんも二人の事嫌いじゃないでしょ?」

 いや、二人はあんたのことを気に入ってんのよ。

 しかし小首を傾げる優子を見ていると、遙は何も言えなかった。二人もそれぞれ溜息を吐いている。

 鈍感って怖い……

 遙は優子の肩に手を置き、「じゃ、入ろうか」と努めて明るく言った。




「この音無ランドは、この近くでは一番人気のスポットなのよ」

 ポシェットを揺らしながら、優子は足取り軽く歩く。その両隣には真と光。遙は一歩後ろで、三人の背中を眺めながら歩いている。

 ……これって、どう見ても私がお邪魔虫よね。

 気付かれないように小さく溜息を吐こうとした時、くるりと優子が振り向いた。遙は慌てて口を閉じる。

「ねえ、何から乗る? 遙さん、決めて」

 全身からウキウキオーラを滲みだしている優子に、遙は思わず苦笑してしまう。

「そこは優子に任せるよ。詳しいんでしょ?」

「いいの? じゃあ……」

 優子はきょろきょろと周りを見る。「うーん、どれにしよう」と、人差し指を顎に当てて悩む姿が様になっていた。

 私があれやっても似合わないんだろうなあ。

「おい、何ボーっとしてんだよ」

「へ?」

 意識を戻すと、両手をポケットに突っ込んだ光が目の前に立っていた。

 遙は改めて、まじまじと光を眺める。

「何だよ? ……ははぁ、さてはこの光様のカッコ良さに……」

「見惚れてません。むしろ、そのファッションセンスに驚いてるわ」

「はあ?」と光が眉を寄せた時だった。

「まずはあれから乗りましょう!」

 輝く笑顔で優子が指差した先。遙はそこに目を向けて固まった。

「お母さ~ん」と手を振る子供。優雅な音楽に合わせて回る馬たち。

 そこにはメリーゴーランドがあった。

「えと……いってらっしゃい」

「何言ってるの? 遙さんも行くの」

 ネズミの国とかにあるのなら乗っても良い。でも、この古臭いのには乗りたくない。いや、その前に……

 遙は真と光に視線を向けた。

 こいつらも乗るの?

「ぷっ」

 想像し、遙は思わず吹き出す。さすがに大笑いするのはヤバイと思い我慢するが、激しく肩が震えてしまう。

「ゆっ、優子。私、優子と一緒に乗る……っ」

 笑いの為に、息も切れ切れになって遙は言う。しかし優子の返答は予想外のものだった。

「じゃんけんで決めましょ」

「は?」

 一気に笑いが冷める。遙は、おかしさで滲んだ涙もそのままに優子を見た。優子はじゃんけんする気満々のようで、右手を出している。

「真、あんたはそれでいいの?」

 真なら優子を止めてくれるのではないか。そんな希望を持って、遙は真に話を振った。

「よし、グーパーだな」

 しかし真は、自身の右手を握ったり開いたりしている。

「ひ、光は良くないわよね?」

 口元を引きつらせ、遙は光に目を向けた。

「ぜってー優子と一緒に乗ってやるからな」

 腕をまくり、拳を突き出す光。

「ほら、遙さん、早く」

 優子に急かされ、遙は渋々手を出した。

 その結果。

「ねえ、私たち乗らなくてもよくない?」

 柵に寄りかかり、頬杖を突きながら遙はメリーゴーランドを見る。

 ビーッという音とともに、ゆっくり馬たちが動き出した。

「あんたにしたら乗る意味無いでしょ」

 遙は、隣で同じように柵に寄りかかっている光を横目で見ながら口を開いた。

「遙さーん! 光くーん!」

 光の返答を待っていると、優子のはしゃぎ声が聞こえてきた。視線を戻すと、ちょうど優子たちが乘った馬が回って来たきたところである。

 二人に向かって笑顔で手を振る優子と、その奥の馬に仏頂面で乗る真。遙は、苦笑しながら手を振り返した。

「優子~!」

 片手を口元に当て、笑顔でもう片方の手をぶんぶんと振る光。しかし、優子たちの姿が見えなくなると、その表情は少し拗ねたものに変わる。

 本当、こいつは分かりやすいわよね。でもそれに気付かない優子って……

「報われないわね~あんた」

「は? 何だよいきなり」

「べっつに~? あんたみたいなのって、完全に引き立て役よね」

「いきなり何言い出すんだよ」

 眉間に皺を寄せ、光は遙を睨む。しかし遙はメリーゴーランドに顔を向け、優子が回ってくる度に手を振り返しながら続ける。

「他の子で済まそうとか思わないわけ? 普通に可愛い子に声掛けて、適当に付き合って、適当に遊んで。楽じゃない? その方が」

「好きなヤツは一人だけだろ。そこら辺の女と違うから『好き』って事だからな。他の女の適当に遊んだって面白くねーし」

 こいつ、意外とそういう所は真面目なんだ。

 遙は驚いて光を見た。

「お前は好きでもねーヤツと付き合って面白いのかよ」

「いや、別に……暇つぶしとしては良かったかな。後は……自慢?」

「何だそれ。お前、可哀想なヤツだったんだな」

 光は憐みの表情を浮かべると、おもむろに肩を組んできた。

「な、何すんのよっ!?」

「いやーいくらモテないからって、好きでもない男と付き合うのは止めなさい。女はもっと自分を大切にしねーと」

「お分かり?」と、光は首を傾げる。それを見た遙の鼓動が一つ跳ねた。

 何なの? この動悸。

「は、離れなさいよっ!」

 光から顔を逸らし、押しのけようと手を伸ばす。しかしその手は光に掴まれてしまう。

 再び遙の鼓動が跳ね、顔が赤く染まる。睫毛が小さく震えた。

「あー楽しかった。次は遙さんたちの番ね」

 いつの間にか馬は止まっていた。そして降りてきた優子たちが遙の元へと歩いてくる。

 ぱっと光の体が離れた。

 あっ……

 遙は思わず光に顔を向ける。光の視線は優子に向けられていた。それを見た途端、遙の胸がきゅうっと締め付けられる。

「じゃあ、ちょっくら乗ってきますか」

 そう言うと、光はひらひらと手を振りながら歩き出す。遙はその背中をじっと見詰めていた。

「遙さんも、ほらっ」

 優子が、とんっと遙の背を押す。振り返った遙の視界に、微笑む優子と腕を組んで立つ真の姿が入る。

「何やってんだよ遙。もしかして馬が怖いのか?」

 真が意地悪く、笑みを浮かべながら茶化す。

「バカ言わないでよ。乗ればいいんでしょ。乗れば」

 口を尖らせ、遙は小走りで光の後を追う。

 行くのが遅かった……

 空いている馬は光の隣のみ。それもそうだ。メリーゴーランドにそぐわないリーゼントの不良の横に、好き好んで乗る人はいない。しかも運悪く、優子たちの前でもあった。ニヤニヤ笑う真が見える。

 しかしここまで来て、「やっぱ乗るのやーめた」とはいかない。遙は、何年振りかの馬に跨ろうと足を上げた。

 ん? 優子が何か慌ててる?

 わたわたとジェスチャーで何かを遙に伝えようとしていた。声を出せばいいのにと思いつつ、遙は首を傾げる。すると真が優子の隣で、おもむろに一つ、手を叩きピースサインを出す。

「何してんの?」

 遙は足を上げたままで眉間に皺を寄せて問うた。その時、

 ふわり

 遙の腰が抱き上げられた。

「え?」

 驚いて反対側を見下ろす。むすっとした表情の光がいた。遙と目が合うと、ますます不機嫌そうになる。

「早く乗れよな。ほんっと手間の掛かる女だな」

「はあ? いきなり何よ」

 二人の間に、険悪な空気が漂い始めそうになる。

「あの~……」

『何?』

 同時にキッと振り向くと、そこには音無ランドの制服を着た係員がいた。

「他の片の迷惑になりますので、早く乗ってくれませんか?」

 周りを見ると、子供たちの冷たい視線が二人を包んでいた。




「高二にもなって係員に怒られてやんの」

 ゲラゲラと真は二人を指差して笑う。遙と光はお互いにそっぽを向き、ズズッとジュースを飲む。

「だってこいつがいきなり抱き上げてくるんだもん」

 ストローをくわえながら、遙は唇を尖らせた。

「それはね……」

 優子が口を開くが、言おうか言うまいか迷っているように言葉を濁す。その目は、真と光の間をきょろきょろと動いている。

「優子、はっきり言ってくれていいわよ」

「じゃあ言おう。今日はピンクなんだな」

 優子の代わりに、真がきっぱり言い切った。

 ピンク? 何が……

「あーっ!! あんた、まさか……」

 ある事に思い至り、遙は目を見開いて真と優子を見る。優子は申し訳なさそうに頭を下げ、真はニンマリと笑む。

「黒のレースの次はピンクか。で? 他には何色を持ってんだ?」

 そう。真がしていた謎のジェスチャー。その答えは「パンツ」。短いスカートで足を上げたために、二人に丸見えだったのだ。

 遙の口元が引きつる。それを見て、優子がフォローを入れた。

「で、でも私たちの前で良かったね。他の所だったら大変だったけど」

「ええ、そうね。そう言ってもらえると助かるわ」

 あ、じゃあ光はそれを分かってて、乗る手助けをしてくれたって事?

 目を向けると、光はホットドッグにかぶりつきながらジト目で遙を見た。

「あーあ。俺も見たかったなー、ピンク」

 もぐもぐと口を動かしながら、残念そうに、あてつける様に言う。遙は「ありがとう」という言葉を飲み込み、代わりに

「バカじゃないの」

 と吐き捨てた。

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