第6話 潜入!?
「錦織。まさかお前も不良だったとはな」
眉間に皺を寄せ、腕を組みながら徳井が苦々しく口を開く。
「違います。登校してたら黒羽学園の吉田とかいうヤツが……」
一時間目終了間際に到着した遙たちは、運悪く廊下で徳井と遭遇してしまったのである。遙だけなら寝過したとか、転向したてで道に迷っちゃってと何とでも言い訳できるが、二人と一緒なのでどうする事も出来ない。しかも光は怪我をしている。
遙は仕方なく本当の事を話すしかなかった。
「で? 結局は喧嘩してて遅刻したっていう事だろ? ならお前も同類だな。これからはお前も厳しくいかせてもらう」
口を挟ませずにそう言うと、徳井は「はい、解散」と手を叩いて去って行った。それと同時に終了チャイムが鳴る。二年C組からバラバラと生徒が出てくる中、優子が飛び出してきた。
「大丈夫? 三人とも気付いたらいないんだもの。びっくりしちゃった」
「とりあえず手当てしなくちゃね」と、優子は光の手を取り歩き出す。
「だーいじょうぶだって。こんなん、舐めときゃ治る」
「どうやって自分の顔、舐めるのよ」
遙はそう言いながら光の顔を見て、おや? と目を見開いた。
優子に手を引かれて歩く光。その表情は伏し目がちで、少し照れたような喜んでいるような複雑なものであった。
……ああ、なーんだ。好きって訳ね。
「優子、俺も。俺も手当てして」
慌てて真が二人の後を追う。
「あんたもか」
不良二人に好かれるなんて優子も大変だわ。
遙は肩を竦めると教室に入った。
「遙さん! 大丈夫っすか!?」
入ると同時に、尾形がすっ飛んできた。
「ええ、別に何ともないけど。てかあんた、まず先にあの二人の心配しなくていいの?」
「だって優子さんが先に行っちゃったから。そうなりゃ、俺の出番は無いってもんすよ」
「あ、やっぱそうなの?」
なんだ。二人が優子の事好きなの知ってるんだ。
「だって留年してる二人に最初に声掛けたの優子さんですもん。みんな怖がって遠巻きにしてる中、俺たちと接するように普通に話し掛けていって。臆することなく二人を叱るし。まるで二人のお母さんっすよ」
「お母さんねえ……ちょっと待って。留年?」
遙は眉間に皺を寄せた。
「留年」って単語は、二〇二三年ではあまり耳にした事が無い。
「ええ、俺たちより一コ上っす。えーと、確か出席日数とか単位が足りなかったとかで」
「……知ってたら絶対に関わらなかったのに」
溜息をつきながら尾形の横を通り過ぎ、遙は自分の席に着くと鞄を開けた。そして机の中に教科書を入れていく。
そして最後にスマホを手に取る。文字化けしていて使えなくても、手元にないと不安になる。現代女子高生の性なのだろう。傷が入っていないか画面をいじる。
「あ……」
ふと遙は手を止めた。
あの綾部とかいうヤツ、何て言ってた?
「これが何だか知ってますか?」だった。この言い方っておかしくない? まず自分が何であるのか知っていないと、こういう言い方はしないんじゃ……
ガタンッ!
「は、遙さん?」
遙は鞄を手に勢いよく立ち上がると、驚く尾形に顔を向ける。
「尾形。黒羽学園ってどこ?」
「え? 何で急に……」
戸惑う尾形に詰め寄ると、遙は両手で学ランの胸元を掴んだ。
「ちょっ、ちょっと遙さん?」
「教えて。私の時代には近くにそんな学校無かった。どこなの!?」
グイッと顔を近付け遙は問う。その勢いに押され、尾形は渋々口を開くと、黒羽学園の場所を教える。
「ありがと」
遙は尾形から手を離すと、足早に廊下へと向かう。
「ど、どこ行くんすか? もうすぐ二時間目が……」
「黒羽学園。綾部に会ってくる!」
尾形の制止の声を背に、遙は一目散に駆け出した。
「ここが黒羽学園……」
校舎を見上げ、遙は唾を飲み込む。白麗より薄汚れた校舎は、所々の窓ガラスが割れている。そこから聞こえてくるのは男子生徒の下卑た笑い声。
遙の胸中に不安が広がる。しかしそれを振り払うように首を振ると、遙は門を通り抜け昇降口に向かった。
先生か事務の人にでも訊けば……
「おい、女だぜ」
頭上から声が降ってきた。見上げると、割れた窓から坊主頭の男子生徒が覗いている。
しかしどう見てもその容姿は普通ではない。頬に傷があり、歯が何本か無いのだから。
「なーんで黒羽に女がいるんだ?」
「いい男でも探しに来たんですか~?」
坊主頭を皮切りに、男子たちが次々と顔を覗かせる。リーゼント、角刈り、パンチパーマ。まともなのは一人もいない。
見上げたまま遙は一歩後ずさる。
吉田と綾部だけが変なのかと思っていた。まさか黒羽学園が不良の巣窟だとは知らなかった。
「尾形のバカヤロー……」
「知ってたなら教えなさいよ」と、遙は思わず呟く。
ここは一旦帰る? 先生らしき人が出てくる気配は無いし……このまま進むと身の危険も感じる。
迷っていると、一人が胸の校章を目ざとく見つけ、大声を上げた。
「おい、白麗の生徒だぜ!」
慌てて手で隠すが遅かった。今までからかっていた声に、苛立ちと少々の殺気が含まれる。
「白麗のもんが何の用だ!?」
「女一人で討ち入りかぁ?」
「っ……あ、綾部っていう人、いる?」
ぎゅっと拳を握り、遙は口を開く。
ここで逃げたらもう来れなくなる。それだけはダメだ。綾部には会わなければならない。
「……綾部さんに何の用だ?」
一気に空気が変わった。ざわついていたものが、ピリッと引き締まる。
「朝の女子が来たって言えば分かってくれる……と思う」
顔を覗かせていた男子が一斉に引っ込む。話し合う声がし、坊主頭だけが顔を出した。
「今から綾部さんが下に行くってよ」
「そ、そう。ありがと」
これで謎が解ける。もしかすると綾部も……
「へへっ」
笑い声が昇降口から聞こえた。遙は視線を戻し、息を飲んだ。
そこには綾部などおらず、代わりに卑しい笑みを浮かべた男子が三人、階段を下りてきていた。
「これって、ヤバい感じ?」
遙はずりずり後退する。そしてくるりと踵を返すと、脱兎の勢いで駆けだした。
「待てよ、この女!」
「そーそー。可愛がってやるって」
男子生徒も走り出す。
教室から顔を出した生徒がヤジを飛ばし笑う。
怖い。怖い! 怖いっ!!
後ろを振り返ることも出来ず、遙は無我夢中で走った。どこをどう走っているのか分からない。
ドンッ!
「きゃっ!」
喫茶店から出てきた人物とぶつかる。その人物は、遙の両腕を掴んできた。
「やっ! 離してっ!」
恐怖でパニックに陥っている遙は、振り払おうと暴れる。
「ちょっと、落ち着きなよ」
パチンと頬を叩かれ、やっと遙は落ち着きを取り戻した。肩で息をしながら相手を見上げる。
「あ、えと……理香子さん……?」
そこには、昨日屋上で出会った――優子が理香子と呼んでいた――女生徒が立っていた。
「どうしたんだい? 必死の形相して走って……」
「あ、あいつら追ってきてない!?}
理香子の腕を掴みながら、遙は後ろを確認する。あの男子たちの姿は無い。まいたか諦めたのか。
「助かったぁ~……」
安心した遙は、へなへなとその場に座り込む。
「とりあえず中に入ろうか」
理香子に腰を抱かれ、遙は店の中へ入って行った。
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