第4話

 ガサ……。


 気配を感じて振り返ると、そこには……、

「もおう……こんなとこにいたの。チンタラしてたら、帰りのバスが出発しちゃうわよ?」

 呆れ顔のジュリアちゃんがいた。


 日は暮れ始めていて、決勝のノリ先輩の試合場みたいに、周囲をオレンジ色に染めている。斜めから差す夕日は、体育館の裏口の階段で下手なかくれんぼでもするみたいに小さくなっていた私のことも、容赦なく照らしていた。



 結局、決勝戦の結果は……0対4。

 二本取られることこそなかったものの、四人全員がポイント差で試合に負けた。私たち愛南は、山北大附属にストレート負けしてしまったんだ。


 この結果は全部、部長の私のせいだ。


 ハーフタイムで、あんな偉そうなことを言ってたのに。

 ノリ先輩は、これが最後の試合だったのに。

 百合道部のみんなは、もう充分に、完璧だったのに……。


 それでも、私たちは勝つことが出来なかった。みんなを、全国に連れて行くことが出来なかった。

 私の、せいで……。



 表彰式を待たずに会場から逃げ出してしまって、多分みんなにすごい迷惑をかけちゃったと思う。でも、そんなこと気にならないくらいに、今の私は自暴自棄の気持ちでいっぱいだった。

 ジュリアちゃんにも、他の誰にも、あわせる顔なんてなかった。



 でも……。


「ノリが言ってたわよ? アンタが部長になってくれて、本当に良かった、って」

「え……」

 ジュリアちゃんの思いもよらない言葉に、反射的に顔を上げる。その拍子に、いつの間にか目に溜まっていた涙が、ビー玉みたいな塊になってコンクリートの階段に落ちる。

「で、でも……試合には、負けちゃったし……。私はノリ先輩を……みんなを、全国に連れて行くことも出来なかったし………っう⁉」

 ジュリアちゃんの人差し指が、私のおでこを刺す。

「なーに言ってるのよ!」

 彼女はそのまま、その指でおでこをツンツンとつつきながら、言った。


「全国に連れて行くぅ? アンタ、何様のつもりよっ⁉ そうじゃないでしょう⁉ 『ワタシたち』で、全国に行こうとしてたんでしょう⁉ 今回の結果だって、アンタ一人の責任なワケがないでしょうがっ!」

「で、でも……」

 それでもまだ、私の気持ちは浮かばない。

「ノリ先輩は、これが最後の試合だったのに……。こんな、結果になってしまって……。私は、部長なのに……みんなの強さを……みんなの百合道を、活かすことが出来なくて……」

「……ふんっ」


 ジュリアちゃんはまた、呆れるように鼻で笑ってから……少し照れくさそうにつぶやく。

「そんなワケ……無いでしょうが。万年初戦敗退の愛南が決勝進出して、あの山北大附属に時間いっぱいまで戦い抜いたなんて、大番狂わせもいいとこよ? むしろ、アンタのあのハーフタイムでの掛け声があったから、ワタシたちはあそこまで頑張れたんじゃないの。ワタシなんて、アンタがあのときみんなに『愛してる』って言ったことに、ちょっと嫉妬しちゃったくらいで……」

「え? ジュリアちゃん……最後のほう、何て言ったの?」

「な、なんでもないわよっ!」

 それから彼女は誤魔化すように、よく分からないことをいろいろ叫んでから……しばらくして気持ちを落ち着けると、今度はもう少し優しい笑顔になった。


「ノリの行くイギリスの大学……お嬢様百合の聖地みたいなとこらしいわね?」

「え……」

「あの人は、もうとっくに『次』を見ているわ。アンタがそんな小さいこと気にして、いつまでもウジウジしてたら……その間にどんどん手の届かないところにいっちゃうわよ?」

「先輩が……」

「『今度会うときは、世界大会で対戦相手になっちゃってるかもー』ですってよ。まったく……あの人らしいわよね」


 ジュリアちゃんの視線は、私を見ていない。

 その向こう側の、イメージの中のノリ先輩……さらに、その先の未来を見ているように思えた。


「ジュリア、ちゃん……私……」

「美千花……ワタシたち、もっと強くなるわよ。だってワタシたちは……愛南百合道部は、『ここから』始まるんだから!」

「……うんっ!」

 溜まっていた涙をぬぐって、私はジュリアちゃんに抱きついた。

「ちょっ⁉ み、美千花っ⁉」



 そうだ……。

 私たちは、『ここから』始まるんだ。


 今日の負けを忘れないで、次につなげる。

 次こそは……来年こそは……絶対に全国に行くんだから!



 こんなふうに……痛々しい後悔と不甲斐なさと、その向こうにちょっとだけ見えた希望の光を残して……私の初めてのインターハイは、終わったのだった。




……………………………………………………




 愛南と山北大附属の決勝戦が終わる、五分ほど前。

 その会場となっている県立体育館から出ていく、三人の少女たちの姿があった。


「ねー? ホントに、出てきちゃってよかったのー?」

「あの前半負けてた方、後半は意外と頑張ってるっぽかったよねー? まだ、どっちが勝つか分かんないんじゃなーい?」

 二人の少女が、中央の一人に交互に話しかけている。中央の一人の左右の腕にそれぞれが自分の腕を絡ませて、うっとりした表情を向けているところを見ると……その二人は、残る一人の「取り巻き」のような存在なのだろう。

「あの負けてた方ってー、来年ルルちゃんが行く予定の高校だよねー?」

「ルルちゃんの先輩になる人もいたんでしょー? 挨拶くらいしてくればよかったんじゃなーい?」


「ふん……」

 中央の、ルルと呼ばれた少女は、下らない冗談でも聞いたかのように鼻を鳴らす。

「あーんなザコ同士の試合なんて、どっちが勝っても関係ないし! これ以上見てても、時間のムダでしょっ!」

 それから彼女は、「きゃーきゃー」と黄色い声をあげる取り巻き二人から少し離れて、宣言するように言った。

「来年ルルが愛南の百合道部に入部したら、あんなザコたちなんか、全員退部させちゃうんだから! だって、どうせ最強はルルだもん! ルル一人でも余裕で山北大附属も倒して、全国大会も優勝して……百合道世界一になっちゃうんだからーっ!」





………… (存在しない)次回予告 …………



 時はめぐって新しい学年になると……愛南百合道部にも、春の嵐が吹き荒れる。


「今日から、この百合道部はルルがもらっちゃうから! ルルよりも弱っちい先輩たちは、今すぐここから出てってねー!」

「……は?」

「な、なんですってーっ⁉」


 最強の大型新人に、振り回される私たち。決死の覚悟で望む、部の存続をかけた新一年生チームvs二・三年生チームによる対抗戦。

 その中で明らかになる、ルルちゃんの抱える闇とは……。


「ルルは……ルルは……最強じゃなきゃダメなのっ! だって、だって……たった一人で世界一になれるくらいじゃなきゃ、あの人はルルのことなんて……」

「あのね……ルルちゃん。百合っていうのは……一人じゃ、できないんだよ?」

「っ⁉」


 そして、ジュリアちゃんの密かな恋の行方は……。


「美千花……ちょっと、キスさせなさいよ」

「え? ジュ、ジュリアちゃん……? 高校百合道だと……口にキスするのは、反則だよ……?」

「そ、そんなの関係ないわよっ! い、いいから……さっさとキスさせなさーいっ!」

「えーっ⁉」



 怒涛の展開を迎える新章、二年生編! ついに来春公開!(……しません)

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ススメ、百合道一直線! 紙月三角 @kamitsuki_san

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