第3話

 ノリ先輩の先制攻撃が破られて、ペースが崩されてしまった私たち。

 それでも、どうにか態勢を持ち直して、自分たちの百合道をしようとしたんだけど……。



「実は今日……会社のプレゼンで失敗しちゃってさ……。アジェンダは悪くなかったと思うんだけど、プロジェクトのバジェットを大幅にオーバーしちゃってたみたいで……肝心のコアターゲットにも、コミット出来なくて……」

「ワ、ワケわかんねーこと言うななのーっ!」

「だけど……ショーコの顔みたら、そんな落ち込んでた気持ちがどっか行っちゃった! ありがとね!」

 そう言って、ショーちん先輩を抱きかかえて頭をグシャグシャに撫でている相手選手。その姿はもう、完全に『幼い妹のことが大好きなOLお姉ちゃん』だった。


 実年齢を大幅に下回る幼女を演じることによって、相手を強制的に「おねロリ空間」に引き込んだショーちん先輩。でも……それに対して山北大附属も、実年齢を超えるお姉ちゃんを演じて返してきた。いつもなら、わがまま妹キャラで相手を翻弄するはずのショーちん先輩が、逆に、妹大好きお姉ちゃんに翻弄されてしまっていたんだ。

 さすが、設備や教育者が充実している強豪校の山北大附属。一人一人の技術や応用力も、並じゃない。



 さらに、視線を隣の会場に動かすと……。


「はあ、はあ、はあ……お、お姉さん、いい匂いしますねぇぇー⁉ ちょ、ちょっとだけ……さきっちょだけ、ペ、ペロペロしても、いいですかぁぁぁーっ⁉」

「ぎゃーっ、何よコイツ! タダの変態じゃないのーっ! これのどこが百合道なのよぉーっ⁉」

 ツンデレキャラ百合では右に出るものがいないはずのジュリアちゃんも、相手選手がさらに濃い「変態キャラ百合」だったせいで、持ち味をほとんど活かせていないみたいだった。



……………………………………………………



 結局。


 前半戦が終わって、10分間の休憩時間ハーフタイム

 ここまで私たち愛南は、ずっと山北大附属のペースに呑まれてしまっていた。


 ノリ先輩は、最初の「技あり」のあとに「一本」。そのあと「有効」を二つ取られた。

 ショーちん先輩も相手の「技あり」二つで一本を取られてしまったけど、そのあとの二本目はなんとか無得点で持ちこたえることができたみたいだ。でも、見た限りでは、かなり劣勢な感じだった。

 私も、プロからスカウトも来ているらしい相手主将から「一本」を取られて、さらに前半終了の直前に「技あり」まで持っていかれた。みんなを引っ張っていかなくちゃいけないのに、いまのところは完全に真逆の状態だ。


 それに対して愛南の得点は……あのあと鮮やかな「カウンターツンデレ」を決めた、ジュリアちゃんの「一本」だけ。

 そのジュリアちゃんも相手選手の変幻自在のキャラ変には対応しきれてないみたいで、その「一本」のあとはずっと停滞状態だった。


 幸い百合道は二本先取だから、まだ誰も勝負が決まってしまってはいない。けど……。


「……」

「……」

「……」


 今のみんなの顔には、もう、試合前の強い決意なんて消えてしまっている。

 あるのは……不安、焦り、恐怖……。


 もうすぐ、ハーフタイムが終わってしまう。このままだと、後半も相手のペースに呑まれたままだ。



「みんな……」

 意を決して、私はみんなに声をかけた。




「……ごめん。試合前の掛け声、もう一回やり直していいかな?」

「は、はぁー?」

 私の意味不明な言葉に、ジュリアちゃんが当然のように反発する。

「み、美千花アンタ! い、いきなり何言い出すかと思えば……」

「多分、さっきの私はちょっと間違えてたんだと思う……。私、みんなに『全国に行こう』って言ったけど……今考えなきゃいけないのは、それじゃなかったね?」

「ちょ、ちょっと⁉ 全国に行くのを、諦めろって言うの⁉ バ、バカ言ってんじゃないわよ! い、いくら、相手が強いからって……」

「……違うよ」


 ゆっくりとまた、みんなの顔を見回す。


 すると……。

 その顔に、これまでに一緒に過ごしてきたいろんな場面が重なって見えた。みんなとの、かけがえのない時間……。百合道を通してお互いを理解し合ってきたこと…………ううん、それだけじゃなく。

 部活以外の部分でも、この四人っていう大事な仲間と一緒に培ってきた、友情が……。みんなと私の、百合が……見えてきた。



「確かに、今回の相手は……すごく強い。多分、今までのどの相手よりも強敵だよ。でも……そんなこと、どうだってよかったんだよ」

「え?」

「決勝戦だとか……全国がかかってるとか……そんなことも、どうだっていい。今、私たちが、本当に考えなきゃいけなかったのは……『百合を楽しむ』ってことだったんだよ」

「美千花ちゃん……」

 ノリ先輩に視線を向ける。


 入学式のあと、誰にも相手にされなくて落ち込んでいた私に声をかけてくれた先輩。あのときの優しい笑顔が、頭の中によみがえる。


「ノリ先輩……。私はあの日、先輩に誘ってもらってこの部に入って、そこで初めて百合道の楽しさを知りました。女の子が女の子を好きって、なんて素敵なんだー、って思うことが出来たんです……」


 最初は、全然うまく出来なかった。

 でも、先輩が手取り足取り優しく教えてくれて、そのおかけでだんだん技とかも出来るようになって……。

 そのうち、ジュリアちゃんとかショーちん先輩も部活に入ってくれることになって……。


「一番大事なのは、勝つことじゃあない。あのときの……『百合が好き!』、『百合って楽しいんだ!』っていう気持ちだよ。みんなだって、きっとその気持ち分かるよね? だって、その気持ちがあるから、百合道やってるんだもんね? だからさ……みんな! 今は、この後のことなんて全部忘れて……目の前の百合を楽しもうよ!」


「まったく……。アンタはいつもそうやって……」

「美千花、ホントのお姉ちゃんみたいなのー!」


 私の気持ちを受け取ってくれたらしいジュリアちゃんとショーちん先輩が、抱きつくみたいに私に腕をからませてくる。


「美千花ちゃん……。あなた、素敵な百合になったわね……」


 ノリ先輩も、目に涙を浮かべながら私の体に寄り添ってくる。


 そんな、不完全な円陣みたいな状態になったみんなに向けて、私は改めて気合の掛け声を言った。



「みんな、大好きだよ……愛してる!」


「ワ、ワタシだって……」「あたちも……」「私も……」「「「……愛してるよっ!」」」

 そして私たちは、試合会場に戻った。


 後半戦。

 前半とは別チームみたいに勢いづいた私たちは、強豪の山北大附属から点を取り返して、接戦を繰り広げた。



 だから……。

「そこまでっ!」

 その、試合終了を告げる掛け声を聞いたときには、みんなその場に崩れ落ちてしまうくらいに、全力を使い果たしてしまっていた。


 そして、その勝敗の行方は……。

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